26

 さて、その翌日、約束どおり俺は屋敷の中庭でジオルゥに戦い方を教えることにした。


 しかし、しょせんは、都会育ちの鍛冶屋の息子。基本からまるでできていなようだった。剣の振り方すら素人まるだしだ。


「お前な、もうちょっと本気出せや」


 練習用の木製の短剣を俺に向かってぶんぶん振り回している少年の姿には、ため息しか出てこなかった。当然、それらは少しも俺の体には当たらない。両手をポケットに突っ込んだ舐めプの体勢でも回避余裕過ぎる。


「俺がお前ぐらいのころは、もうモンスター相手に剣を振るってたもんだぞ。デザートサラマンダーの群れを剣一本で壊滅させたりしてナー」

「し、知らないよ! そんなお兄ちゃんの昔話!」

「今のお前は、デザートサラマンダーの子供すらも倒せんな。もう全然ダメ。ダメダメ」


 俺は半歩後ろに退き、足で短剣を蹴って、ジオルゥの手から落とした。ジオルゥは「あ」と一瞬びっくりしたような顔をし、それからくやしそうに俺をにらんだ。自分の情けなさは一応自覚できているようだ。


「お前レベルだと、まずは基礎トレだな。素振り一日一万回、スクワット二百回を十セット、あとはタイヤを引きずりながら夕暮れの河川敷をランニングだ!」

「そんなのやってたら武芸大会終わっちゃうよ」

「だよなー。このままだと、基礎すらできてないお前は、対戦相手にフルボッコにされちゃうだろうなー」

「ふるぼっこ……」

「心配スンナ。あのパンフに書いてあったけど、大会には三秒ルールあるみたいだから。なんか超絶医療魔法チームがサポートにつくらしくて、試合中に頭割られようと、真っ二つに斬られようと、死んで三秒以内なら完全リカバリーできるってさ」

「じゃあ、三秒以上たったら?」

「そりゃ、おめー、蘇生失敗で灰になるんじゃないの?」

「そ、そんなのやだ!」


 ジオルゥは真っ青になった。こいつ、試合する前から、自分が負けるビジョンしか見えてねえみたいだな。いくらなんでも男としてそれはどうなのよ。


「そもそも相手にやられなきゃ、問題ねえだろうが。負けることばっかり考えるな。勝つイメージを頭に描け。イメトレ超大事だぞ」

「無理だよ、そんなの……」


 ジオルゥは自信なさげにうなだれた。まあ、確かにこの現状で勝つイメージは難易度高すぎるか。


 しかし、このままの状態で試合に出して、何もできずに初戦敗退ってのもかわいそうだな。俺の代わりに出るんだから、推薦状を書いてくれたあのおっさんの名誉にも関わることかもしれん。


 でも、だからといって、十日程度で急に強くなる方法があるわけな……いや、一つだけあるかもしれない? 非常にやりたくない方法だが。


「えーっと、ルールによると、大会への武器の持ち込みは各自一つまでオッケーだったっけ」


 ポケットからクシャクシャのパンフレットを取り出し、一応確認する。


「武器なんて、僕、ほとんど使えないよ?」

「いや、お前は使うほうじゃなくて、使われるほう」

「え?」

「ここにちょうど、人の体を乗っ取るのに長けた、ゴミ魔剣がありまして」


 と、俺は腰に差したままだったネムを鞘ごとジオルゥに投げ渡した。そして、一言、「ネム、ためしにそいつの体を使ってみ」と言った。


 変化はすぐに現れた。


「イエス、マイスイートハートなマスター」


 ジオルゥの瞳からハイライトがすっと消えたかと思うと、とたんにやつは、俺に斬りかかってきた。その動きがさっきまでとは別次元だ。まるで歴戦の剣士のような、スキのないカンペキな攻撃だ。


 ま、俺にしてみれば、それも回避余裕だったけどな!


「へえ。お前、人の体乗っ取って、戦わせることもできるのか」


 クソむかつくやつだが、ちょっと感心してしまう俺だった。ド素人の子供の体を使って、このレベルかよ。


「フフ、ワタシの中には、今までワタシを扱ってきた剣士たちのデータが蓄積ストレージされているのですヨ。それらをちょいとダウンロードして、このデバイスにあわせてエンコードするだけの簡単な作業でさあ」


 ネム in ジオルゥ ver.はにやりと笑う。相変わらずわけわからんやつだ。


「じゃあ、お前、そのままこいつの代わりに大会に出ろよ。ちょっとはサマになるだろ」

「いやあ、それはちょっとマズいんじゃないですかねえ。道義的に」

「え、お前の口から道義的って」


 道義を外れた存在そのもののクセに。


「いいですかい、マスター。この少年は、親の敵を討つために大会に出るのでショウ? それなのに、自分の力で勝ち進まなくてどうしますか? なんのための勝利かー」

「まあ、確かにそうだけど……」


 正論だが、言ってるヤツがアレすぎて全然納得できねえ。


「つか、お前、こいつの事情とか全部把握してんのかよ。俺、ちゃんとお前に説明した覚えないんだけど?」

「ああ。基本的にワタシはスリープモードでも周囲の生物の情報をクロールして自動取得してますから。マスターたちの話はワタシには筒抜けですヨ?」

「なんだそれ? ますます気持ち悪いな」


 プライバシーも何もあったもんじゃねえ。早く縁を切りたいぞ。


 あ、でも、周囲の生物ってことは、俺以外の人間の考えてることとかも、こいつには筒抜けだったりするのか。たとえば、あのクソエルフや、クソ痴女とかも……。


「なあ、お前さ、今回の大会のこと、どの程度把握してるんだ? なんか、ティリセたちは裏があるみたいなこと言ってたけど」

「さあて? あのクソエルフの意識はセキュリティレベル高すぎなんで、クロールできてねえですし?」

「意識のセキュリティレベルとかあんのかよ」


 しかし、何気にティリセをクソエルフと正しく認識してるのはいいことだ。いいことだぞ!


「一般にそれは魔法耐性って言葉で表されますかねえ? マスターも正直、かなり高めですよ。まー、ご自身でちゃんと管理されてないので、ワタシならある程度は侵入可能ですケド?」

「いや、侵入しないでくれる」


 ある程度、でも、いやだわ。こんなやつに意識を干渉されるのは。


「じゃあ、お前はあの女が何を考えてるのかわかんねえってことか」

「ですねえ。あの鎖のクソ女も同様です。マスターに夜這いとかマジ絶許。早く死ねばいいのにネー」


 ネムは首をかしげて、にこっと笑いながら実に不穏なことを言う。言っているのが幼い少年なだけに不気味さマシマシだ。


「ただ、あのクソ女ども以外からの収集した情報を元に、ワタシなりに解析してみたところ、今回のレーナ武芸大会における、運営が用意した裏の作戦名キャッチコピーが見えてきました」

「え、なにそれ?」

「ずばり、作戦名は『オペレーション・アルドレイホイホイ』!」

「ほ、ほいほい……?」

「そうです。オペレーション・アルドレイホイホイです! 大事なことなので2回言います。アルドレイホイホーイ!」

「いや、三回言ってるし……」


 意味わからんし! ホイホイって何だよ。俺がまるで害虫か何かになったような響きじゃねえか。


「で、ゴミ魔剣さん、他の情報はないの?」

「他はまだ解析中です」

「ねーのかよ!」


 ほんと、使えねーな、このクソ魔剣。やはり、一刻も早く、こいつから解放されたいと思う俺だった。

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