23

 尾行は実に容易だった。ランニングしながらも、ザドリーは時折、道行く人に声をかけられては足を止めていたからだ。さすが有名人ってところか。


 そして、その対応はとても紳士的で、フレンドリーで、誰が相手だろうと気取ったところはまるでなく、時には挨拶がてらにちょっと冗談を交えて笑いを取るようなところもあり、笑顔は朗らかで、歯は白く輝いていて……って、なんじゃこりゃあ! 百点満点のイケメンじゃねえか、クソッ!


「やっぱり、すごくいい人みたいですねえ」


 俺と一緒に少し離れた物陰からザドリーを観察してるユリィも、その様子に感心しているようだった。


「あんな絵に描いたようなイケメンがこの世に存在するだろうか……いや、ない」


 一人反語で必死に目の前の現実を否定してしまう俺だった。


「ユリィ、あんなのは、しょせん、よそいきの顔だ。そのうち絶対ボロを出すに決まってる。その瞬間をおさえるんだ!」

「え、まだ後をつけるんですか? もう十分じゃあ?」

「いいから!」


 俺たちはさらに尾行を続けた。するとやがて、ザドリーは、一軒の八百屋に入り、フルーツを袋いっぱいに買って出てきた。


「なんであんなに? まさかアレ、一人で全部食う気か?」

「甘党なんでしょうかねえ」


 俺たちはさらにその動向を追った。すると今度は、ザドリーは街の目抜き通りから細い路地に入り、貧民街と思しき、薄汚れたゾーンに突入して行った。あの輝かしいイケメン君がこんなところに何の用だろう? もしかすると、ついに俺たちは街の人気者の知られざる、アンタッチャブルな秘密に迫っているのだろうか? ドキドキしながら、その背中を追った。


 だが、ザドリーの目的地は、薄汚れた、ぼろぼろの孤児院だった。彼はその扉の呼び鈴を鳴らすと、応対に出た子供の一人にフルーツのいっぱい入った袋を渡し、さっそうとその場を立ち去ったのだ!


 こ、これはなんという……イケメン!


「まあ、孤児院にフルーツの差し入れをしに来たんですね。いい人ですね」

「ふ、ふざけんなっ!」


 近くの壁を殴らずにはいられなかった。蹴らずにはいられなかった。ボロを出すところをおさえるどころか、こっそり慈善活動してる現場を目撃しちゃったよ! ちくしょう、ちくしょう! 俺の拳がどすどすと壁にめり込む。


 と、そこで、


「君、そんなところで何をやっているんだい?」


 なんと、今までずっと俺たちが尾行してきた人物がこっちに近づいてきた。


「このへんの建物はあんまり頑丈じゃないんだ。いじめないでくれよ」

「はいはい。ご立派なことで」


 しぶしぶ、拳を引っ込める俺だった。ザドリーは近くで見てもやはりむかつくレベルのイケメンだった。銀色のさらさらの長い髪を、頭の後ろで無造作に一つにまとめた髪形をしていて、肌は石膏のように白い。瞳は澄んだ青で、鼻筋はよく通っており、顔立ちは端正そのものだ。背は175センチ程度と、そんなに高くはないが、よく引き締まった、いい体つきをしていた。


「ところで、君、僕に何か用があったんじゃないかい?」

「え」

「ずっと僕の後をつけていただろう?」


 ザドリーはくすりといたずらっぽく笑った。なんだ、こっちの尾行はバレてたのか。


「いや、別に……。勇者アルドレイの息子って名乗ってるやつが、どんな人間なのか、ちょっと興味があっただけさ」


 まあ、ここで嘘をついてもな。正直に白状しちゃう俺だった。


「はは。なら、わざわざ尾行なんてせずに、直接、声をかけてくれればよかったのに」

「そ、そーですね……」


 相変わらずキラキラの輝かしいオーラをまとっているザドリー君には、もはや気後れしてしまう。至近距離だとこんなにまぶしいのか。


「あの、武芸大会のパンフレットに書いてあったんですけど、ザドリーさんって本当に勇者アルドレイの息子さんなんですか?」


 と、ユリィがいきなり本丸に切りかかった。おお、ナイス直球。


「アルドレイさんって、すごく強かったそうですけど、その、女の人との話はあまり聞かないので……」


 ユリィは俺をチラチラ見ながら、いかにも気を使っている感じで言う。ああ、そうだよ。悪かったな、童貞のまま死んで。


「そうだね。実を言うと、僕自身も本当に父親が彼なのか、確証はないんだ」

「え?」


 なんですと? 意外な答えだ。


「つまり、あんたは自分の父親が誰なのかよくわかってない?」

「そうなんだ。少し長めの自己紹介をさせてもらうと、僕はレーナから少しはなれたところの、小さな村の出身でね。僕が物心ついたときには、すでに父はいなかった。母もやがてすぐに亡くなってしまった。だから、僕は自分の父親がどういう人間なのか、母に尋ねることもできなかったってわけさ」

「じゃあ、なんでアルドレイの息子ってことに?」

「母が遺した、父の形見の品があったんだよ。母が亡くなって、この街に住む叔父一家に引き取られた僕だったけれど、ある日、ふとそれを鑑定に出してみたんだ。僕としては、自分の父親の素性がわかればいいくらいの気持ちだったんだけどね。そしたら、それはとても珍しいもので、かつ、あの勇者様の所持品である可能性が高いって話になったんだ」

「勇者様の所持品? どんなのだ?」

「ナイフさ。柄に古代文字でアルドレイって名前が彫ってあったみたいだね」

「ナイフ……柄に古代文字……」


 あれ? なんかそれ覚えがあるような?


「それって、鞘が黒い皮で、二つ頭の蛇の意匠が入ってたりしてない?」

「ああ、その通りだけど、どこでそれを? そこまで詳しく公表してないはず――」

「い、いや、その! なんとなくそんな感じかなーっと思っただけです!」


 やべえ。なんか知らないけど、確かに俺が昔使ってたナイフっぽい! そんでもって、それがどういうわけか、こいつの母親の手に渡ったっぽい!


「つ、つまり、そのナイフのおかげで、あんたの父親がアルドレイってことになったんだな! な、なるほどー」


 必死に平静を装い、うなずく俺だった。


「まあ、そうなんだけれどね。ナイフなんて、しょせん、ただのモノさ。母と直接その由来について話をしたわけではないし、本当に僕が彼の息子かなんて、わかったものじゃない。正直言って、僕にはちょっと重過ぎる肩書きだと思うんだ。かの伝説の勇者の息子、なんてね」


 ザドリーはふと眉根を寄せ、困ったような笑みを浮かべた。


 そうか、真実はどうであれ、こいつは別に、悪気があって、ニセモノを演じてるわけじゃないんだな。ただ、話の流れで、そういうことになっただけなんだな。


「じゃあ、無理してアルドレイの息子でいる必要はないんじゃないか? ナイフのことは何かの間違いだってことにして、アイドル稼業は引退して、普通のオトコノコに戻れば?」

「そうだね。そんなことを考えたときもあったよ。でも、今まで僕のために尽力してくれた人がたくさんいて、もう後戻りはできないって感じなんだ。それに何より、この世界のためにも、僕はやはり、勇者アルドレイの息子でなければならないんだ」

「え? 世界のため?」

「そうだ。この世界を救うために、僕は、かの勇者の息子として名乗りを上げる必要があったんだ。たとえ、本物ではなくてもね」


 ザドリーは強く、熱い口調で語る。その目つきも鋭く、力強い。まるで物語に出てくる勇者様そのものの、りりしく気高い顔だ。


「世界を救うって、もしかして、あの竜のことですか?」


 と、ユリィがたずねると、ザドリーは「まあね」と、短く答えた。


 そして、


「さて、僕はそろそろ行くよ。またどこかで会ったときは、よろしく」


 そう言い残して、風のように颯爽と俺たちの前から去っていった。


「……なあ、ユリィ。俺、別にあいつを殴る必要ないよな?」

「そうですね。ザドリーさん、いい人です」

「だよなあ」


 俺、いったいどうすりゃいいんだ? 武芸大会に出て、あいつを殴るつもりだったのに……。困惑と迷いで胸が一杯になってしまう。

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