因縁の対決!? vs.闇ギルド

第37話 底辺冒険者とハチミツ狩り①

「ハチミツが食べたいの」 


 早朝。

 寝ている俺をむりやり起こしたと思いきや、エルが開口一番にそう言った。


「エル……お前」


 俺はありったけの嫌悪を込めてエルを睨む。

 しかしそれは、穏やかな睡眠を邪魔されたからではない。


「ん? なーに?」


「なんだその格好は。今日は休日だろうが」 


 おやすみ日和の心地よい朝。

 ……にも関わらず、なぜかエルはいつも通りの大きなマントを羽織って俺の目の前に立っていた。

 きれいに整えられたブロンドヘアーの上にはアクセサリーのようなシルクハットがちょこんと乗っている。

 冒険に向けて準備万端といった様子だ。

 

「休日は休日なんだけどさ……」


 エルがモジモジと体をくねらせる。

 上目遣いでこちらの機嫌を伺う姿にどこか嫌な予感が。


「ユーヤに付き合ってもらいたいことがあって!」


 ほらやっぱり。


「断る。お前のスイーツ巡りに付き合わされるのは一生御免だ」


「え!? どうしてスイーツ巡りだってわかったの!? エスパー!?」


「さっき自分でハチミツ食べたいって言ってただろうが」


「あっ、そっかー! 忘れてた、エヘヘ」


 恥ずかしそうに頭を掻く。


「それで今日はね……」


「おい、何勝手に話進めてる? 俺はお前に付き合ってる暇は無いんだ。これから朝飯を食べるからな。ハチミツでもなんでもお前1人で行ってこい」


 俺はエルを押しのけ、食料棚へと向かう。


「えぇ〜……そんなぁ……」


 当然だ。

 たかがハチミツのためになんて馬鹿なマネはしない。

 駄々をこねるエルを無視して食料棚の戸を開ける。


「……あれ?」


「どーしたの?」


 棚の中を見るなり固まってしまった俺に、エルが声をかけてきた。

 俺はゆっくりとエルの方に首を傾ける。


「なあ、エル。ここにあったパン……どこにやった?」


「どこにやったって……わたしが食べちゃったけど……?」


「なぜ?」


「え、だって朝ごはん食べてなかったんだもん」


「違う。俺が聞きたいのはそうじゃなくて……」


 棚の中からからっぽのパンかごを取り出し、


「なぜ3日分のパンが無くなってるのか聞いているんだ!!」


 エルに投げつけた。


「あいたッ!?」


 かごは見事エルの額に直撃。


「エル! いったいこれはどういうことだ!?」


「えぇ〜!? そ、それが3日分のごはんだったなんて知らなかったんだよぉ〜! わたしはてっきり今日の分だと思って……」


「とぼけるのもいい加減にしろよ!? そもそも今日の分だと思うにしても俺の分はどうした!? なぜ目の前にある食糧を全部自分のだと勘違いできるんだ!」


「だ、だってだって! 最近ぜんぜん甘いもの食べてなかったから……ついストレスで……」


 おでこをさすりながら歯切れ悪く返すエル。逆に俺は大きな声でまくしたてる。


「ストレスで俺の食糧にまで手を出すな! 俺に関係ないところで勝手にストレス解消すればいいだろうが!!」


 ぐぅ〜。


 腹が鳴る。

 空きっ腹のときに怒鳴るものではいな……。


「これだから食いしん坊でアホでどうしようもなく使えない戦力外娘は……」


「ユーヤ! それは言い過ぎ――」


「あ゛?」


「ヒッ!? ご、ごめんなさい……」


 うなる腹を労りながら椅子に座る。

 くそっ。金も無いし……これから3日間、また雑草と水生活か……。


「ユーヤ……」


 エルが申し訳無さそうに声を落としながら、ゆさゆさと肩を揺さぶってくる。

 俺は今それどころではないというのに。


「悪いが今はお前と話す元気も気力も無い。この3日間をどう乗り切るか考えるだけで頭がいっぱいだ」


「お詫びと言ってはなんなんだけどさ……」


 そう言うと、エルが懐から1枚の紙を取り出した。

 お詫び? 食糧の余りでも見つけたか?


「割の良いクエスト見つけてきたんだ!」


「本当にお詫びと言ってはなんだなぁ!?」


 お詫びどころかその逆だった。

 お詫びでクエストを受けさせるとか、嫌がらせにも程があるぞ!?

 俺はエルが差し出してきた紙を間髪入れずに払いのける。


「大体そのクエスト、お前がハチミツ食べたいから受けてきたクエストだろ!?」


 クエスト内容の欄には、大きな文字で『ハチミツ狩り』と書かれていた。

 明らかにエルがスイーツ巡りのためだけに持ってきたクエストだ。


「さ、最初はそのつもりだったんだけどね!? ほら! ここ見て、ここ!!」


 どこか興奮気味のエル。

 紙の一部分を指さしながら俺の顔にむんずと押し付けてくる。


「なになに……『採取したハチミツの一部は報酬として……』」


 途中まで読み終えたところでその紙をくしゃくしゃに丸めて投げ捨てる。


「ぬわぁーッ!? なにしてんのぉーッ!?」


 エルが悲鳴をあげる。


「俺がハチミツごときに釣られる訳がないだろうが。結局お前がハチミツ食べたいだけじゃないか!」


 腹が減ってるとはいえ、ハチミツが報酬として貰えても何も嬉しくない。

 大金でも積まれない限り、危険を犯してまでハチミツ狩りなんてするわけがないだろう。


「違う違う! 最後まで読んでよ!」


 エルが紙くずを拾ってきて広げ直す。

 シワだらけのクエスト用紙の最後にはこんなことが書かれていた。


『報酬:金貨10枚』


「金貨10枚……だと!?」


「そうなの! 金貨10枚! ね、すごいでしょ!?」


 ハチミツ狩り自体は安全安心のクエストでは無いが、この金額は相場の5倍はくだらない……!

 中級モンスター討伐に匹敵する金額だぞ!?


「これは……受ける他ないな!」


「でしょー!? 掲示板のスミにひっそりと貼ってあったのをわたしが偶然見つけたんだよ!」


 エルがフフンと鼻を鳴らす。

 こんなおいし過ぎる案件が今の今まで残っていたなんて……



 ……俺はツイてるな!



「よっしゃぁ!! そうと決まればハチミツ狩りじゃぁー!!」


「おぉ~ッ!!」



 この時は疑いもしなかった。

 なぜハチミツ狩りにここまでの大金が懸けられていたのかということを……。

 普段の俺ならその違和感に気づいていただろう。


 ……やはり空腹は判断力の敵だ。

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