34
王宮に着くと、俺はすぐに謁見の間に連行された。
「おお、ゆうしゃよ。そんなずぶぬれとは、なさけない」
謁見の間の玉座にでんと腰掛けていたレイナート国王は、俺を見るなり、こう言った。五十歳くらいの、太ったおっさんだった。着ているものは王様らしくとても豪華だったが、カールの入った金色の頭髪はいかにもヅラだった。人相はあまりよくなく、出っ歯で、細目で、顔中に吹き出物がいっぱいできていた。
「いや、ちょっと、あなたの国の国民に、噴水に落とされまして」
俺はとりあえず適当に答えたが、内心はとっととこの場から立ち去りたかった。
「おお、そうだったのか。おい、そこの者、勇者どのをこれで乾かしてやれ」
と、王様は近くにはべっていた近衛兵らしき男に、扇子を手渡した。男は言われるがまま、俺をそれでぱたぱた扇ぎ始めた……って、寒!
「き、気化熱! 気化熱考えて!」
俺はあわてて男から扇子を取り上げた。なんなの、この王様。
「ん? 服を乾かさなくてもよいのか?」
「……もういいです。このままで」
乾かすにしても、あったけえ魔法とかあるだろうがよ。気の利かないおっさんだ、まったく。
「そうか。では、さっそくだが本題に入るとしよう。先ほど国中に公開された動画を余も見たのだが、おぬしは本当に勇者アルドレイの生まれ変わり――」
「違います」
きっぱり。間髪を容れず、否定してやったぜ!
「しかし、動画にはそう説明が添えられていたぞ?」
「あれは、配信者が勝手に作った捏造テロップです。比喩みたいなもんなんでしょう。その戦いっぷり、まさに伝説の勇者の生まれ変わり!みたいな。実際、かなり盛りすぎですよね。スポーツ新聞の見出しかっての。ハハ」
「では、おぬしは、自分がアルドレイの生まれ変わりではないとはっきり言えるのか?」
「はい! それはもちろ――」
「陛下! その者は間違いなく勇者アルドレイの生まれ変わりですぞ!」
と、突如として黒ローブの男が謁見の間に乱入してきた。げ。こいつは、さっきまで俺と一緒に噴水広場にいた集団の一人……。
「おぬしは確か、レーナ魔術師ギルドの?」
「はい。その長をやらせてもらっている者です。突然の謁見、どうぞお許しください。されど、それも陛下のお耳に真実をお伝えせねばと思う気持ちゆえなのです」
黒ローブの男はつかつかと俺のすぐ隣にやってきて、その場に跪き、王に深々と頭を下げた。うう、めんどくさいのが来たなあ……。
「その情報は確かなのか? つまり、この少年はアルドレイに間違いない――」
「違います」
「そうです」
俺とギルド長は同時に答えた。
「ふむ? 双方の意見が食い違っているようだな?」
王様は不思議そうに首をかしげた。
「陛下。この情報は大変信用できる筋からのものです。彼が勇者アルドレイであるのは間違いありません。陛下も先ほどごらんになられたでしょう? 彼の勇猛果敢な戦いを」
「しかし、普通に考えると、本人が違うと言っているのだから、そうだとしか思えないのだが?」
「それは彼が微妙な年頃の少年だからです。思春期あるあるです」
「思春期……あるある?」
「はい。思春期の若人というものは、多くの場合、本当の気持ちとは違うことを言ってしまうのです。べ、別にあんたのことなんて、好きじゃないんだからねっ!と言って、手作りのお弁当を手渡す乙女のようなものです」
「ほう……では、この少年もそのような?」
「さよう。べ、別に俺ってば勇者アルドレイなんかじゃないんだからねっ! と、彼は言いたいわけで、本当は――」
「ちょ、あんた、何勝手に、人の気持ちを代弁してんだよ!」
しかも勝手にツンデレキャラにされてるし!
「俺は本当に、素直になれない女子でも勇者アルドレイでもないんだよ! トモキ・ニノミヤって名前の学生なんだ! ただの!」
「……はて? ただの学生が、あのように魔物と戦えますかな?」
と、ギルド長は鋭い目で俺を見つめた。う、痛いところをつかれた……。
「い、いや、あれぐらい、普通の学生ならできることだしぃ?」
「できません。あなたは異常にお強い。その強さこそ、かつての救世の勇者のあかしではないでしょうか」
「つ、強くないもん! 俺ってば全然ザコキャラだもん!」
「いいえ、強いです。びっくりするくらいに!」
ぐぬぬ。俺とギルド長はにらみあい、怒鳴りあってしまった。クソ、このおっさん、何で一歩も引かないんだよ! いらいらしてしまう。
と、そこで、今度は一人の兵士が早足で謁見の間に入ってきた。手には何か紙切れを持っている。
「突然失礼します、陛下。オールソン教授より、鑑定結果が到着しました!」
兵士はそう言うと、近衛兵らしき一人に紙切れを手渡し、謁見の間を出て行った。
「オールソンって名前、どこかで……?」
と、俺が首をかしげると、ギルド長が小声で「アルドレイ研究の第一人者ですぞ」と、俺に教えた。ああ、そういえば、そういううさんくさい肩書き、前にも聞いたっけ。
「なるほど……これによると、おぬしは、やはり勇者アルドレイであるようだな?」
やがて、王様は紙切れに目を通すと、俺のほうを向いた。
「え、なんでそういうことになるんですか?」
「オールソンも先ほどの動画を見ていたようだ。そして、おぬしの戦いっぷりに、この少年こそが、勇者アルドレイの生まれ変わりであるという確証を得たらしい。ここに鑑定報告がある。それによると、『この少年の動きは、さしずめ純潔のウィングマーメイドのウロコのごとき流麗さで、かつ、踏まれても踏まれてもなお立ち上がる麦のごとき、力強さがある。さらに、彼の体から芳醇に立ち込める気品は、処女神の腋の香りのごとく多くの人間を酔わせるに値する。雨に濡れた子馬のような、穢れを知らぬ愛くるしさもひそやかに感じられ、私はここに、勇者アルドレイを見出さずにはいられない』と、な」
「なんすか、その鬱陶しい表現……」
ソムリエか! 勇者アルドレイソムリエか、この人! 俺、テイスティングされちゃったのか!
「い、いや、そもそも、あんな動画だけで俺が勇者アルドレイだと判断するのは、早いんじゃないですか? 動画なんていくらでも加工できるでしょ?」
俺は必死に反論した。あんな、よくわからないソムリエ表現で、俺の正体を判断されるのだけはいやだった。
「ふむ。確かに、それも一理あるな……」
王様は一瞬、俺のほうに傾いた――が、
「では、実際に余の目の前で手合わせをしてもらえぬか? 相手はそうだな……ハーウェルあたりがいいだろう」
などと、意味不明なことを申しており。
「手合わせって、まさか、俺にその人と試合しろってことですか? これから?」
「そうだ。余は間近でおぬしの戦いっぷりを見てみたい」
「え、いや、悪いですよ。その人だってヒマじゃないでしょうに」
「それは問題ない。余の命なら、やつはすぐに来るはずだ」
王はそこで近衛兵っぽい男の一人に向かって、無言で目配せした。男はそれだけで事態を察し、すぐに謁見の間を出て行った。さっそくハーウェルってやつを呼びに行ったようだった。
「ハーウェル氏といえば、このレイナートが誇る聖騎士団の副長にして、国一番の武芸者と言われる男ですぞ、勇者殿」
と、ギルド長がまた俺に教えてくれた。実にどうでもいい情報だ。
「国一番か。でも、それってザドリーもそう呼ばれてたんじゃなかった?」
「はい。今まで両者は手合わせをする機会はなく、どちらがより上かは謎です。ですが、今回の武芸大会でついに両者が戦うことになり、大いに民の関心を集めているところなのです」
「え? そんな因縁の相手だったら、先に俺が戦うのは、ダメなんじゃないか? まず、ザドリーが相手をするべきなんじゃ――」
「その心配はない!」
と、そこでまた誰か謁見の間に乱入してきた。見ると、ザドリーだった。だが、その格好は、噴水広場で会ったときとは別物になっていた。なんかこう、袖や襟がひらひらした高そうなシャツを着て、さらにパリッとした上品なコートを着て、さらに、銀色の髪も優美に三つ編みにしてまとめている。腰にはレイピアなんてさしちゃってる。
「なんだその貴族ファッション。お前、いつ着替えたんだよ」
「ああ。城に入ったら女官たちに捕まってね。強引に着替えさせられたんだ」
「そ、そうなの……女どもにね……」
俺はここまで着の身着のまま、濡れそぼったままだったっていうのに。何この格差。イケメンはこれだから。
「僕の身なりはどうでもいいだろう。そんなことより、今の話だ。僕は君の正体を知るという目的なら、小さなことにはこだわらない。存分に、ハーウェル氏と競い合ってくれ!」
ザドリーはどっかの元テニス選手のごとき熱苦しさで、俺に迫ってきた。うぜえ。
「いや、俺は別に手合わせとかどうでも……あ、なんか頭とか腹とか痛くなってきた?」
必死に体調不良を訴えたが、今度はそこで、
「お呼びでしょうか、陛下!」
大男が突然謁見の間に入ってきた。さっきから、なんだこの、乱入の多い謁見の間は。
「おお、ハーウェル。はやかったな」
「はい! 陛下の勅命とあれば、疾風迅雷の勢いで、はせ参じる覚悟でございます!」
大男はいかにも体育会系らしい、大きな声だった。
「さっそくだが、これからそこの少年と手合わせしてほしい」
「御意!」
「いや、俺は戦うとは一言も――」
「では、お二人とも、こちらへ……」
と、俺はまた両脇から兵士たちに抱えられ、謁見の間の外へ連れ出された。
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