19

 それから二日後、俺たちはウーレの街を出発した。目指すは王都レーナだ。


 レーナはウーレからさほど遠くないところにあり、歩きでも十日ほどで行ける距離だったが、俺たちは馬に乗って行った。ウーレの街の領主のおっさんが用意してくれたものだ。最初は馬車を手配するといわれたが、それは苦手なので断った。馬車っていうのは、ちょっと道が悪くなると、ゴトゴト揺れて、乗り心地が最低になるからな。都会の街の舗装された道限定の乗り物ですよ、あれは? 街道で使えるものじゃあない、断じて。


 で、おっさんに用意してもらった馬は、俺が一頭、ティリセとユリィが一緒に乗って一頭、使うことになった。ユリィは馬に乗れない子だったのだ。本当はこんなとき、俺の後ろに乗せてあげたいところだったが、馬の負担を考えて、こういう割り当てになった。いくらたいした距離じゃないとはいえ、動物虐待はいかんしな。


「あんたって物好きよね。イマドキ、アルドレイの名前を利用しているやつなんてゴマンといるのに」


 ティリセは馬の手綱を慣れた手つきで握りながら、言う。その細い腰に、後ろからユリィがしがみついている。


「いや、普通レベルの騙りならスルー余裕だぜ。でも、作ってもない息子っていうのは、いくらなんでもねえよ?」

「そうね。清らかな体のまま死んだあんたの名誉が傷つくわねえ」


 うぷぷ、と、また小馬鹿にした笑いを浮かべるクソエルフだった。ちくしょう。いちいちむかつくやつだ。


「つか、お前は、かつての仲間である俺が、死人に口なし状態で利用されてる現状になんとも思わなかったのかよ? お前の立場なら、俺関係のニセモノや騙りを見抜いて、断罪できるだろ」

「ま、できないこともないだろうけど、そういうのめんどくさいのよね」

「やれよ! 俺、ちゃんとアルドレイとして死にきれんし!」

「別にいいじゃない。どうせ、あんたすぐに自分の世界に帰っちゃうんでしょ」

「そ、それは……」


 まあそうなんですけど。痛いところをつかれたでござる……。


「い、いやでも、あの球はまた割れて――」

「また? なんでまた?」

「わたしのせいなんです」


 と、後ろからユリィが申し訳なさそうに話に入ってきた。そして、ウーレの街での顛末を話した。


「へえ、いったんは直ったのに、ユリィがネムに体を操られているときにまた割れたのね」

「そうなんだよ。ほんと、忌々しいゴミ魔剣だぜ」


 そして、それは今、俺の腰にあった。捨てても捨てても、周りの生物を利用して俺のところに戻ってくる仕様みたいなので、利用される生物への迷惑を考えて、やむをえず持ち歩いているわけだった。とりあえず今は。


「でも、なんでネムは球を割ったのかしらねえ」

「え、なんでって、まさかわざとやったのか、あいつ?」


 ネムの支配によりユリィの体が暴走した事故じゃなくて?


「そりゃそうでしょ。ちゃんと狙ってやったことでしょ。かなり的確に周りの生物を操る能力を持ってるみたいだし」

「いや、そうだとしてもネムが球を割る理由がな――って、あるよ、あるある! 超あるある!」


 そう、ゴミ魔剣は超絶ストーカー野郎なのだ。きっと、俺に元の世界に帰られたら困るんだろう。異世界までは追ってこれないだろうからな。間違いない!


「て、てめえ……まさか、俺を元の世界に帰さないつもりか!」


 俺は腰に帯びていた剣を手に取り、強く握り怒鳴った。が、返事は何もない。ちくしょう、誰かの体を使わないと、話もできないのか。


「まずはこいつと手を切る方法を考えないとな。球を直すのはそれからだ。どうせ直しても使う前にまたこいつに邪魔されるのがオチだ」


 歯軋りしつつ、ゴミ魔剣ネムを腰に戻した。


「……あの、智樹様? しばらく故郷に帰れないことが決まったようですし、そのう、せっかくですし、あの竜を倒しに行ってみては――」


 ユリィがここぞとばかりに提案してきたが、


「それは断る。俺はもう勇者やるつもりねーよ」


 そうそう。勇者として成功したのに、バッドエンド。そんな人生、うんざりだ。


「そ、そうですか……。残念です……」


 ユリィは心底しょんぼりした小声で言うと、ティリセの後ろに隠れてしまった。なんだか罪悪感を覚えてしまうが、まあそれはしょうがないってやつだ。勇者はもう死んだんだしな。


「でもさ、あんたの名前を利用する輩が最近多いのは、あの竜が復活したのと関係あると思うわよ。みんな、不安で、何かにすがりたいのよ。だから、そこにつけこんで金儲けしようって連中が出てくるわけ」


 ティリセがユリィからバトンを受け取るかのように、話をつないだ。


「だから、もう勇者やるつもりないなら、ニセモノの剣だろうと、ニセモノの子孫だろうと、スルーするのが筋なんじゃないの? あんたのやってること、すごい矛盾してるって感じ」

「う、うっせーな! それとこれとは別なんだよ!」


 そもそも、ニセモノがはびこるのは、アルドレイのかつての仲間たちがちゃんと本分を果たしてないのが原因だしな。目の前のクソエルフとか特にな。


「とにかく、俺はザドリーとかいうニセモノ野郎が許せねえんだよ! なんだこの記事!」


 俺は胸ポケットに突っ込んでいた紙切れを取り出し、広げた。ウーレの街で領主のおっさんに渡されたものだ。レーナ武芸大会の宣伝用のパンフレットらしい。そのトップにはザドリーという青年の肖像画 (かなりイケメン)があり、さらに、記事の見出しは「アルドレイの息子ザドリー、武芸大会連覇なるか!?」と、まず俺の名前が先にあって、その時点でかなりむかつくのに、記事の内容はザドリー君超アゲアゲだ。なんだこの、リア充野郎。俺の名前利用して、ずいぶんいいご身分だなァ!


「俺はこいつを殴る! でもって、ニセモノだって認めさせる!」


 パンフレットを握り締めた拳を頭上に掲げ、俺は宣言した。すでにもう、レーナの街は目と鼻の先だった。


「いや、あんたが殴ったからって、それでニセモノの証明にはならないでしょ」

「なるっ! 強さこそは正しさ!」

「脳筋すぎよ。それに、あたしの勘だと、これ、けっこうめんどくさい事情が絡んでると思うけど?」

「めんどくさいってなんだよ」

「このトーナメントって、王室が主催でしょ。で、このパンフレットを見る限り、ザドリー君は、王室から全面的にバックアップされてるわね。つまり、政治的な思惑が絡んでる可能性が高いってこと」

「え、政治? ナニソレ?」


 いきなり変な方向に話がそれてフリーズしてしまう。政治の話は昔から超苦手な俺だった。


「ま、あんたはこのレイナート王国の最近の王室事情なんて知らないんでしょうけどね」


 ティリセは意味ありげにくすりと笑った。くそ、なんなんだよ。言いたいことがあるなら、もっとわかりやすく、はっきり言えよ。いらいらしてしまう。


 と、そのときだった。街道の脇の木陰から急に一人の少年が、俺たちの前に飛び出してきた。


「そ、そこのお前! 剣なんか持っちゃって、もしかして武芸大会に出るやつか!」


 少年は明らかに緊張している、震えた声だった。歳は十二歳前後くらいだろう。赤い天然パーマの短い髪に、そばかすの目立つ肌、低いダンゴ鼻をしていた。瞳は髪と同じ赤い色で、粗末なチュニックと外套に身を包んでいる。


「まあ、一応、そうだけど……」


 俺はとりあえず馬を止め、適当に答えた。


 すると、


「そうか、じゃあ、ぼ、オレにその参加証?をくださ……よこしやがれ!」


 少年はさらに声を震わせ、ついでに手も震わせつつ、懐から短剣を取り出し、俺に向かって突き出した……鞘がついたま。


「え、お前、もしかして強盗なの?」

「そうだ! オレに殺されたくなかったら、おとなしく言うことを……あ」


 と、そこで短剣の鞘に気づいたようだった。あわてて、それを取り、刃をむき出しにした。


「いや、参加証なんか持ってないんだが。持ってるのは推薦状なんだが」

「推薦? それがあれば出られるの? じゃあ、そっちくれ!」


 少年の態度には何か、強い焦りのようなものが感じられた。


「そう言われてもなあ……」


 こんなやつ、追い払うのは簡単だけど、相手は子供だしどうしたもんかな。俺は首をかしげた。

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