27

 結局、その日はジオルゥの特訓だけで日が暮れた。ティリセに大会の裏事情について詳しく話を聞こうにも、またどこかに出かけていて、いなかったし、サキはユリィとほのぼの女子トークしているばかりで、何を聞いても暖簾に腕押しで肝心なことは何も教えてくれなかった。しょうがないので、赤毛の少年を適当にいじるしかない俺だったのだ。まあ、今から訓練しても大会で通用するレベルになるわけじゃないんだが。


「お兄ちゃん、やっぱ僕には無理だよ……」


 ジオルゥ本人もへとへとのていで中庭に大の字に寝転がりながらつぶやく。すでにあたりは黄昏のオレンジ色の光でいっぱいだ。


「……しょうがねえな。じゃあ、色々ショートカットするか」


 俺はふと思いつき、そんなジオルゥのチュニックの襟をつかんで、強引に立たせた。


「ショートカットって何?」

「ようはお前の気持ちの問題だからな。いいから、俺について来い」


 俺はそのままジオルゥを引っ張って、一緒に街に出た。そして、昨日も立ち寄った、街の中央にある噴水広場に行った。


「ここで待ってりゃ、今日も来るだろ」


 俺はきょろきょろ周囲を見回す。


「来るって何が?」

「お前の親のかたきだよ。毎日、朝晩にランニングしてるらしいからな。たぶん今日もここを通るはずだ」

「え……あいつに会うの?」


 ジオルゥはぎょっとしたようだった。


「あ、会って、何をするっていうんだよ! あいつ、すごく強いんだぞ! 喧嘩しても勝ち目なんか――」

「いや、普通に話をするだけだから。お前の身の上話とか」

「僕の話なんて、聞いてもらえるわけ――」

「あるんだな、これが。ま、百聞は一見にしかずだ。怖いなら、そのへんに隠れてろ。俺がお前の代わりに話してやるからさ」

「だ、誰が怖いもんか!」


 ジオルゥはむきになったように、体を震わせて叫んだ。どう見ても怖がってる感じだが、まあ、いいか。実際、会えば怖いやつじゃないってわかるしな。


 やがて、目的の人物は昨日と同様に、噴水広場を小走りで横切る形で現れた。


「お、来たぞ。おーい!」


 すぐさま声を張り上げ、やつに呼びかけたが、とたんにジオルゥは「わっ」と叫んで、噴水の向こう側に隠れてしまった。うむ、この腰抜けさんめ。


「君か。いったい、何の用だい?」


 ザドリーはすたすたと早足でこちらに近づいてきた。


「実は今日は、お前のことを非常に憎らしく思っているやつを連れて来た」

「え? どこに?」

「噴水の後ろだ。回り込んで自分の目で確認したまえ」

「はあ……」


 ザドリーは小首をかしげて、噴水の向こう側に回り込んだ――が、それと同時にジオルゥはこっちに戻ってきた。そして、ザドリーが「誰もいないようだが?」と俺のところに戻ってくると、ジオルゥは入れ違いに噴水の向こうに逃げていった。なんだこの、しょーもないコントは。


「……まあいい。俺が代わりに事情を説明してやる。よく聞け」


 かくかくしかじか。ジオルゥから聞いた話をそのままザドリーに伝えた。


「そんなことがあったのか……」


 ザドリーは俺の予想通り、ジオルゥの父親の話をまるで知らなかったようだった。そして、予想通り、とてもショックを受けているようだった。


「それが本当なら、僕はぜひ、彼に謝らなければならない! 教えてくれ、そのジオルゥという少年はどこにいるんだ!」

「いや、どこって……」


 すぐ近くにいるんだけどな。


「つか、お前が直接謝っても、どうしようもない問題じゃねえか、コレ? 悪いのは、お前のニセモノ疑惑を力技でもみ消した王様だろ?」

「でも、僕がいなければ、彼の父親は健在でいられたはず……」

「まあ、そうだけどさ」


 言いながら、俺はザドリーの反応に少し違和感を覚えていた。というのも、ザドリーは今の話を受け入れるとするなら、自分がアルドレイの息子ではないと決まったようなものなのに、そのへんはまったくどうでもいいように見えたからだ。


「お前さ、俺の今の話をすんなり信じていいのかよ? お前としては信じたくない話じゃないか? 色々と」

「ああ、僕が本物のアルドレイの息子ではないかもしれないってことかい? 逆さ。むしろ、今の君の言葉で、僕みたいなやつが伝説の勇者の血を引いてないってわかって、肩の荷が降りた感じだよ。うすうす、そんな気がしていたしね」


 ザドリーは言葉通り、なんかこう、すっきりしたような、いい笑顔をして言う。もしかすると、アルドレイの名前で自分をプロモーションしていくことに、ただならぬプレッシャーがあったのかもしれない。


「じゃあ、認めるのか? 自分がアルドレイの名前を利用していたニセモノ野郎だったってことを」

「そうだね。僕は今までずいぶん多くの人をだましていたことになる――」

「そ、そうだぞ! お前はやっぱり悪いニセモノ野郎だぞ!」


 と、ジオルゥがそこで俺たちの前に飛び出してきた。その顔は真っ赤で、体はぷるぷると震えている。


「お、お前のせいで、僕の父さんは……。いまさら、謝ったって、僕はゼッタイ許さないんだからなっ!」

「そうか。君がジオルゥ君か。本当に、すまなかったね。僕のせいで君のお父さんは……。僕はどうやって詫びればいいんだろう?」


 ザドリーはジオルゥのすぐ前まで来て、跪き、こうべを深く垂れた。全身全霊で謝罪の気持ちを表現しているように見えた。


「な、なんだよ……。そんなことしたって無駄だからな!」


 と、強がってはいるものの、ジオルゥはその態度にかなり動揺しているようだった。


「わかっている。君のお父さんのことについては、僕から王に謁見を申し出て尋ねてみるつもりだ。もしかしたら、それで何か、今の君に救いになるようなことがあるかもしれない」

「おい、そんなことしたら、お前の立場まであやうくなるんじゃないか?」

「でも、他に方法は……」

「い、いいよ! もう!」


 と、ジオルゥはやけくそのように叫んだ。


「い、今の話、最初から最後まで聞いてたけど、よーするにお前は、王様の操り人形ってヤツなんだろ! そんなやつが何したって、僕の父さんが帰ってくるわけないんだ! だから、もういいよ! バーカ、バーカ!」


 言葉の最後はすっかり涙声だった。


 そうか、こいつなりにザドリーが悪くないと、一応は理解はしたんだな。ただ、まだ感情が追いついてないんだ。ガキだし、ずっと憎いと思っていた相手だしな。


「ま、そういうわけなんで、こっちの話はこれで終わりな。帰るぞ、ジオルゥ」


 俺は泣きじゃくっている小僧の襟首を引っ張り、ザドリーに手を振った。ニセモノだとはっきり知ったヤツの今後の進退を、ちょっと気がかりに思いながら。


 だが、そのときだった。


「ザドリー・バーンハウツ。悪いが、我々と来てもらう」


 無数の人影が、近くの建物の影から次々と現れ、俺たちのいる噴水のほうに集まってきた。みな、黒いローブを着て、フードをかぶり、顔を隠している。


 なんだ、こいつら?


 彼らのまとっている不穏極まりない空気に、少し顔がひきつってしまう俺だった。

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