第24話 底辺冒険者と上級冒険者
「あいつら、いつまで買い物してるつもりだ」
広場のベンチに腰掛けながら愚痴をこぼす。
エルとアリシアは一向に帰ってくる気配を見せない。
俺のいる東門前の大広場からは、商品を乗せた荷馬車とともに多くの冒険者が行き来している。
ラストリアの東側はモンスターの出現ポイントが数多く存在するため、用心棒として冒険者を雇うのが主流となっているのだ。
「護衛任務か。あいつら、行って帰ってくるだけでどんだけ報酬を貰えるんだか」
護衛任務に就けるのは、一定の戦績を持つ優秀なパーティーだけ。
現在の俺たちではまず受け持つことはできないだろう。
基本的には何事もなく金が稼げる、いわゆる”おいしい仕事”ではあるのだが、近年、闇ギルドなる組織の存在が確認され始めてからは、警戒を強化する商人が増えているのが実情だ。
「ああ~、俺も護衛任務受けて楽に金儲けしてえなぁ~」
「――それは無理な話だな!」
「げっ、その声は……!」
鼻にかかった耳障りな声とともにやってきたのは、鈍い蒼に輝くサティラント鋼の鎧で全身を固めた青年。
カチャカチャと小気味良い金属音を奏でながら、俺に近づいてくる。
「いったい何の用だ?」
俺がぶっきらぼうに返すと、その青年は金髪のサラサラヘアーを手で巻き上げながら得意げに口を開く。
「護衛任務を受けてきたに決まっているだろう。お前が行きたいと言っていた護・衛・任・務・に!!」
「俺はいったい何の用だと聞いたんだ。用が無いならとっとと失せろ」
「お前こそこんなところで何をしている? もしや、子供の時みたく商人の荷馬車を……」
「違うわッ! 俺は買い物に付き合わされてただけだ!」
まったく、こいつは俺のことを何だと思ってるんだ。
俺に対する認知の仕方が子供の頃から全然変わっていない。
「ハハッ。金も無いのに買い物とはな」
やれやれとその金髪頭に手をやって嘲笑する。
このいけ好かないやつの名はレオン。俺と同期の冒険者だ。
まあ同期とは言ったものの、実力の差は歴然だが。
レオンの職業はソードマスター。剣を操ることに特化した上級職だ。
実績も上々。今日も護衛任務で荒稼ぎとは良いご身分だ。
しかも、その高い戦闘能力に加えてサラサラヘアーの高身長イケメンときた。
強くてかっこいいとか、なめてんのか。
しかし、そんな完璧超人のレオンの様子が今日はどこかおかしい。
様子というか……顔が。
「それよりお前……その顔どうした? 荷馬車にでも轢かれたのか?」
レオンの整っていた顔立ちは、今は見るも無残なほどボコボコに腫れあがっていた。
ナイス荷馬車。
「この俺がそんなへまをするわけないだろ! この顔の傷はなぁ、コイツにやられたんだよッ!」
ビシッ、とレオンが指を突きつけたのは荷馬車……ではなく、自分自身の足元だった。
見ると、彼の右足を掴んで離さないお団子頭の少女が1人。
左右それぞれにまとめられた団子髪をシニヨンで覆っている。なんか饅頭を頭に乗せているみたいだ。
今の今までレオンの顔面ばかりに目がいって、彼女の存在に全く気づかなかった。
「だ、誰だ……そいつ?」
「こいつはラン。俺の、
レオンが『元』の部分をやけに強調して答える。
「も、元だなんてそんなぁ!?」
レオンの冷たい言葉に、ランと呼ばれたお団子頭の少女が足にしがみついたまま顔を上げ、涙ながらに訴える。
切れ長の目に、通った鼻筋。
そして、色が奥まで浸透したように艶やかな黒髪が美しさとともに凛とした雰囲気を醸し出している。
地べたの上で男の足にしがみついていなければ、の話だが。
「えぇい! いい加減俺の足から離れろ、このッ、このッ!」
レオンが振りほどこうとするが、
「離しません!」
と、ランも必死の抵抗を見せる。
「今まで一生懸命パーティーのために尽くしてきたのに、この仕打ちはあんまりです!!」
「『一生懸命に尽くしてきた』だとぉ!? ふざけるな! お前が来てから俺のパーティーは滅茶苦茶だ! 今日なんてあやうく全滅しかけたんだぞ!?」
レオンが大通りの方を指さす。荷馬車が通る中で小さな荷台が目に入る。
中に誰か横たわっている。
あれは……確かレオンのパーティーメンバーだったか。
荷台に川の字に寝かせられた3人が、意気消沈とした面持ちで揺られていくのが見える。
包帯がそこかしこに巻かれている痛々しい姿が、彼らがどれだけ壮絶な戦いに身を投じていたのかを想起させる。
「よっぽど強力なモンスターだったんだな。お前のパーティーがほぼ全滅だなんて――」
「――スライムだ」
「は?」
苦虫を噛み潰したような顔で呟くレオン。
彼の口からそんな低級モンスターの名前が出るとは思っていなかったので、思わず聞き返してしまう。
「え、スライム?」
「そうだ。スライム1匹と対峙してこの有様だ」
「すまん。まったく話がつかめないんだが」
レオンのパーティーがスライム1匹にほぼ全滅だなんて信じられるわけがない。
理解が追い付かない俺に、レオンがあからさまにイライラしながら声を張り上げた。
「だからッ! スライム1匹倒す間に、こいつが俺のパーティーを壊滅させたんだッ!!」
半べそをかきながら、ランのお団子頭を指さすレオン。
傷だらけの顔をさらに歪ませている。
その屈辱の表情からは、嘘をついている風にも俺を茶化そうとしている風にも見えなかった。
「ますます訳が分からないんだが……」
ランと目が合う。
彼女の見た目の可憐さからは想像もつかない、得体の知れない不気味さが漂っているように感じた。
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