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「いいから、もう素直に認めて楽になっちゃいなさいよ」
サキがそんな俺の肩をぽんと叩いて、慰めるように言うが、
「ふ、ふざけんな! 元はといえば、全部お前のせいだろうが! 俺のぬくぬくオタライフを返せよ、バカ! 今期アニメ豊作だったんだぞ!」
俺はもう、狂犬のように泣き叫ぶほかなかった。石畳の地面をじたばた、ごろごろするほかなかった!
「何が伝説の勇者だ、バーカバーカ! そんなのもうとっくにオワコンだっての! 勇者キャラなんか今時アニメでもネタ枠しかもらえないっつうの! 何がでんでんだよ、バカバカしい! ついでに学園ハーレムもオワコン! 美少女動物園も飽和気味! ドルアニメも二匹目のドジョウ狙ったゴミばっか! やっぱ今のトレンドは『続きは劇場版』商法とソシャゲのシリアルつけた円盤商法! これだね!」
「き、君、さっきから何を言って……大丈夫か?」
なんかザドリーがひたすら困惑しきった様子で俺を見下ろしている……くそが!
「大丈夫だね! むしろ俺は平常運転だね! アニメもゲームも全然好きじゃないのに、ネット上で群れたいがために、まとめサイトとか見てそれっぽいこと言ってるだけのニワカどもと一緒にしないでくれる? 俺、ガチ勢だから! キャラデザがゴミってるアニメを指して、作画がゴミとか、ニワカ発言ゼッタイしないから! キャラデザはキャラデザ! 作画は作画! 撮影で作画のクソさをごまかしてるアニメにオーラ感じてだまされたりしないから! むしろアニメは作画より演出と音楽が大事と思ってる勢だから! そこんとこ、よろしくぅ!」
「そーっすよ? マスターはしかも声豚入ってて、最近フェイバリットな女声優に枕営業の噂が流れたとたん、その写真をぐぐって、残念な顔を確認して、『顔面セーフ』とか言って一安心しちゃうくらいの、終わってるオタっすよ?」
と、目つきのおかしい赤毛の少年が突然俺の援護射撃をしはじめた……って、なんでお前、そんなこと知ってんだあ!
「ネム、俺は今まで、お前と一度たりともオタトークしたことないんだが?」
「はい。たった今、マスターの脳内から強いオタ記憶が流れてきたので、ちょっと開陳してみました。まあ、ここにいる誰一人、マスターの今の話を理解してないわけですが?」
と、目つきのおかしい赤毛の少年は周りを指差した。見ると、みなポカーンとした顔で俺を見ている……。
「さすが伝説の勇者様だ。我々の知りえない、高度な学問に精通している……」
「きっと、失われた古代の魔法に違いない。おわこん、とか、そしゃげ、とか、がんめんせーふ、とか言うのは」
「もしや、それが勇者様の強さの秘密なのだろうか?」
「なるほど! ぜひ我々もその偉大なる英知にあやかりたいものだ」
ははーっ!と、黒ローブ集団は俺に頭を下げ始めた……って、なんだこの、ふざけた光景はあ! 俺はますます、腹立たしくなってきた。
「お、俺が言いたいのは、つまり俺の名前は二宮智樹だってこと! 失われた古代の魔法、じゃなかった、恥ずかしいオタク知識に詳しい、単なる非リア充キャラだってこと! もうアルドレイって名前の勇者は死んだんだよ! 生まれ変わった俺は第二の人生を歩んでるんだよ! そっとしておいてくれよ! 俺のこと勇者様勇者様って呼ぶのは、やめたげてよぉ!」
うえええーん! いろんな感情がこみ上げてきて、ついには泣いちゃう俺だった。
「しかし、君が勇者アルドレイの生まれ変わりと呼ぶしかない、比類なき強さを持っていることは確かだ。そして、それゆえ、君はこの女性に、どこかから、この街に呼び出されたのだろう? それは僕たちの世界にとってとても重要なことだ」
俺のことなんてこれっぽっちも理解してないふうのザドリーが、なにやらもっともらしくまとめだした。なんだこいつ。学級委員長かよ。うぜえ。
「じゅ、重要なわけあるか! てやんでいバーローチクショウ! 俺はもう、すぐにでも自分の世界に帰るんだよ! そういう予定なんだよ!」
「自分の世界? まさか、君は違う世界から来たのか?」
「そうだよ! だからこの世界で何が起ころうと、この世界がこの先どうなろうと、俺にはなんも関係ないの! ないったら、ないのよおっ!」
じたばた、じたばた。俺は手足を必死に動かし、自分の正しさを周りのデクの棒たちに訴えた。
しかし、ここですかさず水をさすのが、全ての元凶、変態痴女だった。
「でもね、勇者様。あなたの存在はまだ完全にこの世界から消えてないと思うの」
サキはザドリー以上にもっともらしい口調で言う。
「この世界にいる誰もがみんな、あなたのことを忘れないでいるし、慕っているわ。それはあなたも実際に見てきたことでしょう? それに何より、あなた自身が過去に背負った責務も、完遂しているとは言えないと思うわ」
「お、俺自身が過去に負った責務?」
「あの竜のことよ。あなた、ちゃんと倒してなかったじゃない」
「い、いや、それは、その――」
いきなり痛いところをつかれてしまった。
「確かに、勇者様の世界を救うというお仕事はまだ果たされていないと言えますな?」
と、黒ローブ集団も同調し始める。
「たとえ生まれ変わって、肉体と名前が変わっても、勇者様は勇者様です。過去にやり残したことは、きっちり片付けてから、『自分は死んだ』と主張されるのが筋ではないでしょうか?」
「そうです。あの竜がまだ生きている限り、勇者アルドレイ様もまた、まだ死んでいないと言えるのです」
「ここに生きておられるのです!」
「転生され、我々の元に舞い戻ってこられたのも、勇者としての使命を果たすために違いないのです!」
「おお、なんと気高き魂!」
「さすが、我らの救世主、勇者アルドレイ様!」
「アルドレイ様、ばんざーい!」
「ばんざーい!」
またバンザイ大合唱がはじまってしまった。うぜえ! 最高にうぜえ!
「うるせーな! 死んだ親の借金を子供が払えみたいな、屁理屈はどうでもいいんだよ! そもそも最近はなあ、債務免除って奥の手があるんだぞ! 勇者やってたころの義務とか責任とか知るか! いまさらそんなの無効! 時効! 放棄ぜんりきだあっ!」
声を張り上げ、力いっぱい無責任発言かますしかない俺だった。勇者アルドレイ? 誰それ? そんなん知らんよ? ってな、気持ちだった。
「……そうね。あなたの意見ももっともだわ。過去にとらわれすぎるのもよくないことよね」
と、痴女が折れたようなことを言った――が、
「でも、あなたと私が昨夜交わした約束、それはちゃんと守ってもらうわよ?」
何やら意味深に媚笑しながらつぶやく。
「約束って……武芸大会が無事に終われば、俺の頼みを聞くってことか?」
「そうよ。無事に終われば、ね……。ところで、勇者様、上を見てごらんなさい」
「なんだよ、急に?」
とりあえず言われたとおり、上を、赤く焼けた夕暮れの空を見上げた――ら、
「あ、あれ? なんかの集団がすごい速さでこっちに飛来してくるんですけど?」
そう、それらは明らかに鳥ではなかった。どう見ても、モンスターの集団だった!
「彼らの目的は、ウーレの街であなたが倒したという、デューク・デーモンと同じでしょうね。ここに勇者アルドレイの息子がいると聞いたものだから、それにホイホイ釣られたってわけ」
「ホ、ホイホイ……」
なんかそのいやな響き、どこかで聞いたことあるんですけど?
「ねえ、勇者様。このままだと街は彼らに蹂躙され、武芸大会を無事に開くことなんて、できなくなるわ。それはとても困ったことだと思うのだけれど?」
「う……」
なにこの話の流れ? なにこの痴女の視線。
「まさか俺にあいつらの相手をしろと?」
「そうね。あなたの名前で集まった彼らだし、あなたが相手をしてあげるのが一番でしょうね」
「いや、でも、俺、手ぶらだし――」
「マスター、ここにちょうどうってつけのエモノがありますぜ?」
と、目つきのおかしい赤毛の少年がゴミ魔剣をずいと俺に差し出した。クソッ! 相変わらず空気読まないやつだな!
「わ、わかったよ! やればいいんだろ!」
俺は憤然と、ジオルゥの手からゴミ魔剣を奪い取った。
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