32

「勇者様、魔物たちは空を飛んで向かってくるわ。だから、これからあなたに『空中階段』の魔法をかけるわよ」

「空中階段? なんだそれ?」

「実際に魔法を使ってみればわかるわ」


 サキは瞬間目を閉じ、何か集中して、俺に魔法をかけたようだった。たちまち、俺の体に変化があらわれ……は、しなかった。だが、その代わりに、目の前の何もない空間に次々と光る板が浮いて現れた。


「なるほど、これを足場にしろってことか」


 まるでアクションゲームだぜ。俺はさっそく近くの光る板の一つに飛び乗った。俺の位置が変わると、板も前方と上方に新しく追加されて現れた。空中階段というよりは、命綱なしの空中アスレチックって感じの魔法だ。ま、どっちでもいいが。


「よし、サクっと片付けるぜ!」


 俺はゴミ魔剣を握り締め、勢いよく板から板へと上に駆け上がった。モンスターたちの大群は、もうすぐそばまで来ていた。


「な、なんだてめえはっ!」


 魔物たちは俺の姿を確認するや否や、いっせいにぎょっとした。レジェンドクラスはいないようだったが、キメラや魔人族など、それなりに強めのモンスターがそろっているようだった。


「まさか、たった一人で俺たちの相手をしに来たのか?」

「笑わせる。脆弱な人間風情が」

「消えろ。我らの目的はザドリーという銀髪の男」

「お前みたいなガキに用はない!」


 彼らはみな殺気立っており、何か言葉を交わす余地はなさそうだった。ただちに、いっせいに、俺に襲い掛かってきた。


 だが、それらをかわすことは、俺にとっては実に簡単だった。


「うっとうしいんだよ、てめーら!」


 そのまま、板から板に飛び移りながら、迫ってくる魔物たちをゴミ魔剣で次々と返り討ちにした。みな、一太刀あびると、ウーレの街のデューク・デーモン同様、光りながら肉体を蒸発させていった。


「な、なんだ、こいつは――」

「この速さ……本当に人間か?」

「翼もないのに、なぜ空中を飛び回っていられるんだ」


 やがて魔物たちは、恐れを顔ににじませつつ、俺からいっせいに距離をとり始めた。


「お、お前はいったい何者だ!」

「何者だ……とぉ?」


 俺はその質問に、瞬間カチンときた。さっきの頭の悪い連中とのやり取りを思い出したのだ。


「いいか、よく聞け! 俺の名は二宮智樹! ただの学生だ! 勇者アルドレイなんて、これっぽっちも関係ねえ!」

「え、アルドレイ関係者?」

「ち、ちげーよ、バカ! 関係ないって言ってるだろ!」

「でも、ここでわざわざ名前を出すってことは、ねえ?」


 と、狼面の魔人の一人が、周りの仲間たちの顔をうかがった。


「俺らちょうど、アルドレイの息子を狩りに来たところだし? 十五年前の超お礼参りだし?」

「なんかそいつ、超強いらしいじゃん?」

「でも、いきなり出てきたこいつも、超強いっぽいじゃん?」

「普通に考えたら、アルドレイ関係あるっぽいじゃん?」

「んだ、んだ」


 うんうん、と、魔物たちはいっせいにうなずきあっている……って、なんだ、この空気はあ! てめえら、田舎の頭の悪い暴走族かよ! さっきまで俺が相手にしていた黒ローブ集団とノリが同じじゃねえか!


 つか、俺が上空で戦っている間、あいつらは何をやって? ふと気になり、下の様子を伺った。すると、やつら、そろって地べたに体育座りして、お茶とか茶菓子とかつまみながら、こっちの様子をのんきに観戦しているようだった。って、なんじゃ、そらあっ!


「おい、てめーら! 何、俺一人に戦わせているんだよ! お前らもなんかやれ!」


 上から必死に声を張り上げたが、


「いやー、我々の魔法は対人間用で、かつ隠密活動用なので、こういう魔物の軍勢を相手をするには向かないんですよ。はっはー」

「あと、勇者様との小競り合いで、魔力もけっこう使ってしまいましたしぃ?」

「勇者様、お強いですし、我々の出る幕はないかと」

「邪魔になっちゃ悪いですしねえ」

「ねー」


 なんか、めっちゃ人をなめた答えが返ってきた! ふざけんな、くそが!


「なあ、今、アイツ、下の人間どもに勇者って呼ばれてなかった?」


 と、魔物たちがひそひそ話し始めた。


「勇者って何? 俺、勇者って名前の上につくヤツ、アルドレイしか知らないんだけど?」

「それでいいんじゃね? ちょうど俺らも、その話してたときだし?」

「そっかー。突然現れたアイツは、勇者のアルドレイか」

「なんだ、そうだったのか」

「はっはー」

「……じゃ、ねえよ、ボケッ!」


 どいつもこいつも、勝手なことばっかり言いやがって!


「何度も言ってるだろ! 俺は勇者じゃない! 断じて、この世界にとって特別な存在じゃない! ただの! 平凡な! オタク趣味の! 帰宅部の! 学生だああああっ!」


 ザシュっ! どごっ! ぐちゃっ! あふれ出る怒りに任せて、目の前の魔物たちをめったやたらに斬りまくった! 殴りまくった! もうヤケクソだ。こんな世界、早く滅びろ!


「さ、さすが、勇者アルドレイ、強い――」

「ちっがーう! アルドレイちがーう!」


 すかさず、俺をアルドレイ呼ばわりした魔物を、一刀両断!


「いいか、よーく聞け、ぼんくらども! 俺の今期最萌え嫁は、いたネコ2期のマカロンちゃんだ!」

「マ、マカロン……ちゃん?」

「ああ! マカロンちゃんマジ天使! だが、最新話でよりによって、マカロンちゃんの兄貴が出てきやがった! 美少女動物園アニメに男キャラという不純物が混入したんだ! それが恋愛とはまったく無関係な、肉親キャラであっても、俺は断じて許さない。たとえ回想シーンに1カット出る程度でも許さない! それはもう、美少女動物園として金を払うに値しないコンテンツなんだ!」

「あ、あの、お前突然何言って――」

「むろん、ここまで過激な男排除主義を俺は周りのオタ仲間にばらすつもりはない。それは痛いホモフォビアと同じだからだ。だから、表面上は、マカロンちゃんの兄貴の存在も許容する。アニメの視聴も続ける! 兄貴がいようといまいと、マカロンちゃんは天使だからな! だが、俺の心の宝物庫にはもう、その作品は入らない! その悲しみがお前たちにわかるかあっ!」

「え、いや、ごめん、ちょっとわからな――」

「わかれよおおおっ!」


 ざしゅすぱっぐさっ! どかばきぐちゃっ! 怒りのあまり、この世界に来る前の、とても悲しい出来事まで思い出し、目の前の魔物たちにやつあたりしてしまう俺だった。おおお! 美少女動物園アニメに男キャラを混入させるアニメ制作会社も滅びろ! え、兄貴の登場は原作どおり? ふざけんな! 原作レイプしてでも男キャラは削除しろ! 削除削除削除っ!


 やがて、俺の視界の中に動くものは何もいなくなった……。そう、いつのまにか、魔物たちは壊滅していた。


「なんだ、もう終わりか。無駄に数が多いだけだったか」


 俺は板の上で深くため息をつき、下に降りた。とりあえず、これで俺の仕事は終わりだ。そう、そのはず……だった。


 が、噴水の近くまで降りたところで、黒ローブたちのこんな声が聞こえてきた。


「うわ、すごい盛況。閲覧者数バグってないですか、これ?」

「『いいね!』の数もすごい! 回線大丈夫ですか?」

「実況コメも超盛り上がってますね。タイムライン流れ速すぎ」


 あれ? なんかおかしなことやってない、あいつら? ふと、黒ローブたちのほうに目をやると、みんなそれぞれ、自分の目の前の空中に投影された半透明の画面をタッチで操作している。画面には動画が再生されており、そこに映っているのは――俺? そう、それは明らかに今の俺の戦いを撮影した動画だった。


「な、なあ、お前らもしかして、今の俺の様子を魔法で生配信――」

「あ、はい。勇者様のご活躍をぜひ多くの人に知ってもらおうと思いまして」

「音声は拾えなかったですけど、ちゃんと字幕も用意したんですよ。ほら」


 と、黒ローブの一人が、自分の画面を反転させ、俺に見せた。


 見ると、その動画には、


『勇者アルドレイの生まれ変わりの少年、レーナの街を襲った魔物を撃退!』

『その強さ圧倒的! さすがアルドレイ! 強い、ゼッタイに強い!』


 と、テロップがしっかり入っていた……って、おいいいいい!


「この動画はレイナートの国全体に、いっせいに生配信されたわ。つまり勇者様、あなたの正体を、いまや国中の人が知ることになったわね」


 サキはにっこり笑って俺に言った……。

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