29

「気をつけろ! 彼らは戦いに魔法を使うようだ!」


 ザドリーが黒ローブたちが動くと同時に、俺に警告した……が、


「ああ、そーみたいだな」


 俺にとっちゃ、そんなことは言われなくてもわかる上に、たいしたことじゃなかった。昔取った首塚、じゃなかった、杵柄ってやつだ。なにやら加速魔法で異常な速さで動くやつや、目くらましの閃光魔法を使うやつなどがいて、黒ローブ集団は、それなりに戦いなれしているようだったが、勇者時代にこういう輩とは何度もやりあったことはあるのだ。やつらの動きを読み、攻撃魔法の直撃を避け、その顔面に反撃のパンチを叩き込むことは実に容易だった。一応、俺の腰にはゴミ魔剣があったが、素手で十分な相手だった。


「き、貴様……何者だ!」


 何人かノックアウトしたところで、黒ローブ集団は俺におののき始めたようだった。潮が引くように、俺からいっせいに離れ始めた。


「いや、ただの学生だよ。二週目プレイで若干チート入ってるけどさ」


 適当にごまかすしかない俺だった。


「学生だって? 君、おかしいだろう! 彼らは明らかに百戦錬磨の凄腕の魔法戦士たちだぞ! それをこんなにもあっさりといなすなんて……」


 と、ザドリーが叫んだ。見ると、その服や髪は微妙に焼け焦げていて、二の腕なんてあざができている。それなりに黒ローブ集団の攻撃を食らっていた感じだ。おいおい。


「お、お前、武芸大会連覇のツワモノじゃなかったのかよ」

「いや、僕は魔法を使う相手は苦手で……」

「なにそれ? そんなんでよく伝説の勇者様の息子を名乗れるな? 恥ずかしくないのか? 謝れよ、勇者アルドレイ様に!」


 あまりにも情けなくて、ついイライラしてしまう俺だった。俺の息子を名乗っておきながら、俺の名前を利用して今まで散々ちやほやされておきながら、さすがにその醜態はないわー。ありえないわー。


「え? ああ、すまない……?」


 ザドリーはなんかいかにも適当な口調だ。そのリアクションにはますますカチンときた。


「は! 煽られたら煽られたで、すーぐ謝っちゃって。そうやって、ごめんで何でも解決するなら警察いらんよね? ね?」

「君は何がしたいんだ? 謝れと言ったのは君じゃないか」

「はいはい。ネタにマジレス、マジかっこ悪いっすよ。マジメ君はこれだからあ」

「さっきからなんだ、君の物言いは! 僕に喧嘩を売ってるのか!」

「それ以外のなんだっていうんだよ」

「き、君ってやつは――」

「あのう……お取り込み中、悪いのですが」


 と、黒ローブの男がにらみ合って一触即発の俺たちに声をかけてきた。


「何だよ!」


 イライラしながら振り返る――と、そいつの懐にはジオルゥがいた。そう、がっちり捕まっているのだ。


「あれ、なんでお前のポジション、そこに移動してんの?」

「し、知らないよ! このおじさんが急に僕を――」


 ジオルゥは必死に男の腕の中でもがいているが、抜け出せないでいるようだ。


「これはつまり、その、いわゆる?」

「はい。いわゆる人質を取らせていただいたというヤツです」

「ははあ、なるほど」


 ぽんと手を叩いてうなずいちゃう俺だった。うむうむ。


「って、何を納得しているんだ、君は! あんな小さい子を人質に取られたんだぞ!」


 ザドリーは動揺しきっている様子だ。


「まあ、落ち着けよ。心配いらねえって」

「何か助ける方法はあるのか?」

「いや、そもそも助ける必要ねえし?」

「え」

「だって、俺とアイツって、つい先日知り合ったばっかなんだぜ。お前にいたってはついさっき。ほとんど赤の他人じゃねえか。なんでそんなやつが、いかにも俺たちにとって守るべき人間って感じで、人質やってるんだよ? 美少女ならともかく、ショタだし、別にスルーでよくね?」

「い、いや、それは、そのう……」


 ザドリーは俺の言葉が予想外すぎたのか、目を白黒させている。


「ひどいよ、お兄ちゃん! 僕を見捨てるの!」

「そ、そうです! たとえ付き合いは浅くても、こんな小さな子供が窮地に陥っているのですよ! ここは助けるのが人情ってものじゃないですか!」


 ジオルゥとそれを捕まえている黒ローブの男もなんかめっちゃ狼狽しているようだ。そんな変なこと言ったかなあ、俺?


「とにかく! 僕は彼を助ける!」


 ザドリーは再び俺を押しのけ、前に出る。


 そして……、


「おっと! 妙な真似をするとこの子供の命はありませんよ!」


 黒ローブの男はなにやら魔法を使って、ジオルゥの首の周りに光の輪を出し、それをきゅっと締めた。たちまち、ジオルゥは「ぐうっ!」とうめき、苦しそうにじたばたしはじめた。


「くっ! なんて卑劣な真似を……」

「この子供の命が惜しいというのなら、素直に我々に従ってもらいましょうか」


 なんかザドリーと黒ローブが俺を放置してシリアスなやり取りをしている。そこだけ妙に空気が張り詰めてる感じだ……。


「くそっ! 僕はともかく、あの子だけは……彼だけは助けないと……」


 と、チラッチラッと、ハリボテイケメン君が俺に視線を投げかけてくる。いや、だから、いちいち俺に振るなよ。いちいち目で訴えるなよ。


「あー、もう。めんどくせーな! やりゃあいいんだろ!」


 俺は瞬間、足元の小石を強く鋭く蹴った。それは、ジオルゥを捕まえている黒ローブの男の肩に正確に命中した。


「ぐあっ!」


 男がその痛みに体を崩した瞬間、俺は地面を蹴って前に飛び出し、やや側面から男に体当たりした。どーん! 衝撃で男は後ろに吹っ飛び、ジオルゥの体は宙に舞い上がる。


 そして、その落ちてきたところを、すかさず胸に抱きとめてキャッチ! ほんの一瞬で人質救出完了だ。


「ほらよ。お望みどおり助けてやったぜ」


 ジオルゥを雑にザドリーに放りなげた。ザドリーは一瞬のことに驚いていたようだったが、とりあえずジオルゥはしっかり受け取った。


「なんだ、今の動きは……」

「は、はやい! はやすぎる! 何も見えなかったぞ……」


 黒ローブ集団も面食らっているようだった。いちいちリアクションが鬱陶しいな、こいつら。


「つか、お前ら、今自分たちが何やったかわかってんのか? 子供を人質に取って、強引に俺たちに言うこと聞かせようとしたんだぞ。それって、どう考えても悪役がやることだぞ」


 俺はそんな黒ローブ集団をぎろりとにらんだ。もう色々めんどくさくて、ひたすらむかつくだけだった。


「てめえら、さっきは、国のためとか都のためとかたいそうな大義名分掲げてたけど、そんなの嘘だろ。口からでまかせだろ。今の行動でよーくわかったぜ。お前らは悪だ。極悪だ! 俺にぼこぼこにされても文句言えないほどになぁ!」


 バキバキと拳を鳴らしつつ、怒鳴った。とたんに、黒ローブたちは「ひいいっ!」と恐怖の悲鳴を上げた。


「覚悟しやがれ!」


 すかさず、近くのローブ男の胸倉をつかみ、その顔面に一発叩き込む――、


 と、その寸前、


「待って!」


 そんな声がしたかと思うと、突如、俺の振り上げた腕は鎖に絡み取られ、後ろに引っ張られた!


「うわっ!」


 思わずバランスを崩し、後ろにのけぞってしまった。すると、背後にムチムチボディに鎖を巻きつけただけの格好の褐色の肌の女が立っているのが見えた。逆さまに。


「なんであんたがここに……」


 そう、ユリィのお師匠さん、サキだ。


「あ、あなた様は!」


 と、黒ローブ集団はサキを一瞥するや否や、雷に打たれたように驚き、即座にその場に平伏した……って、何この光景?


「なあ、なんであんたら、こんな変態女に頭下げてんの?」

「なんと、このお方を誰だかご存じないのですか!」


 と、黒ローブの男の一人が吼えた。


「彼女こそは、我ら、レーナ魔術師ギルドの先代ギルド長ですよ!」

「え……」


 何その肩書き。ただの露出狂夜這い女じゃなかったのかよ。さすがに面食らってしまう俺だった。

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