28

「君たちはいったい何者だ? ずいぶん物騒な術を使っているようだが?」


 ザドリーも彼らを一瞥するや否や、顔を険しくした……って、術?


「おい、術って何だよ」

「周りの人をよく見てみるといい」


 ザドリーは近くを行き交う通行人たちを指差した。見ると、彼らはみな、俺たちのことをまったく気にとめていない様子だった。不審極まりない黒ローブの集団が俺たちを囲んでいるというのに。


「ねえ、お兄ちゃんたち、何騒いでるの?」


 ついでにジオルゥも異変に気づいてないようだった。そう、まるで、黒ローブの集団が見えていない感じだ。


「なに、背景化ステルスの術です。あなたとゆっくり話がしたかったのでね、ザドリー様」


 黒ローブの一人、リーダーらしき男が言った。そのしゃがれた声は、五十歳前後くらいに聞こえた。


「なるほど、魔術で一般人には気配を悟られないようにしてるわけか」


 俺はそこでようやく異常な事態に気づいた。


「一般人って、君には効いてないようだが?」


 と、ザドリーがすかさず怪訝そうに俺に言う。


「ああ、俺、昔からそういう術が効きにくい体質でな、はは」


 適当にごまかすしかない俺だった。あんま目立つと、いろいろめんどくさそうだし。


「で、僕に話とはなんだ?」


 ザドリーは改めて黒ローブの集団に問う。


「簡単なことです。あなたに一時的に身を隠してもらいたいのです」

「一時的に?」

「そうです。少なくとも、武芸大会が終わるまでの間は」

「武芸大会が終わるまでだと……」


 瞬間、俺はその言葉にピンと来た! 来ましたよ!


「そうか! お前たち、こいつに優勝されると困るんだな! 他の選手の仲間なんだろ! 妨害工作ってやつだ! それか、武芸大会トトカルチョ的なので大穴の選手に賭けてるんだろ!」

「はは。彼に優勝されると困るのは事実ですが、我々は他のどの選手に与しているわけでもありませんし、賭けのためでもありませんよ」


 あれ? 俺の名推理が一瞬で崩壊した……。


「君が今言った行為は、悪そのものです。それはいけない。我々はあくまでこの国のため、この都のために動いているのですよ」

「国のため?」


 こんなやつらの口から、そんな言葉が出てくるなんて。違和感ありありすぎる。


「いや、国のためにどうこうするっていうなら、こんなお飾りのアイドル野郎に近づくより、王様に直接話をつければいいだろ」

「今の王に? はは、それこそおかしな話です」


 俺の言葉はまたしても一笑にふされてしまった。


「あなたは見たところ、異国の方でしょうか。きっと、この国の事情など、何もご存じないのですね。たとえば、今から三年ほど前に、王太子殿下が亡くなって以来、王がどれほどお心を狭くされたことなど……」

「え、王子死んだの」


 そんなイベント初耳だ。でも、よく思い出してみれば、この都に来る直前に、ティリセがこの国の王室事情がなんかわけありっぽいってことを言ってたような。


「王は後継者を失って以来、臣下たちの話にまったく耳を貸さなくなってしまいました。独善と、独裁です。今の彼はただ、自分の権力を維持することしか頭にないのですよ。そして、それゆえにザドリーという男を担ぎ上げ、利用しているにすぎない」


 男はザドリーを指差し、高らかに言い放つ。


「だが、彼は理解していない。たとえ偽りの肩書きであっても、アルドレイの名前を使うことが、どれほど重いかということを。その名前は、決して軽々しく利用していいものではないのです」

「そ、そうなの……」


 俺、そんな、名前を言うのもはばかられるような存在になってるの?


「ザドリー様、あなたの正体が何者であろうと、もはや我々にはどうでもいいことです。あなたの名誉を汚すつもりもない。ただ、これから我々のところに来て、少しの間、世間から身を隠して欲しいだけなのです。賢明なあなたなら、我々の目的はもうおわかりでしょう? 我々はただ、大いなる脅威から、この都を守りたいだけなのです」

「……悪いが、断る。僕には僕で、目的があるのでね」


 ザドリーはきっぱりと言った。


「まさか、あなたは、『もう一つの可能性』を信じておいでなのですか? それは愚かしいことですよ。我々の調べたところ、王弟殿下は今回の件で、実に精力的に動いてらっしゃいます。この都の未来はもう、破滅しかないのです」


 と、男が言うや否や、ローブ集団は俺たちにじりじりと近寄ってきた。威圧的な雰囲気で。


「なんだ? もしかして、言うこと聞かないなら、力づくで拉致しようってか?」


 俺は袖をまくり、じろりとローブ集団をにらんだ。来るならかかって来い。こんなやつらに負ける俺じゃあないのだ。


 だが、隣の優男はそうは思ってないようで……。


「待て、彼は関係ない。解放してくれ」


 そんな俺をかばうように前に出てきた。うわ、イケメンもここまでくると、めんどくさ!


「そうは行きませんよ。彼はここでの我々とあなたの接触を目撃したわけなのですから、一緒に来てもらいます」

「そうだ。それでこそ悪党ってもんだ!」


 俺は邪魔臭いザドリーを横に押しのけ、前に出た。


「さあ、野郎ども! かかってきやがれ!」

「……言われなくとも」


 と、黒ローブたちは一気にこちらに間合いをつめてきた。

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