14

「なあ、一つ聞いていいか? お前、誰かと握手したことあるか?」

「何を突然、たわけたことを。それぐらい、あるに決まっているではないか」

「ふーん。じゃあ、お前は別に誰かに触れられない体質ってわけでもないんだな」


 俺はそこで、横の壁に向かって大きくジャンプした。そして、その壁面を蹴って、三角飛びの要領で、デューク・デーモンの頭の上に飛び乗った。


「な……貴様、いきなり何を……」


 デューク・デーモンはあわてて手を上げて頭の上の俺をつかもうとするが、肩に筋肉がつきすぎてるせいか、頭の真上にまでは手が届かないようだった。ますます狼狽し、じたばたしはじめた。


「落ち着けよ。俺はここにいても、お前を攻撃できるわけじゃないんだからな」

「おお、そうであったな。しょせん、今のお前の行動は、無駄な悪あがきに過ぎぬ!」


 デューク・デーモンは俺の言葉で余裕を取り戻したようだった。いや、自分の能力ぐらい、ちゃんと覚えておけよ。


「だが、俺はここで――踊ることができる!」


 俺は試しに、その場でコサックダンスを踊ってみた。うむ、普通に踊れる。これぐらいなら問題ないレベルってことか。


「は! 何を下らぬことを! 早く降りろ!」


 デューク・デーモンは歌舞伎役者が見栄を切るように、頭をぐりんぐりん回転させるが、俺は何とか踊り続けることができた。っていうか、難易度が上がってむしろノってきた。あの落ちゲーで覚えたロシア民謡も口ずさんじゃう。まあ、確かにコサックダンスを楽しんでいる場合じゃないんだけどな。


 よし、次はこれだ。タップダンス。ただちにステップを変え、デューク・デーモンの頭をかかとでこれでもかと踏みつける。くらえ、パッションあふれる俺のステップ!


 すると、そこで突如、俺の足元に光の障壁が現れた。俺はそれに弾かれ、上にぽーんと打ち上げられてしまった。


「これぐらいとアウトなのか。なるほどなるほど」


 とりあえず着地し、すぐに体勢を立て直す。一応、今はやるかやられるかの戦闘中だからな。


「なにが、なるほどだ。貴様の踏みつけ攻撃が不発に終わっただけではないか」


 デューク・デーモンはまだ俺の狙いに気づいてないようだった。


「なるほどってのは、お前の物理障壁の性能のことだよ。俺が昔倒した、なんとかっていうゴツイ竜は、確かレジェンドのディヴァインクラスだったが、そいつの障壁は、普通の人間は近寄るだけで消し飛ぶレベルだったかな。で、お前のはそれに比べるとずいぶんユルユルだ。発動判定もすげーガバガバっぽいし」

「ディ、デヴァインクラスを倒しただと? 何を戯言を……」


 デューク・デーモンは顔をひきつらせた。「いや、今の話で大事なのはそこじゃないから」話の主軸がブレそうなので、あわてて軌道修正する。


「お前は、レジェンドの中でも、下級のノーブルクラス。つまり、お前の物理障壁も実はしょぼい! 俺はこの短時間でそれを見抜いちゃったわけなのだよ。どうよ?」

「ほざけ! 何を言おうと、貴様は絶対に我には勝てぬ!」


 デューク・デーモンはやはり、俺の言葉をまるで理解していないようだった。再び俺に襲い掛かってきた。それも、まっすぐに。いかにもおあつらえ向きの猪突猛進という感じで。


 よし、この動きなら――。


 俺はあえて、それをぎりぎりまでかわさなかった。そして、やつの腕が俺に触れる直前で、最小限の動きで横に体を反らせ、やつの手首を両手でつかみ、そっと……そう、赤ん坊を撫でるように軽く、そっと、その手首をひねった。


 直後、デューク・デーモンの巨体は大きく宙を舞い、床に激しく叩きつけられていた!


「な――」


 デューク・デーモンはすっかり面食らっているようだった。倒れたまま目をぱちぱち瞬かせている。


「き、貴様、今何を……」

「何って、俺はほとんど何もしてないぜ?」


 俺は何も持っていない両手を上げて、にやにやと笑った。うーん、狙い通りで実に爽快だ。


「な、何を言う! 我の物理障壁を無視して、我に攻撃するなど、断じてありえぬ!」

「バーカ。言っただろ、俺はほとんど何もしてないって。今、お前が投げられたのは、ほとんどおまえ自身の力さ。俺はただ、その力の流れをちょっと変えてやっただけだ」

「力の流れ、だと……?」

「俺の国じゃ確か、こんなことわざがあったな。柔よく剛を制す! そう、それそれ!」

「じゅ、獣欲だと?」


 デューク・デーモンにはやはり話が通じてない様子だった。やれやれ。


「わかんねえなら、もっかいかかってこいよ。何度だって投げてやるからさ」

「ふん、言われずとも! 奇跡が二度も起こると思うな!」


 目の前の脳筋悪魔野郎は、またしてもまっすぐこっちに突っ込んできた。反撃されて怒っているのか、さっきより速い。パワーもありそうだ。しかし、だからこそ、俺は簡単に対応できるってもんだ。


「くらえ、俺の必殺! 高校一年の半年の間に体育の授業で習っただけだけど、すぐに柔道部に勧誘されるレベルまで上達した秘奥義、ジュードー!」


 うむ、我ながら長い。でも、事実だからね、しょうがないね。


 そして、俺の必殺ジュードーの技によって、デューク・デーモンの体はまたしても投げ飛ばされ、壁に叩きつけられた。んー、デカい相手を投げるってやっぱキモチイイー。


「ジュ、ジュードー? それが我が障壁を破る技の正体だと言うのか?」


 デューク・デーモンはまだダメージはたいしたことなさそうだったが、さすがにわなわなとおののき始めている。


「そうだ。お前の物理障壁は『軽く触る』程度じゃ発動しないみたいだからな。だから、俺はお前に軽く触って、おまえ自身の力をそのまま返す形で攻撃すればいいだけなのさ。そして、それを可能にするのが、俺の国の武道、ジュードー! どうよ!」


 そう、これに気づいたのは、デューク・デーモンが転んで頭を打っていたのを見たときだった。転んだのはあいつ自身の力だ。そして、その状態では障壁は発動せず、物理ダメージは反射されない。これは、ピンとくるってもんだ。


「わ、我の力をそのまま我に返す? まさか、貴様も物理障壁を使うというのか?」

「ちげーよ。ただのワザだ。俺の国では男は誰でも使えるぞ」

「なん……だと! このような恐るべきワザを誰でも使える……だと……」

「おうよ、みんな学校で習うからな!」


 調子に乗って、親指を立ててちょっと適当なことを言っちゃう俺だった。本当はだいたい剣道との二択の選択だし、武道の授業自体やらない学校もあるんだけどね。


「ば、ばかな……! たかが人間の分際で、魔剣も持たず、空手で我の体を傷つけるなど、ありえん!」

「いや、カラテじゃなくて、ジュードーだから」

「黙れ!」


 デューク・デーモンは諦めが悪かった。なおも俺に向かってきた。だが、その対処はもう簡単だった。風になびく柳のようにしなやかに、たおやかに動いて、相手の力をそのまま利用する形で、足払いしたり、投げ飛ばしたり……。ほんの短時間の間に、デューク・デーモンはぼろ雑巾のようになってしまった。俺の圧勝だ。


 だが、この戦法には致命的な欠点があった。


「まだだ! まだ終わらぬ!」


 デューク・デーモンはズタボロになりながらも、再びゆっくりと立ち上がる。もうすっかりグロッキーで、手足はぷるぷる震えてる。……それはいいんだが。


「もう降参しろよ、勝ち目ないぞ、お前」


 言いながら、俺は内心、少しあせりを感じていた。というのも、結局俺は、相手の力を利用する戦法しかできないわけだ。ダメージを与えるたびに、相手の力が弱っていくと、当然俺のジュードーによる反撃の威力も落ちる。つまり、今の俺は――こいつに決定的なとどめの一撃を与えることができないってわけなんだ。


 だから、俺としては負けを認めてもらって、この場から退場してもらうしかなかった。そこに気づかれる前に。


「わ、我は負けぬ! 貴様のような人間風情にはな!」


 しかし、やつは、体はボロボロでも心は折れてなさそうだった。


 どうしよう、このめんどくさい生物。障壁ないなら、もうワンパンKOしたいよ。俺は思わず頭を抱えてしまった。


 と、そのときだった。


「智樹様! 大丈夫ですか!」


 聞き覚えのある声が聞こえた。はっとして、声のしたほうに振り返ると、玄関ホールの入り口にユリィが立っていた。


「お前、何しにここに?」

「わたし、智樹様を助けに来ました!」

「え」


 ティリセじゃなくて、お前が? 一瞬、その言葉の意味がよくわからない俺だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る