25
「い、いやあの、なんで俺が元勇者でアルドレイで童貞であるとご存知で?」
最後の情報は特にな!
「あら、私のこと、ユリィに何も聞いてないの?」
「ユリィに?」
「勇者様が私をここに呼んだんじゃない。だから、急いで来たのに」
「あ、あんたもしかして……」
そう、俺がここに呼んだ人間なんて、一人しかいない!
「ユリィのお師匠さん?」
「そうよ。名前はサキ。よろしくね」
と、サキと名乗る褐色の肌の美女はウィンクし、俺に覆いかぶさってきた。うおっ! 俺の胸板に豊満な乳が当たる! 鎖が邪魔だけど確かに当たる!
「ちょ、いきなり何を――」
「え? だって、勇者様の魔剣(意味深)がどうにもままならないから、私になんとかして欲しかったんでしょ?」
「ち、ちがーうっ!」
どういうメールで呼び出したんだよ、ユリィは。超絶勘違いされてるじゃねえか!
「お、俺の下半身は特に問題ないから! あんたになんとかして欲しいのは、魔剣風の謎生物――」
「おや、魔剣風のナマモノならここにも……」
「ちょ、どこ触ってんの! やめてくれる! 変態!」
必死に股間を手でガードし、サキを押しのける俺だった。
「えー、なんで抵抗すっかなー。別にいいじゃないの。この際だからヤっちゃいましょうよ?」
「そ、そんなスナック感覚で人と寝るような人間じゃないの、俺は!」
そうよ! 女なら誰でもいいってワケじゃあ、ないのだ。
「男のくせにお堅いのねえ。固いのは股間の魔剣だけにしときなさいよぉ」
サキはうふふと笑う。なんか、さっきからシモネタがおっさんくさいぞ、この女。格好といい、ただの痴女か。
い、いや、魔剣 (俺の股間じゃないほう)をなんとかしてくれる人間には違いないんだよな。変態とはいえ、対応は慎重にしないとな。
「と、とにかく、来てくれたのには感謝します。予想より、ずいぶん速かったけど」
「そりゃ、武芸大会見るために、ここに来る途中に、ユリィからメール来たしい」
「あ、そうなんですか。そんな観光気分でいらっしゃったわけで」
おいおい。俺をこの世界に召喚した元凶、何してんだよ。俺は放置かよ。
「別に観光ってわけじゃないんだけどね。今回の大会、ちょっとワケありなのよね」
「ワケあり?」
「そーそー、ま、そのうちわかると思うけど?」
「はあ」
ティリセといい、なんでクソ女どもは、そのへんのところをはっきり言わないんだろう。いったい、何があるってんだよ。
ま、これからすぐに元の世界に帰る俺にはそんなのどうでもいいか?
「で、さっそくですが、俺から二つほど、あなたに頼みたいことがありまして……」
「魔剣のことと、元の世界に帰りたいってこと?」
「イエス、そうです! その通りです!」
この女、来るのも早ければ、話も早いな! 助かるう!
と、感激したのも一瞬だった。
「それねえ、どっちも無理ー」
にっこり、きっぱり、笑顔で断られてしまった……。
「え、なんでですか! ユリィに聞きましたよ。私のお師匠さんは、そりゃ偉大でビッグでグレートフルな魔法使いだって! そんな人なのに、無理なんて単語、どっから出てきたんですか!」
「私のキモチかなー」
「キ、キモチ?」
「そんな気分じゃないのよねえ」
サキは胸に手を当て、なにやら神妙そうに首をかしげた。
「いや、あんたのキモチなんて、どうでもいいんだけど! 元はといえば、俺はあんたのせいでこの世界に連れてこられたんだぞ! だから、責任とって俺を元の世界に帰せって話だよ!」
「じゃあ、私の中の、勇者アルドレイに対する熱いキモチはどうなるわけ?」
「知らねーよ! はよ、俺を元の世界に帰しやがれ!」
だんだんなりふり構ってられなくなって、荒っぽく怒鳴ってしまう。だが、目の前の女は、そんな俺にまったく動じていない様子だ。
「落ち着いて、勇者様。そんなに興奮しなくても、ちゃんと近いうちにあなたを元の世界に帰してあげるから」
「近いうちってなんだよ? そんな言葉で適当にやり過ごす気じゃないだろうな? いますぐ帰せよ!」
「そうねえ、もううぐ開催される武芸大会があるじゃない? あれが、例年通り、無事に終わったら、あなたを元の世界に帰してあげるわ」
「大会が終わったらってことか? ゼッタイだな?」
「ええ、もちろん。ちゃんと無事に終われればね」
サキは意味深に笑う。クソ、あの大会に何があるってんだ。
「言っておくが、俺はあの大会には参加しないんだからな。俺がいい感じに勝ち進んだところで、アルドレイだと正体をみんなにばらして、退路を断つような真似はできないぞ!」
「あ、そっか。あなたの正体をバラせば、あなたは帰りにくくなるわねえ」
「う……」
しまった。そこまで考えていなかったっぽいのに、いらないことを言ってしまったぞ。
「ま、まあいい。俺がアルドレイだって吹聴しまくったところで、誰も信じるわけないからな。なんせ、この街では今、超絶イケメン君が、アルドレイの名前を使ってアイドルやってるからな。そこに、こんなオーラのない俺様が実は本物だって言ったって、なあ? どっちを信じるかって話だよ」
「そうね。でも、あなたの本質はやっぱり勇者だと思うわよ」
サキの言葉はやはり何か含みがあった。
「ねえ、この世界に来て、あなたは何を見てきて、何をしてきた? そして、これから武芸大会が終わるまで、あなたは何を見て、何をするのかしらね?」
サキはそれだけ言うと、俺から離れ、「じゃ、私はユリィに声をかけてくるから」と言い残して、さっさと部屋の外に出て行ってしまった。なんだったんだ、あの変態女。言いたいことだけ一方的に言われて逃げられたような気分だった。
「この世界に来て、俺が何を見て、何をしてきただって……?」
ちょっと振り返ってみた。まず、この世界に拉致召喚されてすぐに、ユリィがオークの群れに教われてたから、助けたっけ。それから、オルダリオの村ではリッチに占領されてて、なんやかんやと、俺がティリセとともに村人を助けたような形になって、ウーレの街では、人々をデューク・デーモンの脅威から救った――って、あれ?
「なんか、俺、行く先々で、勇者っぽいことしてない?」
俺ってば、魔物から人を助けてばっかりじゃねえか! つまり、サキが言っていた、俺の本質って言うのは、こういう……。
「いやいやいや! 断じてそれはない!」
俺はもう勇者やめたんだもん! ただの普通の学生だもん! 世界を救う冒険の旅になんか、絶対出てやらないんだもん! もんっ! ベッドの上で、必死にかぶりを振り、否定しちゃう俺だった。
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