第38話 底辺冒険者とハチミツ狩り②
ハチミツ〜♪ ハチミツ〜♪」
「おいこら、先々行くな!」
「エルさんご機嫌ですね」
鼻歌混じりにスキップするエルを見て、アリシアが微笑む。
今日も目深に被った緑色のフードからは、短めに切り揃えられたサラサラの銀髪が顔を出す。
「うん! ゴキゲンもゴキゲンだよ〜! ゴキゲン斜め前だよ!」
「どっちだよ!?」
久しぶりのスイーツ巡りというのもあり、いつも以上に浮かれているエル。
街を出てからもずっとあの調子だ。
アホな言動に拍車がかかっている気がするが……
「フンフ〜ン♪ ハチミトゥ〜♪」
いつも通りか。
「ハチミツ狩り……楽しみです!」
アリシアがその細身の体を奮い立たせる。
陽気なエルに乗せられてか、やる気満々だ。
ただ……1つだけ不安な点が。
「アリシア。休日なんだから別についてこなくても良かったんだぞ?」
元々今日は休みの予定。
吐血癖のある病弱なアリシアには、大事なクエストに備えて休んでいてもらいたかったのが本音だ。
「いえ! 家に居ても特にすることも無かったので。それにせっかくのパーティーなんですから一緒に行動したいです!」
「そ、そうか……だが無理だけはするなよ」
俺の心配をよそに、アリシアがグッと両手で杖を握りしめる。
休めと言われて休む感じでもなさそうだ。
やる気だけは……やる気だけはあるんだよなぁ。
アリシアの体調を気にかけていると、俺のすぐ後ろからハキハキとした明朗快活な声が聞こえてきた。
「ユーヤ! アリシアの思いをむげにしてはいけませんよ! 常に行動を共にすることはチームワーク道を極めるための第一歩なのですから。特にクエストともなればチームワーク経験値も大幅アップです!」
「ラン。休日なんだからお前はついてくるな」
「あれ? アリシアと私でだいぶ扱いが違う気が……ハッ!? もしやこれもチームワークを試す試練なのでは!?」
そんなものを課した覚えはない。
むしろ試練を受けているのはこちらの方だ。
「さすがユーヤ! ああ、こんな素晴らしいパーティーに入れるなんて光栄です!」
俺とアリシアのすぐ後ろを、頼んでもいないのにお団子頭がついてくる。
先日、我がパーティーに仮加入したランだ。
スラッと伸びた女性らしい体躯を金刺繍のカンフースーツで包み、背中には白い布に包まれた7本の棍を担ぐ。
その見た目だけなら歴戦の勇士に見えるが、その実はスキルを使う度にドジを連発し仲間にダメージを与える危険人物。
そんな歩く疫病神に付きまとわれている……これを試練と言わずなんと言おう。
「一応言っておくが、お前を正式に加入させたわけではないからな! 仮加入だからな!? か・り・!!」
仮の部分を強調して念を押す。
色々と勘違いされては困る。
「ええ、承知しておりますとも。あれですよね、あれ! 真の仲間になるための10の試練を共に乗り越えることでパーティーメンバーとして正式に迎え入れられる的なアレですよね!?」
さっそく勘違いされてしまった。
こいつ、チームワークと試練とさえ言っていれば全ての話がまかり通ると思ってないか……?
「まあいい……。ラン、お前はクエスト中スキルを極力使うな。あと武器も振り回すな。何もするな」
「そ、それはさすがに……!」
酷かったか……?
「……さすがに早すぎます!」
「はい?」
「『お前は何もしなくていい。俺に任せろ!』だなんて! チームワーク過ぎて溺れてしまいそうですぅ〜!」
身を悶えさせながら頬に手を当てるラン。
熱を帯びた顔を嬉しそうに冷ましている。
ダメだ、こいつとは一生まともな会話ができそうにない。
「さっそくランちゃんにセクハラするのはやめよーね。ユーヤ」
前を歩いていたエルがなぜか睨みを利かせながら俺の方を向く。
「どこをどう捉えたら今の会話からセクハラが連想されるんだ」
「またエッチな要求でもしてたんでしょ? ランちゃんが顔赤くして『流石に早すぎます……!』って言ってたじゃん!」
「また……?」
隣のアリシアが訝しげに目線を送ってきた。
心なしか距離も遠くなったような……。
濡れ衣にもほどがある。
「いつお前にエッチな要求をした!? こうやって根も葉もないところから冤罪が生まれるんだ!」
「コエン……ザイム?」
「エ・ン・ザ・イ・だ!」
どう聞き間違えればそうなるんだ……。
ここはしっかりと誤解を解いておかなければ。
「いいか、エル。そもそも俺はエッチな要求をする前にいきなり行動に移しているだろうが。俺は行動力のある男なんだ! そこらへんのムッツリ変態オヤジと一緒にするんじゃない!」
俺の魂の叫び。
この思いは必ず皆に届いたはずだ!
「「「…………」」」
エルが汚物を見るような冷たい眼差しで俺を一瞥し、無言で離れる。
続いてアリシアと……そしてランまでもが俺に視線を合わせることなく早足で遠ざかっていく。
「あれ? 俺なんかやっちゃいました?」
それ以降、目的地に到着するまで俺と彼女たちの間に会話が一切無かったことは……言うまでもない。
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