30

「……い、今の話、本当なのか?」


 さっそくサキに詰め寄り、尋ねてしまう。


「ええ、そうよ。間違いないわ」


 サキは笑顔できっぱりと言う。マジっすかー。


「じゃあ、こいつらがレーナ魔術師ギルドの連中だってのも?」

「そうね。正確には、レーナ魔術師ギルドの『紅の翼』と呼ばれる人たちかしら。表ざたにはできないような、物騒なお仕事をする精鋭部隊よ」

「精鋭部隊! やはり、そうか!」


 と、ザドリーがにわかに口を開いた。


「通りで、手ごわいはずだ。なるほど……」


 なんだか言葉とは裏腹に、妙にうれしそうな顔をしている。自分が苦戦していた相手が、それなりの連中だったと発覚してほっとしているようだ。おいおい、お前はそれでいいのかよ。


「いや、精鋭部隊って言っても、こいつら全然たいしたことなかったぞ?」

「そりゃ、あなたが強すぎるだけよ。勇者様」

「ゆ、勇者様?」


 と、黒ローブ集団はサキの言葉に耳ざとく反応した。


「勇者というのは、もしやあなた様がずっと探しておられた……」

「そうよ。ここにいる少年こそが、かの伝説の勇者アル――」

「うああああっ! いきなり何言ってんだ、アンタ!」


 あわてて声を張り上げ、サキの発言を必死に妨害した。


「お、俺のことは何も言わないって約束だっただろ!」

「あら? 特に約束した覚えはないけれど?」

「そ、そうだっけ? とにかく、俺のためにここはナイショで!」

「……もう手遅れなんじゃないかしら?」


 と、サキは黒ローブたちを指差し、くすりと笑った。見ると、みな一様に俺をキラキラした眼差しで見ている……。


「おお、あなた様が例の……」

「通りで、お強いわけだ」

「先ほどの我々の非礼、どうぞお許しください」


 なんか知らんけど、みんな今のやりとりだけで、勝手に俺の正体を察して、俺のことを拝み始めている! や、やばい……。


「なんだこの、彼らの豹変振りは? いったい君は何者だというんだ?」


 ザドリーが俺に詰め寄ってくる。こいつはまだセーフか。


「君は勇者と呼ばれていたが、まさか……」

「そ、そうなんだよ! 俺、実はユーシャって名前でさ、変わってるだろ? ハハ」

「え、それが君の名前なのか。でも、伝説の勇者とも呼ばれてたような」

「で、デンセツはデンセツでも、レジェンドのほうじゃなく、電気設備課のほうなのよ。俺、そこで働いてるの。だから、略して、電設のユーシャさん! す、すごいっしょ、ハハハ……」

「いや、君、確かさっき自分のことを学生だと――」

「働きながら学校行ってるんだよ! 定時制なめんな!」

「そうなのか? でも、学生にしては、すごく強い――」

「つ、強くないもん! 俺、全然強くないもん! 信じて!」


 もはやザドリーの袖にしがみつき、涙目で訴えるほかなかった。


 だが、そこで、


「いやいや、マスターはお強いっす。さいつよっす。さすが、伝説の勇者アルドレイの生まれ変わりなだけあるっす。よっ、さすアル!」


 と、ジオルゥの声が後ろから聞こえてきた……いや、この口調は!


「このクソ魔剣! いきなり何言ってるんだよ!」


 そう、振り返ると、ゴミ魔剣を握った、虚ろな目をした赤毛の少年が立っていた。こいつ、いつのまに……。


「ゆ、勇者アルドレイの生まれ変わり? 君が?」


 ザドリーは度肝を抜かれているようだ。


「ち、違う! こんな、目つきのおかしいガキの言うこと信じちゃダメだあっ!」

「いやー、マジ真実っすよ? なんてったって、マスターはウーレの街ではほぼ素手でデューク・デーモン完封してましたからねえ」

「なんだって! レジェンドモンスターをほぼ素手で?」


 ザドリーと黒ローブ集団はいっせいに目を見開いた。


「て、てめえ! 何どさくさに火に油を注いでんだよ!」

「いやあ、ワタシは基本的に、おはようからおやすみまで、マスターの人生を面白おかしく演出するのがモットーですから」

「やめて! ここは空気読んで!」

「……そういえば、僕のナイフのデザインについても、細かく知っていたな、君は」


 と、ザドリーははっとしたようにつぶやいた。


「あれは確か、勇者アルドレイが使っていたものだったはず……」

「え、いや、そのう……」


 ギクリ。そういえば、そんなものがあったなあ! ちくしょう!


「おお! ならばもう、疑いようはないですな!」


 と、黒ローブ集団は俺にいきなり詰め寄ってきた。


「勇者アルドレイ様のご帰還にバンザイ!」

「ばんざーい!」


 みないっせいに俺を囲み、もろ手を挙げて、大声を張り上げて、俺を称え始めた。


「ち、違うんだよ! 俺は無実だ! ただのオタク学生なんだよ! 信じてくれよ!」


 俺はもう、ひたすら土下座して周りの人間に訴えるほかなかった。

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