第25話 底辺冒険者は悪い予感ばかり的中する
「レオン、それはいったいどういうことだ? スライム相手に全滅って……」
俺は疑問を口にする。
疑問というよりは恐れと言った方が正しいかもしれない。
スライム一匹に上級冒険者パーティーが壊滅寸前まで追いつめられる――そんな突拍子もないことを理解するほうが難しかった。
「どうもこうもないッ! 俺に聞かないで這いつくばっているこいつに聞け!」
またもズビシッと指をさされたランは、申し訳なさそうに目を背ける。
「お前のムチャクチャな戦いに巻き込まれるのはもうごめんなんだよ! せいぜい他のパーティーに拾ってもらえるよう頑張るんだな!」
「そんなぁ! あと1回、あと1回だけチャンスを!」
「その言葉を何回信用したと思ってる!? 10回だぞ、10回!!」
割と甘いな!?
ホトケさん?の顔は三度までとどこかで聞いた気がするが、その3倍以上の広い心をレオンは持っているらしい。
今度また金を借りに行こう。
「今度こそ、今度こそは!!」
「だぁ~もううっさい!! クビだクビッ!! お前なんか――戦力外だッ!!」
――戦力外。
必死に食らいついていたランが、その言葉を聞いた途端、魂が抜けたように手の力を緩めた。
レオンは大袈裟にそれを振り払うと、フンと鼻を鳴らして足音をガチャガチャ響かせながら歩き始める。
俺も地面にへたるランを無視してその場を離れようとしたが、
「――ったく、あのメイメイの弟子だって言うから目をかけてやったのに……」
レオンが去り際に放った一言に思わず反応してしまう。
「おい待て、レオン! 今、『メイメイ』って言ったか!? メイメイってあの、“不退転”メイメイ!?」
俺は肩が外れるくらいの勢いで東門の上部を指差す。
そこには、一人の女性を模した石像が城下の町並みを見守るように立っていた。
レオンも足を止め、その石像を憎たらしく見上げる。
「ああそうだよ。あの”不退転”メイメイだ」
「マジかよ……」
驚きのあまり、俺は口をポカンと開けて石像を見つめる。
このラストリアという地は、アストラ王国最大の都市としてだけでなく、魔王討伐を成した『勇者パーティー』が結成された地としても有名なのだ。
ギルドハウス前に設置されているライオネル像と同様、あの石像もその時の功績を讃えてつくられたものだ。
中央広場の『“勇者”ライオネル』。
北門の『“守護天使”リリィ』
西門の『“紅蓮魔女”サラマ』
東門の『“不退転”メイメイ』。
そして南門の――『“浮き草”アヤメ』。
まさか5大ビックネームの1つをこんなところで聞けるとは思わなかった。
しかもランはその愛弟子ときた。
それを知ったレオンが仲間に引き入れた気持ちもわかる……のだが。
「俺は帰るッ! これから仲間を施療院まで運ばなきゃいけないからなッ!」
わざとらしくランを睨みつけ、去っていくレオン。
その様子からは憎悪と、そして後悔の念が伺える。
とてもじゃないが、メイメイの弟子に対する羨望やら尊敬やらの感情はカケラも感じられない。
「これは、何かあるな……」
明らかにレオンの態度は普通でない。
冒険者ならば誰もが憧れを抱く勇者パーティー。
その伝説的メンバーの愛弟子で冒険者となれば、引く手数多のはず。
顕示欲の強いレオンが簡単に手放すはずがない。
この女――なにか、あるッ!
俺の直感が警鐘を鳴らしている。
この娘に関わったらまずいと本能が騒いでいる。
「じゃ、俺もおじゃまして……」
よし、逃げよう。
俺はレオンに乗じてこの場から立ち去ろうとするが、足元のランから射貫くような熱い視線を注がれていることに気づく。
『さては私に興味がおありでしょう?』とでも言いたげなまなざし。
『いま私、フリーになりましたよ?』とでも言いたげなまなざし。
『お話だけでも聞いていってくれませんか?』とでも言いたげなまなざし。
まずい。ロックオンされた。
俺は目線をすぐさま彼女から外し、ダッシュで広場を後にしようとする。
「待ってください!」
が、上げた足を見事に捕まえられ、バランスを崩す。
「ゴヘッ!?」
そして、ランと仲良く連結しながら地べたへとダイブした。
「お、お前、なんのつもりだ!? 離せコラ!」
「せ、せめて話だけでも!」
「お前の話なら今さっきレオンから聞いた! もうそれだけで十分だ!」
「お願いします! この通り!!」
ランが俺の足を握りつぶす勢いで力を加える。
なんだこの馬鹿力は!?
「イタタタタッ!? お前はお願いと脅迫の違いも区別できないのか!?」
この状況、どう考えてもお願いされている構図ではなく、『私の言う通りにしないと足をへし折りますよ』と脅迫を受けているようにしか感じない。
「わかった、わかった!! 話だけなら聞いてやるから、手を放せ!! 本当に折れるー!?」
たまらずギブアップ。
「ありがとうございます! 恩に着ます!」
「くっ……」
脅迫しておいてどの口が言うんだか。
ランは俺の無抵抗の意志を感じ取ると、手の力を緩める。
そして服についた汚れを払いながら立ち上がった。
俺も圧迫された足をかばいながら起き上がる。
「私の名前は、リュウ・ランレイ。先ほど見たく、ランとお呼びください!」
「そうか。それじゃあな、ラン」
「待ってください」
今度はガシッと腕を掴まれる。
ちゃんと話は聞いたはずなんだが……。
振りほどこうとするたび、当たり前のように腕が締め付けられる。
これは相手の気が済むまで話を聞かなければ返してくれそうにない。
「ぜひ、あなたのお名前を!」
「ッ!?」
ランが握る手に更に力を加える。
なにこいつ、もしかして相手を傷つけながらじゃないと会話できないの……?
俺はキリキリ絞られる腕の痛みに耐えながら、しぶしぶ口を開く。
「お、俺はユーヤだ。レオンと同じく一応冒険者をやっている……」
「ユーヤですね! 覚えました。一生忘れません!」
大袈裟なリアクションで俺の名前を覚えるラン。
地面につきそうなほどの丈長カンフースーツが風を受けて嬉しそうに揺れる。
灰色のなめらかなシルク生地にきらびやかな金の刺繍。
帯のように垂れ下がった正面部分には、とぐろを巻いた金色の龍が描かれている。
その凛と整った着こなしは、それだけで武術の達人を思わせた。
「うーん……」
同じく武術の達人であったと言われるメイメイと、どこか似た雰囲気を感じなくもない。……石像と比べて、ではあるが。
もしかするとメイメイの愛弟子というのもあながち嘘ではない……のか?
「よろしくお願いしますねっ!」
俺の疑惑の視線を弾くように、笑顔をめいっぱいに振りまくラン。
黒髪の美人がほほ笑む姿は何事にも劣らぬ良さがある。
しかし、その笑みの裏には大きく深い落とし穴が待ち構えているように見えた。
考えすぎなだけかもしれない。
でも、俺には見えるのだ――地獄へとつながる大穴が。
底辺冒険者をさらにどん底へと突き落とす大穴が。
そして、そこへいざなおうとしているのは紛れもなく彼女……。
本当に、ほんとーにッ! 嫌な予感しかしないんだが!?
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