22

 俺たちがレーナに着いた日から、武芸大会が始まるまでは、まだ十日ほど余裕があった。そこで、俺は翌日からザドリーとやらの情報収集のために街に繰り出した。政治の話は正直お手上げだが、だからといって、何もしないわけにはいかないしな。


 俺と行動を共にするのはユリィだけだった。ティリセは何か考えがあるのだろう、一人で街のどこかに行ってしまった。そして、ジオルゥはつかのまの豪邸暮らしを満喫しているようなので置いてきた。どうせ、たいして役に立ちそうにないしな。


「でも、相手のことを調べたところで、どうやってニセモノだって証明するんですか? 国ぐるみでその人をアルドレイの息子に仕立て上げているんでしょう?」


 一緒にレーナの薄暗い路地裏を歩きながら、ユリィが尋ねてくる。実に、もっともな意見だ。


「ふふ。昔から、あの手のスターはスキャンダルに弱いと決まってるのさ」


 俺は鼻を鳴らし、語る。超語る。


「スキャンダル、ですか?」

「そうさ。人気絶頂のアイドルが週刊誌に不倫スキャンダルをスッパ抜かれて、一気にオワコンとかありえるからな! ようは、醜聞でそいつの人気をガタ落ちにしてやればいいわけだよ。そうすりゃ、おのずと『そんなやつが、勇者アルドレイの息子なわけないよねー』的な世論が醸造される!」


 ばーん! なんという、カンペキすぎる作戦! これなら、敵が国家権力だろうと、どうしようもないってもんさあ!


「でも、人気が一気にガタ落ちするようなネタなんて、武芸大会が始まるまでに見つかるでしょうか?」

「そ、それはその、気合と地道な捜査活動で――」


 実のところ、この街に来たばかりで何のコネもない俺たちが、たった十日で特大スクープをゲットするなんて難易度高すぎだったが、今はそれしかないのだった。俺たちはまず繁華街に繰り出し、いろんな酒場でザドリーという男の風聞を集めて回った。


 そして、その結果、


「智樹様、ザドリーさんって、すごく男らしくて、いい人で、誠実なんですね」


 ということがわかった――って、なんじゃそりゃあっ!


「ユリィ! 世間の評判にだまされるな! そいつは俺の名前を利用した、あくどいニセモノ野郎なんだぞ!」


 街の中央の噴水広場でキレちゃう俺だった。すでに日は落ちかけ、西の空は赤く染まっている。


「でも、さっきのお店で、おばあちゃんが言っていましたよ。先日、道で重い荷物を運んでいたら、後ろからさっそうと現れて、荷物を全部運んでくれたって」

「そ、それはその、よく似た別の人間の犯行だ。きっとそうだ」

「他にも、迷子の飼い猫を、ザドリーさんが一緒に探してくれたって女の子がいましたね」

「それは単にロリコンなだけだ。だからロリに構ったんだ。断じて、いいやつなんかじゃあない」

「毎日、朝と晩は必ずランニングして、筋トレもばっちりしてるって話でしたよ。努力家なんですね」

「自分の筋肉が好きなだけだ。そういう変態はごくまれにいる」

「食べ物も好き嫌いなく、バランスよく食べてるそうですね。肉もお野菜も。健康的でいいですね」

「だーかーらっ! そんなキラキラしたポジ情報ばっかりいいから! もう!」


 俺はぶち切れて叫ぶほかなかった。なんでニセモノ野郎のクセに、こんなにカンペキ優等生なの? ちょっと叩けばホコリが出る野郎じゃないの?


「くそっ! 実は風俗通いとか、気持ちのいい煙の出る草が大好物とか、一発アウトなネタはねーのかよ!」

「そんな人なら、あんなに街の人に慕われてないと思いますよ」

「う……」


 それもそうか。というか、もし仮に本性がそうでも、十日程度で、よそ者の俺たちが暴けるはずはない。この街の住人はみな、心服しきってるというのに。


「じゃあ、あいつをスキャンダルで人気失墜させるのは無理か……」


 重くため息をついた。しかたない、他のやり方を考えるしかないか。うーん、他のやり方……。


「あの、智樹様。わたし、思うんですけど」


 と、ふと、ユリィが口を開いた。


「ティリセ様は、昔、本物の勇者アルドレイであるかつての智樹様と一緒に旅をしていたのでしょう? でしたら、それを公にすれば、すべてが解決するのではないのでしょうか」

「つまり、俺が、あいつに頭を下げて証人になってもらえって?」

「そうですよ! 彼女の立場なら、アルドレイに関するすべての真贋を明らかにして、偽者を断罪できるはずです」

「まあ、そうだけどな。そういうの、めんどくせーって軽く断られたしな」


 そうそう、ジオルゥと出会う直前にな。しかも、その後、俺がすぐに自分の世界に帰るつもりなら、ニセモノの問題には首を突っ込む権利はないとまで言われてしまった。これは正論過ぎて、ちょっと反論できなかったでござる……。


「だいたい、あいつ、自分がアルドレイのかつての仲間だって証明できるもん、持ってないだろ。素行もサイテーだし、僧侶なりきりコスとか痛すぎだし、誰もあいつの言葉なんか信用しねえよ」

「はあ……。確かに智樹様のかつての仲間だったという証拠品はなさそうですね……」


 ユリィは困ったように首をかしげた。俺はそんな様子にちょっと安堵していた。というのも、たとえ、あいつがニセモノを断罪できようと、そのために俺があいつに頭を下げるなど、不愉快極まりないということだったからだ。ユリィの頭から、あいつに頼るという選択肢が消えて、ほっとするってもんだ。


 だが、その安心もつかのまだった。ユリィは次の瞬間、こんなことを言ったのだ。


「では、智樹様自身が、アルドレイの生まれ変わりだと公表してはどうでしょう?」

「え」


 そのふざけたアイデアには唖然とするほかなかった。


「そ、そんなの無理だろ! 誰も信用するわけねえ!」

「しますよ。智樹様はお強いです。勇者アルドレイの生まれ変わりそのものです」

「いや、強いだけじゃ無理だって! 俺ぐらいの強さの人、けっこういるし?」


 いるかな? わかんねえけど、この世界は広いからいるはずだあっ! 


「それに、智樹様が勇者アルドレイの生まれ変わりだと、はっきり証言できる人、わたし、知ってますよ」

「え、だれ?」

「わたしのお師匠様です」

「あ――」


 そういえば、そういう人がいたなあっ! すーーっかり忘れてたわよ!


「お、お前のお師匠様って、世間的にはどういうポジションなの? まさか、わりと有名人で、名声高かったりするの?」

「はい! お師匠様はそれはもう、立派な魔法使いです。きっと、お師匠様の言うことなら、みんな信じてくれると思います」

「え、いや、その……それはちょっと勘弁……」


 自信たっぷりの笑顔で言うユリィに、俺はものすごく焦りを感じていた。ヤバイ。俺がアルドレイ本人だと世間にバレてしまったら、おのずとあの竜のことも押し付けられる。すんなり元の世界に帰ることを周りの人々に許してもらえなくなる。十五年前に倒し損ねた竜を、もいっかい倒せと迫られる! それは困る! 俺はもう勇者の仕事はしたくないんだ! 


「お師匠様に魔道メールで連絡すれば、十日以内にはこの街に来てくれると思います。移動魔法も使える方ですし。あとは武芸大会が終わった後にでも、一緒に真実を発表すれば――」

「いや! それだけはやめて! お願い!」


 俺は必死に土下座して頼んだ。涙目でユリィのローブのすそを引っ張り、頼んだ。普段はすっとぼけのドジっ子キャラのくせに、なんでこんなときだけ、俺を的確に追い詰めてるの、この子! やめてよね、もう!


「そ、そうですか。わかりました、お師匠様に連絡するのはやめます……」


 ユリィは俺の勢いに面食らったようだったが、ひとまず、恐ろしい考えを引っ込めたようだった。俺はほっとした。


 と、そのとき、俺は視界のすみに、ある人物の姿を確認した。なんと、俺たちが今日一日情報収集してた当の本人、ザドリー君だ。それが今、一人で、俺たちがいる噴水広場を横切る形で走っている。白い薄手のシャツと、くたびれたズボンという服装で。


「もしかして、あいつ、日課のランニング中か?」

「そうですよ、きっと」


 俺たちは少しの間、その様子を遠目に見守った。服装は質素だが、評判どおり、さわやかな好青年に見え……いやいや、今はそんなこと考えてる場合じゃない。


「よし、チャンスだ! あいつの後を追うぞ!」

「え、尾行するんですか?」

「そうだ。いい機会だ、ニセモノ野郎の本当の姿をあばいてやる!」


 俺はユリィの袖を引っ張り、ザドリーが去っていったほうに走った。

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