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「ま、いっか。これでもう勇者様勇者様って担ぎ上げられることもないだろうしな」


 そうそう、結果オーライってやつじゃん? 牢屋の冷たい床の上にごろんと寝転がりながら、俺は考えた。あとは、適当に牢を壊して脱獄して、適当に元の世界に帰るだけだな、うん……って、ちゃんと戻れるのか、俺?


 と、寝転がったまま首をかしげたところで、急に物音がした。俺のほかに誰かが牢屋に連れてこられたようだった。どんなヤツだろう。ふと、起き上がって、格子越しに外の様子をうかがうと、やがて、その人物は兵士たちとともに向こうからやってきた。銀髪のイケメン、ザドリーだった。


 やつはそのまま、俺のはす向かいの牢屋にぶち込まれた。


「おい、お前までここに来るってどういうことだよ?」


 兵士たちが去ったところで、ザドリーの入ってる牢のほうに向かってたずねた。


「僕はただ、王と話をしようとしただけなんだ。そしたら、こうなってしまって」


 顔は見えないが、苦笑いしているらしい声だった。


「あ、王様、回復したんだ? そりゃよかった、はは」


 ついかっとなって殴っちゃったからな。あのまま死なれたら、さすがになー。


「意識は取り戻したけれど、かなり危なかったようだよ。たまたま、武芸大会のために治療魔法のエキスパートたちがこの城に滞在してたから、彼らの力で、王を蘇生させることができたらしい」

「そ、そせい……」


 やっぱ軽く殺しちゃってたか……。いかんな、俺。次からは気をつけないと。


「でも、なんでそれでお前まで牢にぶちこまれるんだよ? 悪いのは俺だけだろ」

「そりゃ、僕の肩書きは『アルドレイの息子』だからね。真実はともかく、王は自分を殺しかけたアルドレイの生まれ変わりの少年に、いたく腹を立てているようなんだ。だから、当然、僕に対しても、ね……」

「完全にとばっちりじゃねえか」


 坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、かよ。そもそも、ニセモノだってのになあ。


「別に僕のことはいいんだよ。どうせもう、用済みだろうしね」

「用済み?」

「今日一日で、いろいろあって、いろんな意味で、僕はいなくてもいい存在になったってことさ」


 ザドリーはそこで、大きくため息をついたようだった。


 いったい、どういう意味だろう? それに、こいつは今、どんな気持ちでいるんだろう? ふと、気になった。


「……なあ、お前さあ、今回の武芸大会になんか裏があるって知ってたのか?」


 とりあえず、適当にたずねてみた。


「まあね。ただのお祭りじゃないことぐらいは」

「やっぱ、何かの政治的な思惑が絡んでるのか? 俺の知り合いのクソ女どもは、そのへん詳しく教えてくれなくてなあ」

「そうだね、どこから話せばいいか……。この国の王子が三年前に亡くなったことは、君も昼間の話で知っただろう?」

「ああ」

「あれは、純粋な事故死だったんだ。狩りの途中、馬ごと崖から転落して、そのまま亡くなったっていうね。勢子たちが見つけたときには、すでに王子は息を引き取っていた。本当に、気の毒な話だよ。だが、王は、その死をただ悲しむばかりではなかった。彼の死が、何者かに仕組まれたものではないかと、疑い始めたんだ。そして、そこから王は少しずつおかしくなっていった」

「そっか、それで独善独裁って言われてたんだな」


 さっきの、黒ローブたちとの会話を思い出した。


「亡くなった王子は、王位継承者だった。そして、彼の死後、誰が次の王となるか、王族や有力諸侯の間で意見が割れることになった。王には姫が一人、弟が一人いて、そのどちらが次の王になるかって話だよ」

「へえ、王子のほかに姫もいたのか。それに弟も……」


 まあ、わりとよくある、骨肉の争いだな。


「王は自分の娘である姫を次の王にしたがった。だが、姫は昔から病弱で、ほとんど部屋に引きこもっているばかりで、貴族たちとのコネがまるでなかった。さらに、女性であるというハンデもあった。一方、王弟のスーハ公は、大変社交的で、貴族たちとのつながりは磐石だった」

「そのままだと、姫、圧倒的に不利ってことか」

「ああ。だから、王は一計を案じた。それは、姫を誰かと結婚させ、その二人に、ともに王位を譲るというものだった。これは、この国では昔から、女性の王族に王位を譲るさいにやってきたことだよ。女王の単独の即位より、ずっと反発が少ないやり方らしいんだ」

「ふーん?」


 なんか考え方がいかにも中世だなあ。女性の天皇に摂政をつけるみたいな、話か。


「ただ、姫と結婚させる人物は、誰でもいいというわけではなかった。王弟の息のかかかっていない、かつ、傀儡として適度に愚鈍で、かつ、国民の支持を集められそうな男に限られた。そんな都合のいい人物はそうそう現れない……はずだった」

「はずだった? あ、それって、まさか――」


 と、そこでピンと来た。


「まさか、姫の結婚相手ってお前かよ!」

「まあ、王はそういうつもりでいたようだね」


 ザドリーはまた大きくため息をついた。


「僕は貴族じゃない。本来なら王位なんて継承できる立場じゃない。けれど、『勇者アルドレイの息子』という肩書きは、強烈だ。そもそも、王ならば、貴族の地位なんて、あとからいくらでも与えられる。何より、今のご時勢、多くの人は、勇者アルドレイの再来を渇望している。その息子かもしれない男が、にわかに現れたんだ。……権力者ならば、利用しない手はないだろう?」

「じゃあ、お前が武芸大会のチャンピオンとしてアイドルやってたのは、最終的に王様になるための仕込だったのか。アルドレイの息子として、姫と結婚……う、頭が!」


 過去のトラウマが唐突によみがえってきた。そうそう、アルドレイ君もかつて、姫と結婚しようなんてバカなこと考えてましたよね。結果は……ハハ……。


「どうした? 大丈夫かい?」

「ああ……大丈夫だ、問題ない」


 深呼吸し、気持ちを落ち着かせた。


「でも、今の話が本当なら、お前はただ利用されてただけなんだろ? 自分でそれがわかってて、なんでアイドルやめなかったんだよ。そんなにちやほやされるのが嬉しかったのか?」

「それは違う」

「じゃあ、姫と結婚したくて? そんなに美人なのか?」

「まさか。僕は姫と顔を合わせたこともないよ」

「なんだそれ? わかんねえな。お前は、何がしたかったんだよ」

「僕はある可能性を信じていた。僕はきっと、本当のアルドレイの息子じゃない。それはわかっていた。けれど、だからこそ、僕が偽りのアルドレイの息子として高らかに名乗りを上げることは、意味があったんだ」

「つまりなんだよ? もっとわかりやすく言え」

「もしこの世に、本物のアルドレイの子孫がいるとしたら、あるいは、十五年前にちりぢりになって行方不明になった彼の仲間がどこかにいるとしたら、ニセモノの僕の存在を許すかどうかって話だよ。もし、彼らの耳に僕のことが知れたら、彼らはきっと、僕のところに来るだろう? こいつはニセモノだって、告げにね」


 ザドリーはそこでくすりと笑い、「そうなったら、まさに僕の思う壺だ」と、付け加えた。


「え……お前はようするに、本物のアルドレイ関係者を釣るために、アルドレイの息子っていう、アイドルやってたのか?」

「そうだよ。そして、その計画は見事に成功した!」


 と、ザドリーはまた笑った。今度は、大きな声で。


「ま、まさか……それって、俺のことを言ってるのか?」

「他に誰がいるというんだ? 君は勇者アルドレイの生まれ変わりなんだろう? まさか本人に会えるとは思わなかった。本当に、しめたものだ。ハハ!」

「なん……だと……!」


 俺ってばそうとも知らず、ホイホイ釣られて、ここまで来ちゃったわけだったのかよ! ま、まさに、オペレーション・アルドレイホイホイ……。


「い、言っておくけど、俺は別に、勇者アルドレイの生まれ変わりなんかじゃないんだからなっ!」

「へえ。じゃあ、なんで君は、僕の事を尾行していたんだい?」

「え、それは、なんとなく……」

「ただの学生だって言うわりには、信じられない強さだ。あのハーウェルですら、まるで歯が立たない。いい加減、認めたらどうだい? どうせ、今ここにいるのは、君と僕だけだ」

「……わ、わかったよ! 認めるよ! それでいいよ、もう!」


 いちいち否定するのもめんどくさくなってきたしな!


「はは、そうか。それは実に頼もしいな。これで、もうこの世界は安泰だ」

「安泰?」

「この世界はいまだ勇者様の力を必要としているからね。僕みたいな、ニセモノではなく、本物の、ね……」

「う……」


 ようするにあの竜のことか! それを俺になんとかせいと、そう言いたいわけだな、こいつは……。


「まったく、どいつもこいつも、俺にすがりついてきやがって。なんのために、死んで生まれ変わったって言うんだよ」

「まあ、そうふて腐れるものじゃないだろう。きっと、君なら、どんな強敵だろうと容易に倒せるだろうし、それでこの世界に生きる人たちへの脅威がなくなれば、君は自由だ」

「もう観念しろってことか」


 でも、やっぱり、やだなあ。また勇者やるって。冒険とか討伐とかは別にいいんだけど、勇者人生の最後がアレじゃあなあ。別にまた勇者やったからって、また同じ悲劇に襲われるとは限らないけど、こういうのって理屈じゃないんだよなあ……。盛大にケチがついた過去の人生をリプレイしたくないというか。


 と、そのときだった。また誰かがやってきたようだった。


「智樹様! ザドリーさん!」


 聞き覚えのある声だった。ユリィだ。兵士は伴わず、一人でここに来たようだった。


「なんだ、お前か。面会か?」

「違います。お二人とも、ここから出られることになったので、迎えに来たんです」


 ユリィは俺の牢の前に来ると、すぐに鍵の束を懐から取り出した。

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