第17話 底辺冒険者と病弱ウィザード⑤

「な、なにィィィ―――ッッ!!?」


 エルに連なる無数のラパン。

 きれいに互いの足を繋いでいる様子はまるで空を舞う龍のよう。

 俺は数を把握しようと必死にその影を目で追うが、すぐに諦める。なにせ数が多過ぎる。とてもじゃないが数えきれない。


「いや、よく考えるんだ。これはただ単に疲れ目で焦点が定まっていないだけかもしれない。よし、眼科に行って目の治療を……」


「ユーヤさん! 現実逃避しないでください!」


 冷静な自己分析で冷静じゃない自己を確認したところで我に返る。

 だって1匹だと思ってたらこんなにいっぱい出てくるんだもの。しょうがないじゃないか!


 そうこうしている間に、エルを先頭に連結したラパンの群れは空中で散開。俺とアリシアを取り囲むように着地した。

 やばい。完全に逃げ道を塞がれてしまった。


「ま、まさか……これだけの数を引っ張り出してしまうとは……」


 恐るべし強化魔法の力。

 もう一度ラパンの数を確認する。

 引っ張り出したラパンの数はなんと全部で20匹にものぼった。エルが無理やり俺に課したラパン10匹討伐という目標をゆうに超す数だ。


「これは、いきなり大ピンチだな……」


 俺が目の前の状況に手をこまねいていると、熟睡したまま空中旅行をしていたエルが頭上目がけて落下してきた。

 危機感の欠片もない幸せそうな表情。良い夢でも見ているのだろうか。

 イラついたので、落ちてくるそれをひらりとかわした。


「ふげッ!?」


 まぬけな声をあげて、顔面から草むらに不時着するエル。

 しばらくもぞもぞしたあと、草むらからスポンと顔を出した。


「ぷはっ! あ、おはよーユーヤ」


 痛がるそぶりも見せず、気持ちよさそうなあくびを1つ。

 どれだけ人の神経を逆撫ですれば済むんだこいつは。

 俺はできる限りの皮肉と憎悪を持って言葉を返す。


「おはようどころじゃない。お前のせいで俺たちに永遠のおやすみの危機が迫っている」


「え?」


「周りを見てみろ。ラパンの大群に囲まれた」


 エルが寝ぼけ眼でキョロキョロと辺りを見渡す。


「わッ!? ほ、ほんとだ……。いったいなんでこんな状況に……!?」


「お前じゃい!! ぐーすか寝ているお前をラパンが巣穴まで引きずり込もうとしてたんだよ! それを助けたらこのザマだ!」


「うぇ!? そうだったの!? ご、ごめんなさいぃぃ……」


 しょんぼりとうなだれるエル。

 大いに反省してくれ。


「あれ? アリシアちゃんは何で倒れてるの……?」


 しょんぼりついでに視界に入ったのか、エルが草原に突っ伏したまま動かないアリシアを見て言う。


「非常に言いにくいんだが、アリシアは……」


「うそ……そんな……。もしかしてわたしのせいで……」


「俺を魔法で強化したついでに気絶した」


「えぇ……」


 うつ伏せのアリシアを中心に、俺とエルは周囲を警戒しながら身を寄せ合う。

 この数のラパンから襲撃を受けたらひとたまりもない。

 どこから飛んでくるかわからない相手の攻撃に対し、全方位右に左にせわしなく注意を向ける。

 両者一歩も動きを見せない臨戦態勢の中、周りを取り囲むラパンの群れから1匹が輪の中に歩み寄ってきた。


「あ? なんだこいつ。もしかして俺らと1対1でやろうってのか?」


「シュッ!」


 輪から外れたその1匹が、短く息を吐きながらスパーリングを始める。

 なぜかはわからないが、相手は1対1の戦いをお望みのようだ。


 片目に傷を持つなんとも強そうな出で立ち。

 前腕の発達具合から見るにこの群れのリーダー格といったところか。

 他のラパンが出てこないのを見る限り、この輪の中を仮のリングに見立てているらしい。

 ここで俺たちを一人ずつ殴り殺す気か……。

 想像しただけで背筋に悪寒が走る。


「い、いいだろうッ! そんなに殴りたいなら、ほら、ここに肉付きの良い人間サンドバックがいるからコイツで相手してやる」


 そう言って俺はエルの背中をトンと押し、片目のラパンの前に差し出す。


「うえぇ!!? わたし無理だよこんな強そうなのーッ! ボコボコにされちゃうよ~ッ!!」


 しがみついて抵抗を見せるエル。

 だがこちらも譲れない。


「元はと言えばお前のせいでこうなったんだろうが! 自分で落とし前つけてこい!」


「そんなぁー!?」



「――私が行きます」



 俺とエルが押し合いを繰り広げる中、小さくも決意に満ち溢れたアリシアの声が響いた。

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