24
俺たちはそのままとぼとぼと屋敷に戻った。とりあえず、疲れたし腹も減ったし。明日のことは明日考えよう、ってな気持ちだった。
だが、戻ってみると、いきなり玄関先で赤毛の少年が俺たちに現実をつきつけてくるのだった。
「ねえ、お兄ちゃんたち、偵察どうだった? あいつをニセモノだって証明できそう?」
「お、おう……」
ジオルゥの目はきらきら澄んだ輝きに満ちていて、いまさら約束を反故になんてできそうもない雰囲気だった。
「ま、まあ、あいつがニセモノだってことは間違いないな。それだけは確かだ。ただな、調べてみると、あいつ、かなり鍛えてるみたいなんだ。俺が武芸大会に出ても勝てるかどうか……いや、そもそも、あいつと当たる前に負ける可能性だってあるな。武芸大会に出るやつはツワモノぞろいみたいだからなー」
「え、お兄ちゃん、実は弱いの?」
「そうなんだよ! このおねえちゃんのほうがよっぽど強いくらいだぞ」
と、ユリィを指差し、適当なことを言う俺だった。もはや、すべてを丸く治めるには俺が本気を出さない以外に選択肢はないように思えた。
「じゃあ、代わりにこっちのお姉ちゃんに武芸大会に出てもらおうよ」
「え、わたしですか?」
「だ、だめだ! こいつは実はさる国のやんごとない人の娘なんだ。ちょいとお忍びで旅行しているところなんだ。だから、目立つことはできないんだ」
嘘に嘘を重ねる俺だった。
「えー、じゃあ、あのおっぱいの小さいエルフのお姉ちゃん――」
「はい、それこそ完全にアウト! あいつの魔法でこの街が壊滅しちゃうのでアウトです!」
これはマジだ。あいつは調子こいてそれぐらいやりかねない危険人物なのだ。
「じゃあ、誰が出ればいいの?」
「そりゃ……お前、なあ?」
と、俺はにやりと笑い、ジオルゥのつむじをつんつんと指でつついた。
「よく考えりゃ、お前自身の問題だし、お前が大会に出るのが一番いいんじゃね?」
「え、智樹様、本気ですか?」
ユリィはぎょっとしたようだった。ジオルゥもびっくりしたように顔を上げた。
「ぼ、僕が? でも、僕なんか……」
「何言ってんだ。お前は、最初からそのつもりで俺たちの前に現れたんじゃねえか。大会に参加する権利をよこせって、なあ?」
「あれは、大会に参加者として忍び込めれば、何か証拠がつかめるんじゃないかって思ってただけだよ。試合に出るつもりなんかなかったよ!」
「そうか。じゃあ、今から計画修正でがんばろう、な?」
「け、計画修正?」
「あと十日もあるんだ。俺がちょっとは鍛えてやるからさ。それで、少しはいい成績残そうぜ!」
ぐっと親指を立てて、改心のスマイルで言い放つ俺だった。なんてベストな選択だろう。そうだ、よく考えたら、俺、別にこいつのためにがんばる必要なんてないしな。何が弟だ。何が約束だ。そんなん、知らんがな! ガッハッハ!
「で、でも、推薦状?にはお兄ちゃんのことがしっかり書いてあるんじゃないの? 僕がかわりに出るわけにはいかないんじゃないの?」
「それがなあ。急に用意してもらったもんだから、わりと適当なんだわ」
俺はにやにや笑いながら、ポケットに折りたたんでしまっていた推薦状を取り出し、広げてジオルゥに見せた。そこには俺の似顔絵 (全然似てない)と、名前が書いてあるだけだった。
「どーだ? これならお前でも使えるだろ? よし、今日からお前はトモキ・ニノミヤだ!」
「ええぇ……」
俺は心底いやそうな顔をしているジオルゥの手に推薦状を押し付けた。勝った! これで俺はこのめんどくさそうな案件から綺麗に手を引くことができる!
あとは、ゴミ魔剣をなんとかし、元の世界に戻るだけだ。そう、ネムを俺から引き剥がし、あの球を直せるような人物を探さないとな。それはもう、立派な魔法使い的な人物――って、あれ?
「なあ、ユリィ。お前のお師匠さんって、魔剣のこととか、呪われたアイテムのこととか、くわしかったりする?」
「はい。当然です。お師匠様はすごい方なんですから」
「で、昼間の話だと、今から連絡すれば、すぐにこっちに来てくれるって感じだったな?」
「ええ、たぶん」
「そうか。なら、お前から、すぐにここに来てくれるように頼んでくれないか?」
「今からですか?」
「そうだ。なるべく早く!」
なんでこんな簡単なことに気づかなかったんだろう。元はといえば、ユリィのお師匠さんのせいで俺はこの世界に拉致召喚されたんだから、わざわざこっちから時間をかけて会いに行く必要なんてないんだ。悪いのはあっちなんだから。だから、こっちに呼べばいいんだ。
「わかりました。すぐに魔道メールで連絡しますね」
ユリィは実に素直だった。そう答えると、再び外に出て行った。魔道メールというのは、基本的に街の郵便屋さんのサービスなので、その窓口に向かったのだろう。よし、これであとはお師匠さんとやらの到着を待つだけだな。なんか、近くで、めちゃくちゃ暗い顔をして紙切れをじっと見つめてる少年がいるが、それはもちろん、見なかったことにして。
と、玄関先で突っ立っていると、ユリィとは入れ違いの形で、クソエルフの女が帰ってきた。またどこかで飲んできたのだろう、すっかり赤ら顔で、千鳥足だ。
「お前、もしかして、今日ずっと飲み歩いていたのか?」
「バカね。そんなわけないでしょ。あたしなりに色々調べてたのよ」
そう言いながらも、ふらふらだ。泥酔しきってる様子だ。
「調べてたって、何を?」
「そりゃもちろん……色々よ」
ティリセはにやっと笑い、もったいぶったように言葉を濁した。
「あんたさ、ウーレの街の一件、まさかあれで終わったと思ってる?」
「え、あの、デューク・デーモンのことか?」
「そうよ。あいつ、あんたに恨みがあったんでしょ。よく考えてみなさいよ。あんたを恨んでるモンスターが、この世界にどれだけいるかってことを」
「何が言いたいんだよ、はっきり言えよ」
「この武芸大会、アルドレイの名前を使って、派手に宣伝してるわよね。それって、かなり危ないんじゃないかって話よ」
ティリセはそれだけ言うと、屋敷の奥にすたすた歩いて行ってしまった。
「なんだ、アイツ? 意味わかんねえ」
これだから酔っ払いは。まあ、酔いがさめた頃合に、今の話を詳しく問いただせばいいか。俺も屋敷の中に入った。そして、豪華な夕食を堪能し、広々とした泡風呂に入り、その日は床についた。部屋はもちろん、個室で、ゴージャスそのものだ。ベッドもふかふかで、寝心地は超よかった。
だが、にもかかわらず、夢見は最悪だった。俺はその晩、悪夢にうなされることになったのだ。なんだかよくわからない暗黒の空間で、無数の声が、怨嗟をこめて、俺の名前を連呼し続ける夢だ。アルドレイ……アルドレイ……と。それはとても重苦しいものだった。
あまりに寝苦しさに、俺はその晩、目を覚ましてしまった。そして、寝ているあいだに感じていた重苦しさが、悪夢のせいではないことを知った。
そう、実際に重苦しい状態にあったのだ、俺は。
「あら? 起こしちゃったかしら?」
仰向けに寝ている俺の体の上には、一人の女が馬乗りになっていた。窓から差し込んでくる月の光が、その容姿を明らかにしている。年齢は二十代なかばくらい? 褐色の肌に、ムチムチのセクシーボディをしており、身に着けている物は……鎖だけ? そう、全裸に胸の周りと腰の周りに鎖を巻きつけているだけの格好だ。髪は黒く長く、三つ編みにして一つに束ねている。顔立ちもよく整っていて、エキゾチックな美女と言ってよかった。
「あ、あの、人の体の上で何を?」
「決まってるじゃない。夜這いよ」
「え――」
「勇者アルドレイ様の童貞をいただきに来たってワケ」
謎の女は俺の唇を指でなぞりながら、妖しく微笑んだ。
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