20

「で、お前はなんで武芸大会に出る権利を欲しがってるんだ? わけを言え」


 とりあえず、俺たちは馬から降り、少年をトライアングルフォーメーションで囲み、尋問した。


「それは、その……あ、あんたには関係ない!」


 少年は一瞬何か言いかけて、あわてて自制したようだった。うーん、ちょっと押せば、事情を話してくれそうな雰囲気ではある……。


「バカね。こういうときは、セクシーなお姉さんの出番ってもんよ」


 と、ティリセがまたしゃしゃり出てきた。


「ねえ、坊や。ちゃんと事情を話してくれたら、この人がいいことをしてあげるわよ?」


 そう少年に言って、ユリィを指差すティリセ――って、なんで他人を勝手に使ってんだよ。ユリィも突然のことに「え?」と、ぎょっとした顔をしている。


「い、いいよ、そんなの! 僕、べ、別に女子とかキョーミないし!」


 少年は顔を真っ赤にして首を振った。動揺のあまり、一人称も「僕」に戻ってる。たぶんそれが素なんだろう。


「へえ。女の子にキョーミないのぉ? あんたぐらいの年頃なら、むしろキョーミありまくりなんじゃないのぉ?」


 ティリセは少年の、いかにもウブなオトコノコな反応を面白がっているようだ。にやにや笑いつつ、少年の肩に手を回し、「ほら、素直になりなさいよ」と、ささやいた。少年の二の腕にティリセの胸が当たっている。いや、押し付けているという感じか。


「どう? いい感触でしょ?」

「え? 感触って……もしかして、これ、おっぱい?」


 少年は恥らうどころかきょとんとしている。


「変だよ、お姉ちゃん。女の人なのにこんなにおっぱいが小さいって何かの病気じゃない? それとも、本当は男の人――」

「てめえっ! 人が下手に出てりゃ、何調子こいてんだ、クソガキがっ!」


 ドゴォ! 瞬間、ティリセの拳が少年の右の頬にクリーンヒットした。「ギャアッ!」少年は悲鳴を上げつつ、微妙に縦回転しながら吹っ飛ばされ、少し離れた地面に激しく叩きつけられた。


「お、おい! いきなり何やってんだよ!」

「うるさいわね。目上の人間に対する口の利き方も知らないクソガキには当然の仕打ちよ」


 ティリセは鬼のような形相で倒れた少年をにらんでいる。少年は白目をむきつつ、口から泡を吹きつつ、体をぴくぴく痙攣させている……って、これ、やべー状態じゃねえか!


「いいから早く治せよ! 魔法で!」

「えー、めんどいー」

「わたしからもお願いします、ティリセ様!」


 ユリィも青い顔で嘆願した。


 すると、


「しょーがないわねえ」


 ティリセはいかにもしぶしぶという感じで、少年に近づき、砂をかけるような仕草で回復魔法を放ったようだった。たちまち、少年の顔に血色が戻り、目にも光が戻った。


「あ、あれ? 僕、お花畑を歩いてたはずだけど……」


 少年は上体を起こしつつ、つぶやく。どうやら、かなりやばいゾーンに突入していたようだ。あぶなかった……。ティリセは見た目こそ細腕の美少女だが、実際はそこらの男よりずっと腕力があり、素手での戦闘も得意なのだ。本職は魔法使いのクセに、今までなんやかんやと、いろんな人生の寄り道をした結果らしい。


「よかったです。気がついて」


 ユリィは少年に駆け寄り、その小さな体を胸にいっぱいに抱きしめた。ティリセと違ってしっかり弾力があるのだろう、少年は突然のことに動揺しつつも、恥ずかしそうに顔を赤くした。


「……で、お前は何で、武芸大会に出る権利を欲しがってるんだよ」


 俺は改めて少年に尋ねた。


「そ、そんなの、言えるわけないだろ!」


 少年はまだかたくなだった。まだ。


 だが、ユリィが「お願いです、事情を話してください」と言って、やさしく抱きしめたとたん、「わ、わかったよ……」と、顔をますます赤くしてうなずいた。なんだこのエロガキ、乳の大きい女の頼みなら聞くのか。見ると、ティリセはそんな二人の様子をめちゃくちゃ険悪な目つきでにらんでいる。考えることは同じか。


「ぼ、僕、実はあの武芸大会でどうしてもやっつけたいやつがいるんだ……」

「恨みがあるやつが出るってことか?」

「うん。そいつは僕の父さんのかたきなんだ」


 少年は下唇をかみ締めて、うつむいた。身内のかたきか。なるほどな。


「そうか。じゃあ、そいつの名前を教えろよ。武芸大会でぶつかったら、お前の分まで殴っといてやるからさ」

「そ、そんなの無理だよ! だって、そいつ、めちゃくちゃ強いもん」

「心配すんな、たぶん勝てるから」


 つか、なんでそんな相手を倒す気マンマンだったんだ、このもやしボーイは。


「ほんとに? お兄ちゃん強いの?」

「はい! 智樹様はその気になれば世界を救えるほどにお強いです。その気になれば」


 ユリィが俺の代わりに答えた。なんか必死に俺に訴えているような言い方だが。


「世界を救う? それって、勇者アルドレイみたいに?」

「そうそう。たぶんそんなレベル」


 本人ですからねえ。


「じゃあ、あいつ……ザドリーも倒せるの? やっつけて、本当は勇者アルドレイとは関係ない、ニセモノの息子だって証明できるの?」

「できるできる――って、あれ? お前、あいつがニセモノだって知ってるのか?」

「当たり前だよ! あんなやつ勇者の子供なわけないんだ! 僕の父さんのかたきなんだから……」

「え、お前のかたきって」


 おやおや。俺たち、殴りたい相手が同じだったようですよ。まさかの展開ですよ。


「わかった。ここじゃ何だし、とりあえず俺たちの宿について来い。詳しい話はそこで聞く」


 俺は少年の体をひょいとかついで、馬に乗せた。

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