21

 レーナの都は王都なだけに、ウーレと比べてもずっと大きくて都会のようだった。だが、俺たちは観光している場合ではなかった。街に入るとすぐに、ウーレの領主のおっさんの所有する邸宅に向かった。武芸大会の間、そこに俺たちが泊まれるように手配してくれるということだった。


 で、やがてすぐにその邸宅に着いたわけだったが、地価の高そうな?街の中心部にありながらも、馬鹿でかい、豪華な屋敷だった。勝ち組貴族の富の力ってすげー。普段はウーレにいて、ここは別荘みたいなもんのはずなのにな。


 そして、屋敷に入ると、俺たちはすぐに長身の老執事に出迎えられた。


「トモキ様ご一行ですね。主より、飛竜郵便にて話は伺っております。ようこそ、お越しくださいました」


 老執事は俺たちの来訪をすでに知っているようだった。なるほど、飛竜郵便でウーレからここまで、連絡をよこしたのか。これは、その名の通り、飛竜を使った郵便システムのことで、この大陸では他のどの手段よりも早くモノを送ることができるものだ。ただ、飛竜を飼いならせる人材は希少で、料金はべらぼうに割高になるので、送りたいものが情報だけなら、比較的安く利用できる魔道メールを使うのが一般的だ。まあ、富が有り余っている貴族なら、そうでもないんだろうけどな。


「しかし、妙ですね。わたくしが伺ったところによると、トモキ様ご一行は三名様のはずですが……」


 老執事は俺が拾ってきた赤毛の少年を訝しげに見つめ、首をかしげた。こいつのことだけ、手紙に書いてないんだろう。


「ああ、こいつは俺の生き別れの弟だ。さっき、そこの角で偶然再会したんだ」

「え」


 俺以外の人間は一様にぎょっとしたようだった……って、執事のじいさんはともかく、それ以外は俺に話を合わせろよな。アドリブきかねえな、もー。


「……そうでしたか。では、お名前をお伺いしましょう」

「ぼ、ぼく? ジオルゥっていうけど……」

「なるほど。ジオルゥ様ですね。わかりました。メイドに新しく部屋を用意させますので、みなさんはどうぞこゆるりと、この屋敷でおくつろぎ下さいませ」


 老執事は深く俺たちにお辞儀をすると、屋敷の奥に引っ込んでしまった。そして、それとは入れ替わりのようにやってきたメイドに、俺たちは屋敷の応接間らしい、広々とした部屋に案内された。部屋を埋め尽くす調度品はめちゃくちゃ高そうで、天井には絢爛豪華なフレスコ画まで描かれている。庶民の年収何年分だよ、この部屋は。


「さて、さっきの話の続きを聞かせてもらおうか」


 ふかふかのソファに行儀悪く寝そべりながら、俺は向かいに座る少年、ジオルゥに尋ねた。ティリセは俺の右側、ユリィは左側に座っている。目の前のテーブルにはさっきメイドが持ってきたお茶と茶菓子が置かれている。


「話? ああ、うん……」


 ジオルゥは俺の言葉があまりよく耳に入っていないような様子で、きょろきょろと周りを見ている。明らかに、豪華すぎる部屋に面食らってる感じだ。庶民代表みたいな服装だしな。


「ねえ、お兄ちゃんたち、実はすごい偉い人なの? こんな家に入れるなんて。さっきの、おじいちゃんも、お兄ちゃんのこと、すごい偉い人扱いしてたよね?」

「まあ、ちょっとばかり偉い人に恩を売ってな」

「ほんと? やっぱり、武芸大会に出られる人はちがうんだねえ」


 ジオルゥはなにやら目を輝かせ、尊敬のまなざしで俺を見つめた。


「いや、俺のことはどうでもいいから。お前の話をしろ。そのためにここに連れて来たんだろうが」

「話? してもいいけど、全部話したら、僕、ここにいられなくなっちゃう?」

「はい?」

「さっきのおじいちゃん、言ってたでしょ。僕のために部屋を用意してくれるって。どんな豪華な部屋なんだろ。僕、そこ使ってもいいんだよね?」

「だから、早く話をだな――」

「いいですよ。使っても」


 と、ユリィが勝手に話に割り込んできて、勝手に承諾した。「ほんと? ありがとう、お姉ちゃん!」ジオルゥはとても嬉しそうに笑った。


「おい、何勝手に許可してんだよ」

「だって、あの子は智樹様の弟なんでしょう? それなのに、話を聞いてすぐに追い出すわけにはいかないじゃないですか」


 ユリィはくすりと、いたずらっぽく笑った。こいつ、こんな顔もするんだな。しかも、人がとっさについた嘘を逆手に取って……。ユリィの意外な一面を見て、ちょっぴり面食らってしまう俺だった。


「ま、まあいい。弟だって言った手前、すぐに追い出すほうが不自然だからな。俺たちがここにいる間は、お前もここで寝泊りしろ。家には適当に連絡しとけ」

「家に連絡?」

「お前が帰らないと、家の人が心配するだろうが」

「……僕のこと、心配してくれる人なんて、いないよ」


 ジオルゥは急に悲しそうに眉根を寄せて、うつむいた。やべ、地雷だったか。


「もしかして、さっき言っていた、ザドリーという人が父親のかたきだってことと、関係があるのでしょうか?」

「そうだよ! あいつのせいで、父さんは――」


 ジオルゥは涙をこらえるように拳を固く握り、下唇を噛んだ。


「いったい、あのイケメン君とお前ら親子に何があったんだ」

「僕の父さんは、鍛冶屋をやってたんだ。それも、ただの鍛冶屋じゃないんだよ。すごく腕がよくて、この国の王様にも認められるくらいで、偉い人が使う剣や盾を作ってたんだよ」

「つまり、王室御用達の鍛冶屋ってとこか」


 子供の話は微妙に語彙が幼稚でわかりにくいでござる。


「うん。でも、三年位前に、あいつが……ザドリーがどこからかこの国に来て、自分をアルドレイの息子だって言いふらしはじめて、そうじゃなくなったんだ。だって、そんなの嘘だって、僕の父さんは知ってたから。だから、王様に直接、ザドリーは嘘つきで、ニセモノだって教えたんだよ。でも、父さんの話を王様は信じてくれなくて、それどころか、嘘つきは僕の父さんってことになっちゃったんだ」

「え、お前の父さん、なんであいつが、お、アルドレイの息子じゃないって知ってたん?」


 まさか俺、童貞のまま死んだってばれてた? ドキドキしてしまう。


「僕の父さんは、昔、ヘンレキってやつで、いろんな街の工房で修行してたみたいなんだ。それで、そのとき、まだあんまり有名じゃなかったころのアルドレイに会ったことがあったんだって。直接」

「なーるほどね」


 そうか。冒険者時代は、鍛冶屋には世話になりっぱなしだったからからなあ。悪魔系モンスター狩りまくりとかムチャもやったしな。


「じゃあ、つまり、あのイケメン君は、アルドレイには全然似てなかったってことね。つまり、本物はちーっともイケメンじゃなかった……」


 ティリセがにやにや笑いながら言う。ああ、そうですとも。昔の俺はちっともイケメンじゃなかったよ、ちくしょうめ。


「でも、あんたの父親の話に王は聞く耳を持たなかった。それどころか、逆に不敬を買い、鍛冶屋としての成功の一切を失うことになった。……そんなところかしら?」

「うん。僕の父さんは王様を怒らせたせいで、鍛冶屋ができなくなっちゃったんだ。ギルドを追放されて……。それで、父さんは僕を置いて……」

「いなくなったのか」


 自殺か、蒸発か。いずれにせよ、かなりベビーな話だ。俺自身が関わっているだけにちょっと胸に来る。


「よし、話はわかった。俺が、お前の分まであのクソ野郎を殴ってやる。そんでもって、ニセモノだって証明してやる」

「ほんと? そんなこと、できるの?」

「ああ、できる!」


 当然だ。アルドレイは俺なんだからな! 息子なんか作った覚えないんだからな! 身を前に乗り出し、ジオルゥの震える小さい手をぎゅっと握り締めて宣言した。力いっぱい、宣言してやった!


 だが、そこで俺にいい格好をさせないのが、クソエルフだった。


「いや、あんたじゃ無理でしょ。この案件」


 ティリセはやれやれといった感じで大きくため息をついた。


「無理ってなんだよ! まさか、俺がニセモノ野郎に負けるって言うのか!」

「バカね。あんた、今の話聞いて、何も思わなかったわけ? この国の王は、ザドリーがニセモノだって告発を、権力で握りつぶしたのよ。つまり、本当の敵は、ニセモノ野郎本人じゃない。それを神輿に担いで何かやろうとしている国そのもの。そんな巨大な相手、どうやって戦えっていうの」

「え、国そのものが敵……」


 いや、だから、政治のことは超絶苦手なんですけど、俺……。


「お兄ちゃん、あいつがニセモノだって証明してくれるよね、絶対に!」


 ジオルゥが俺を見るまなざしは熱い。熱すぎるぅ……。


「お、おうよ! まかせとけ?」


 とりあえず、適当に答えるしかない俺だった。

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