35

 俺が次にしょっぴかれたのは、訓練場と思しき、広い部屋だった。俺とハーウェルがまず先に入り、少し遅れて、王様と近衛兵たちとギルド長とザドリーが入ってきた。


「そういえば、貴殿には自己紹介がまだだったな。それがしは騎士ハーウェル! ハーウェル・ギュストー。レイナート聖騎士団、副長を担う三十二歳である!」


 模擬戦用の木刀を選んでいると、にわかにハーウェルは、俺に向かって叫んだ。身長は百九十センチはありそうな大男だ。髪は黒く短く、肌は浅黒く、体は筋肉隆々。顔つきも彫りの深い、精悍なコワモテだ。さらに、鼻の頭から頬にかけては、大きな古傷が走っていた。


「さきほどの映像を見るに、貴殿はかの勇者の生まれ変わりだそうだな? だが、その肩書きに臆するそれがしではないぞ!」

「はあ」


 なんか、妙に張り切っちゃってて、めんどくさそうな相手だなあ。まあ、適当にやりあって、適当に負けるつもりだけどさ。


「一応、言っておきますけど、俺の名前はトモキって言うんで。アルなんとかさんなんて人は、知らないので」

「なるほど。男なら言葉ではなく剣で語れと言う事か」

「え」


 何この謎会話。何が、なるほどなんだ、この人。


「よく考えても見てください。一度死んだ人が、転生とかいうインチキシステムで復活するなんて、ありえないでしょ? ずるっこいでしょ? つまり、アルなんとかさんは十五年前に死んで、それで終わりなんです。俺はまったく関係ない――」

「はは! 相手が誰であろうと、それがしは手加減はせぬぞ!」

「……あの、人の話聞いてます?」

「ああ、そういえば、貴殿には話しておくべきことがあったな」


 と、ハーウェルはいきなり、俺にずいと近づいてきた。


「な、なんすか?」

「それがしのこの顔の傷のことだ。貴殿はこれをどう思う?」

「え? まあ……男の勲章って感じで、カッコイイんじゃないですか?」


 どうでもいい。本当は、めっちゃどうでもいいけどな!


「そうだろう、そうだろう。しかし、勘違いしないで欲しい。それがしは、過去の戦いで顔に深い傷を負ったことなど一度もないのだ。これはつまり……こういうことなのだ!」


 ハーウェルはそこで顔の傷に手をやり――それをぺりっと剥がした。そう、それは本物の傷ではなかったのだ……。


「それ、もしかして、シールですか?」

「そうだ! それがしは常にこれを顔に貼っている。いわばこれは、戦場で散っていった多くの友たちを忘れぬための、あかしなのだ。つまりは常在戦場!」

「そ、そうですか……」


 単にカッコツケのためなんじゃないかって気もするが?


「そして、これを貴殿の前で剥がすことの意味がわかるか?」

「わかりませんよ」


 知りたくもないよ。


「はっは! これはつまり、それがしの真の姿、真の力を晒すということなのだ!」


 ハーウェルは腰に手を当て、高笑いしながら言った。なんだそれ、実はリミッターだったのかよ。


「す、すごい! 俺、ハーウェルさんが、アレを外すところを初めて見たよ!」

「ハーウェルさんにあそこまでさせる相手なんて……ばねえ! マジぱねえ!」

「本気だ! もう誰もあの人を止められない……!」


 ざわざわ。近衛兵たちがなんか騒ぎ始めている。いちいち、うるさいなあ、もう。


「ごちゃごちゃ前置きはいいから、とっとと終わらせましょうよ」


 俺は適当に近くの木刀を取ると、腰にさしたゴミ魔剣を下に転がした。さすがに邪魔だしな。


「それもそうだな。よし、行くぞ!」


 ハーウェルも木刀を手に取り、すぐに俺に打ち込んできた。その動きはこの国一番といわれるだけに素早い――というほどでもなかった。なんだか妙にスロウリィ?


「あの……本気モードなんですよね?」


 適当にハーウェルの木刀をかわしながら、思わずたずねてしまった。


「ま、まあ、本気ではあるがまだ全力ではない!」


 ふんふんふん!と、木刀を振り回しながら、なんだか気まずそうにハーウェルは答えた。


「じゃあ、とっとと全力出してくださいよ」


 そうじゃないと、負けたフリをするにしても、サマにならないからな。


「ならば、それがしの渾身の一撃を食らえ!」


 とうっ! ハーウェルは俺の喉笛に向かって、力強く突きを放ってきた。


「いや、これはどう考えても反則でしょ?」


 喉に突きって、木刀でも殺す気マンマン攻撃じゃん。模擬戦でこれはないでしょー。俺は苦笑いしつつ、少し後ずさりして、ハーウェルの木刀を指で挟んで受け止めた。ぴたっ! その動きはあっさり止まった。


「な……それがしの、全力の突きを、指だけで……」

「え、ほんとに全力だったの」


 特に力強さは感じなかったんだが?


「あの、つかぬことを聞きますが、あなた本当にこの国一番の武芸者でいいんですよね? 体調崩してるとかでもないんですよね?」

「も、もちろんだ!」


 ハーウェルは威勢よく答えるが、その額にはじんわり冷や汗がにじんでいた。


「き、貴殿は卓越した防御能力を持っているようだな! さすが勇者アルドレイといわざるを得ない!」

「いや、だから、俺はアルドレイじゃなくてトモキだって。あと、どっちかというと、防御より攻撃のほうが得意だから」

「え……攻撃のほうが得意……」


 ハーウェルは瞬間、たじろいだように半歩後ずさった。


「そ、それならば、ぜひ、その攻撃の腕前を見せて欲しいもの、だな! だな!」


 言いながら、どんどん俺から離れていくハーウェルだった。もしかして、びびってんのか、このおっさん? 俺、まだ何もしてないんだが? 口だけ大将すぎるだろ……。


 でも、ここで本気出したら、普通に俺が勝っちゃうっぽいしなあ。それはまためんどくさいことになるから、避けたい。なんとしても避けたい。


「う……なんか急に腹が痛いっ!」


 俺はとっさに、痛くもない腹を両手で抱えてうずくまった。


「きっと、さっき、一撃もらったせいだ! ハーウェルさん、マジぱねえ!」

「え? それがしの攻撃は当たらなかったはずだが……?」

「それが、一発入ってたんですよ! 目にも留まらぬ早業でした! おかげで、痛みもディレイでやってきたってもんでさあ!」

「そ、そうなのか……」


 ハーウェルはなんだかほっとしたような顔で俺の近くに戻ってきた。


「この痛みじゃ、俺はもう戦えないです! 完敗です! ハーウェルさんマジつよ!」

「はは、そうか! それがしの勝利か!」


 ハーウェル氏、にっこり笑顔――のはずだったが、そこで、


「待て! 食らってもいない攻撃で試合を放棄するとは、明らかに不正であるぞ! 続けよ!」


 王様の怒ったような声が聞こえてきた。


 くそっ! はたから見てる人間にはさすがに嘘がバレたか! 歯軋りしちゃう俺だった。


「あ、なんか、そうえば、たいした痛みじゃなくなったような? ちょっとかすっただけだったしなあ。ははは」


 俺は体裁を取り繕いつつ、立ち上がった。そして、


「じゃあ、第二ラウンドといきましょうか!」


 いかにもマジメぶって、木刀を構えなおした。


「そ、そうか? ならば今度こそ、手加減はせぬぞ!」


 ハーウェルはこんな俺の様子に困惑しているようだったが、すぐにまた木刀を打ち込んできた。相変わらずたいした速さじゃなかったが、とりあえず、試合を早く終わらせるために、その一太刀をわざと右腕に食らった。ぺち! ちょっと痛かった。


「ぐあああっ! 腕がああっ! 利き腕がああっ! これじゃもう戦えないぃいい!」


 即座に床に転がり、右腕を左腕で押さえ、痛みに悶絶する演技をした。王様のほうに向かって。気分は、審判にウソのファウルアピールをするサッカー選手だ。


 だが、


「たいしたダメージでもないのに、痛がるフリをするとは、実にけしからん!」


 王様、またしても俺の演技を見破りやがった! くそ! なんだこの気の利かないデブ!


「いや、今のは本当に痛かったんですよ! 俺はもう木刀を握ることすらできない! 信じてくださいよ!」


 俺は王様のほうを向き、必死に訴えた――と、そこで、王様の手にいつの間にやら、ゴミ魔剣が握られているのに気づいた。さらに、王様の目つきもハイライトが消えて、おかしな感じになっている……。


「て、てめえ、いつのまに――」

「ズルはいけないですねえ? 相手が全力をだしているのだから、マスターも全力で応えるべきですヨ?」


 ネム in 王様は、にやりと笑いながら言った。こいつ、一国の王の体ですら、乗っ取れるのかよ! つか、ちょっと目を放した隙にこれかよ!


「てめえ、俺がどんなに負けても、認めないつもりだな!」

「余はおぬしの真の力が見たいのでな、フフ」

「ふざけんな!」


 くそが! これじゃ、いくら負ける演技しても無駄じゃねえか! あいつ、どこまで俺をコケにして……。怒りがメラメラとわいてきた。


「あ、あのう……。それがし、そろそろ攻撃を再開してもよいか――」

「見掛け倒しのクソザコデクノボーは黙ってろ!」


 どごっ! 急に視界に入ってきた筋肉ダルマのおっさんを蹴り飛ばし、俺は直ちに、ネムのほうに駆け寄った。そして、その顔を思いっきりグーで殴った! 力いっぱい殴ってやった!


「ぐはあっ!」


 その太った体はきりもみ回転しながらぶっ飛び、後ろの壁に叩きつけられた。


「へへ、どんなもんだ! てめえも、少しは人の痛みってもんを覚え――」

「へ、陛下! 貴様、陛下に何を!」

「不敬である! すぐにこの者をひっとらえよ!」

「え」


 俺はたちまち近衛兵たちに囲まれた。


 そして、すぐに――城の地下の牢屋にぶち込まれた。


「あ、あるぇー?」


 どうしてこうなった? どうしてこうなった? 薄暗い牢の中で、首をかしげちゃう俺だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る