15

「俺を助けるってお前、何言って――」

「これです、智樹様」


 ユリィは俺に足早に近づきながら、布に包まれた何か細長いものを前に差し出した。これは……剣?


「もしかして、魔剣か?」

「はい! 素手で戦うのはさすがに大変だろうと思って、持って来ました!」

「おお!」


 ナイス判断! これで目の前のめんどくさい生物を片付けられるぅ!


「じゃあ、さっそく……」


 俺はユリィの持つ剣の柄に手を伸ばした――が、そこで、突如、全身に悪寒を感じ、後ろに飛び上がった。


 この感覚は、もしや……。


「なあ、ユリィ。その剣、どっから持ってきたんだ?」

「昨日、智樹様と一緒に寄った工房です。そこならきっと魔剣があると思ったので」


 と、ユリィは剣から布を取った。現れたのは、昨日俺たちがあの店で見た魔剣だった。そう、ゴミとして処分される寸前だったブツだ。


「い、いや! 確かにあの店なら魔剣の一本や二本あったろうよ! こんな非常事態だし、頼めば貸してくれただろうよ! でも、なんでよりによってそれなんだよ! ただのゴミって話だったじゃねえか!」

「それが、さっきお店に寄ったら、錆が取れて綺麗になっていたんです」

「え……」


 なにそれぇ。なんで急にそんなことに。


「で、でも、他にも剣はあっただろ? もっとこう、使えそうなやつ?」

「いえ、実は他にあの店にあった魔剣は、全部戦闘向きではなくて、装備すると小銭を拾いやすくなるとか、嫌いなマメ料理が食べられるようになるとか、そういう魔法ばっかり付与されてたんです。だから、もはやこれしかないと思いまして」

「ええぇ……」


 やだ、なにそのハズレクジしかない福引大会。あの兵士のおっさんの魔剣といい、まず武器であることを忘れすぎだろ。


「いや、だからって、ついこのあいだまでボロボロのゴミだったモンが役に立つとは到底思えないんだが? つか、それ早くどっかに捨てろ。なるべく遠くにな」


 俺はやはりそのゴミ魔剣が気持ち悪くてしょうがなかった。


 だが、ユリィは、


「智樹様、今はこれしかないんです。遠慮せず、お使いください!」


 空気を読まず、俺にそれを手渡しやがった。ぞわぞわ。ぞわぞわ。うーん、やっぱなんか気持ち悪い……。


「まあいい。どうせゴミだし、あいつの物理障壁に当たって砕けるだけだろ」


 俺はしぶしぶ、それを鞘から引き抜き、両手に構えた。見ると、確かにユリィの言うとおり、錆が取れてぴかぴかになっている……。


 と、その瞬間、刀身が強く輝き始めた。うぉ、まぶし!(三回目)しかも、俺の頭の中に『適合審査完了。すべての権限を承認し、これより再起動します』と、よくわからないSFチックなナレーションが響いた。攻殻のオペ子とかが言ってそうな声。って、なにこれ? 


「くそ、なんだかよくわからんが、とっとと終わらせるか!」


 どうせ数秒後には真のゴミクズになってるだろうし、深く考えるのはやめだ。俺はすぐにその剣を、目の前の瀕死のレジェンドモンスターにぶつけた。たちまちそこに物理障壁が発動する。


「はいはい、これでゴミ魔剣しゅうりょ――」


 しなかった。非常にしてほしかったのだが、しなかった。終了したのは、デューク・デーモンのほうだった。


 そう、なんとそのゴミ魔剣は物理障壁をあっさり貫通し、デューク・デーモンを切り裂くことができたのだ。しかも、その一太刀で、やつの巨体は蒸発してしまった。レジェンドモンスターを、一瞬で消し飛ばしてしまったのだ。


「な、なにこれぇ……」


 ゴミじゃねえのかよ。むしろさいつよアイテムかよ! 意味がわからなくて、恐怖すら感じちゃう俺だった。相変わらずなんか気持ち悪いし。


「すごいです! あんな強そうな魔物を一撃で倒してしまいましたよ!」

「まあ、な……」


 俺は動揺しつつも魔剣を鞘に戻した。虫の息とはいえ、レジェンドを一瞬で消し飛ばす魔剣なんて聞いたことない。なんなんだ、これは。昨日までは錆だらけだったってのに。


「あ、智樹様、あれはなんでしょう?」


 ふと、ユリィがデューク・デーモンのいたほうを指差した。見ると、光り輝く小さな球体のようなものが転がっている。


「ああ、あれはレジェンド・コアだな。レジェンドモンスターを倒すと出てくるんだ。やつらの残骸みたいなもんで、強い魔力を秘めているから、そこそこいい値段で売れる……」


 と、そこで、俺は昨日、召喚の球の修理を断られたとき言われた言葉を思い出した。そう、確か強い魔力の源のようなものがあれば直せるかもって話だった。


「ユリィ、あれを持ってすぐに昨日の工房に行こうぜ」

「あれを? ああ、そういえば……」


 ユリィも思い出したようだった。俺はその手に魔剣を押し付けると、レジェンド・コアを拾って、すぐにその場を離れ、ユリィとともに例の工房に向かった。


「ああ。これなら確かに召喚の球を直せるはずだよ。よく手に入ったね」


 工房の店主はレジェンド・コアを一瞥するやいなや、きっぱりと言い切った。よっしゃ! 渡りに舟とはこのことだ。ガッツポーズしちゃう俺だった。


「直すのにどれくらいかかりますか?」

「そうだねえ。十五分くらいかな」

「え、意外と早い」


 自転車のパンクを修理するレベルのはやさじゃん。この親父、もしや凄腕か。


「あ、そうだ、これもあったんだ」


 俺は魔剣を携えているユリィごと店主に突き出した。直接魔剣に触りたくなかったからな。


「わざわざ貸してくれてありがとうございました。お返しします」

「いや、返さなくていいよ。どうせ捨てる予定だったんだし、君にあげるよ」

「え、別にいらな――」

「遠慮しなくても。君は、この街を襲う魔物を倒したんだろう。私からのささやかな感謝のしるしだよ。もちろん、この球を直すお代もいらないからね」

「はあ……」


 店主はめっちゃニコニコしていて、つき返せるような雰囲気ではなかった。まあいいや。あとで川にでも捨てよう。


「じゃあ、すぐ球を直すから、君たちは適当にそこらで待ってて」


 店主はそう言うと、球とレジェンド・コアを持って、店の奥に引っ込んでしまった。


「あの……智樹様は、球が直ったら、やはりすぐに帰るつもりなんですか?」


 店の中をぶらぶら歩いていると、ユリィがたずねてきた。「まあ、そうだなあ」とっさにこう答えたが、実際すぐ帰っていいものか、迷うところはあった。やはりユリィはティリセに目をつけられている感じであぶなっかしいし、この世界の人間だってそうだ。デューク・デーモンみたいな魔物に、なんの対策もしてないみたいなんだから。


「そうですよね……。元々、わたしが無理やりこちらに連れて来ただけですし、しょうがないですよね……」


 ユリィは落胆を隠さずに言う。


「そりゃ、あんな魔物が人間を襲ってる世の中じゃ、かつての勇者様にすがりたく気持ちもわかるぜ。でも、何度も言うが、そいつはもう死んでるんだ。十五年も前にな」

「い、いえ! 昔の智樹様にすがるとか、そういう気持ちじゃなくて……」

「違うのか?」

「まったく全然違うってわけでもないです。そういう気持ちもあります。でも、今は……」

「なんだよ。はっきり言えよ」


 まわりくどくて、意味がわからん。


「……わたし、昨日、智樹様と一緒に並んで、剣を見られて、すごく楽しかったです」

「そうか? ニセモノだったじゃねえか」

「そ、そんなこと、関係ないです! それに、その後、一緒に食べたワッフルもすごくおいしかったです! わたし、男の人と一緒にああいう買い食いをするのははじめてで……」


 と、そこで、ユリィははっとしたように口ごもり、顔を赤くして、うつむいてしまった。


「なんだよ、急に……」


 俺もなんだか恥ずかしくなってしまい、顔が熱くなった。


 と、そこで、店の奥から店主が戻ってきた。球の修理が終わったらしい。


「修理ついでに、球を使うのに必要な魔力も込めておいたよ。これで、すぐに使えるはずだ」

「おお、サンキュー」


 サービスいいな。これであのクソエルフに頼む必要がなくなるってもんだ。俺はウッキウキで、店主の手から球を受け取った。


 だが、そのときだった。突然、その球の上に、棒状の何かが振り下ろされた!


 ぱりん。


 修理したばかりの球は割れてしまった……。


「え――」


 俺は一瞬何が起きたのか理解できなかった。俺の手の上に振り下ろされたのは、さっき俺が使っていたゴミ魔剣だった。そして、それを握って今の破壊行為を行ったのは――ユリィだった。


「ユリィ、お前、どういうつもりだよ!」

「…………」


 返事がない。ただのしかばねのようだ……じゃなくて、顔を見ると、なんだか目つきがおかしい。焦点が定まらないぼんやりした感じで、アニメで言うと、ハイライトが消えた、いわゆるレイプ目になっている。なんだこれ?


「ユリィ、しっかりしろ!」


 俺はあわててその肩をゆさぶった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る