第16話 底辺冒険者と病弱ウィザード④
「び……びるど、あっぷ……?」
予想外の単語に、アリシアが困惑気味に復唱する。
「そうだ。前腕の太さによってオスの価値が決まるらしくてな。エルは今、あいつらの巣……もといトレーニング場で使うためのサンドバック人間に選ばれただけのことだ」
「な、なるほど……。それでその、サンドバック? にされた人はどうなるんですか……?」
「死ぬまで殴られ続ける。……いや、死んでも殴られ続けるかな。あいつらはサンドバックの形さえ保たれていれば、生きてようが死んでようが関係なく殴り続けるらしいし」
「えぇ!? それじゃあエルさん大ピンチじゃないですか! た、助けないんですか!?」
アリシアが驚きと恐怖で顔がごちゃごちゃにしながら、ぐいっと体を寄せてくる。
「え、助けるって……俺が?」
「あたりまえじゃないですかぁー!!」
声を張り上げるアリシア。怒りに身を任せて杖でバシバシと俺の頭を叩く。
いつもならエルを助けるという選択肢なんて真っ先に頭の中から消去するのだが、アリシアがいる手前それはできそうにないな。というか、普通に杖痛い。
「くそッ! また面倒ごとを起こしやがって!」
杖の猛攻に背中を押されるようにして、草原を滑るエルめがけてダッシュ。アリシアも俺の後に続く。
「あぁ……なんでこんなことに……」
自分の身を守るだけで手一杯の底辺冒険者に人助けをさせるなんて、正気の沙汰じゃない。
ましてやトラブルに自ら首を突っ込むなんて、自殺行為も甚だしいぞ。
それにエルを救出したら、きっとそのまま戦闘に突入するに違いない。
まだ心の準備もできてないのにッ!!
ああ、逃げたい、帰りたい、死にたくないぃ!!
巣穴付近まで来た時には、エルの頭から胸にかけての部分がすっぽりと穴の中に埋まってしまっていた。
俺は全身が巣穴に引きずり込まれる一歩手前で、エルの両足を掴むことに成功する。
「この筋肉ウサギ!! エルを離しやがれ!! そして俺を早く家に帰してください!!」
威勢と虚勢を張りながら、巣穴の中に潜むラパンに対抗する。
ラパンの体重自体はウサギとほぼ変わらないため、俺ごと引きずり込まれることはまずない。
しかし、一匹の重さにしてはやけに手ごたえを感じる。俺が今対峙しているラパンは相当鍛えられているらしい。
ひとたび気を抜けば、エルの体は一瞬にして穴の中に引きずり込まれてしまうだろう。
「エル! お前もいい加減起きて抵抗しろ!!」
エルに呼びかけるが反応はない。
「誰のせいでこんな目に合ってると思ってる!?」
両足が力無くプラプラと踊っているのを見る限り、この鬼気迫る状況においてもエルは変わらず熟睡しているらしい。
こいつ、やはりサンドバッグにしてもらった方がいいのでは?
巣穴の中と外で繰り広げられる一進一退の攻防。エルの上半身が出ては引っ込んでを繰り返す。
その時だった。
「ハァ……ハァ……」
息を切らしたアリシアがやっと巣穴まで辿り着く。
大した距離を走ったわけでもないのに、アリシアの瞳孔は見開き今にも倒れこみそうなほどに疲弊していた。
「待っていて、ください……。い、今、助けます……!」
アリシアは、自分の杖に体重のほとんどを支えてもらいながら、肩を上下させる。
しばらくその場で息を整えた後、その杖の先端を俺の方に向けた。
「
アリシアの声に呼応するように、杖の先端に光の玉が生じる。その光の球は徐々に大きくなっていき、やがて俺目がけて発射された。
柔らかな光の球体を一身に受ける。
直後、体がじわじわと熱くなっていくのを感じた。
「このみなぎる力は! 強化魔法か!?」
「は、はい……。これ、で、エルさんを……たす、けて……くだ」
パタン。
アリシアの身体が草むらに沈む。
最期の言葉を言い終わらぬうちに、その場で力尽きてしまった。
「なぜ魔法を唱えただけで倒れる!? 魔力切れか!?」
「あ、いえ……魔力の方は、余裕で残っています……。ちょっと大声を出したので……体力の方が……」
草むらにうつ伏せになったまま途切れ途切れに声を出すアリシア。
今にも消え入りそうにその声はかすれている。
「これはなかなか先が思いやられ――って、うおッ!?」
巣穴の中に潜むラパンが引っ張る力を強めてきた。
アリシアの病弱具合に気を取られていたが、今はエルが"天才うんたらマジシャン"から"人間サンドバック"にジョブチェンジするかどうかの瀬戸際。よそ見をしている場合ではなかった。
エルの体はもはや俺が掴んでいるくるぶしまでしか外に出ていない危機的状況。
しかし、アリシアの強化魔法のおかげで、体の奥から力が湧いてくる。
そうだ、今の俺ならば、ラパンなんてボコボコに返り討ちにできる!
――と思ってしまったのが、運の尽きだったのかもしれない。
「この筋肉ウサギが!! お前ごと巣穴から引っ張り出してやるわ! うおぉぉぉりゃあぁぁぁーーーッッッ!!」
地面を踏みしめ、蓄えられた力を一気に開放する。
巣穴の中に隠れていたエルの上半身は、まるで雑草を引っこ抜くかのように簡単に顔を出した。
エルの身体は俺が引っ張った勢いそのままに青空へと舞い上がる。
マントを引きずっていたラパンもエルと同じく上空に高々と放り出された。
しかし、空を見上げた瞬間、俺は自分の行いを後悔する。
『卑しい人間ほど、力を手に入れた時その使い方を誤る』。
脳裏にふと浮かんだ言葉に、胸が締め付けられるような感覚に陥る。
「あ、あれ? もしかして俺、やっちゃった――?」
焦る気持ちをおさえて、空へと解き放たれた影を追う。
俺の眼に映ったそれは、1人と1匹だけのものではない。
マントにしがみつくラパン。
それを先頭に数十匹にも及ぶラパンの群れが、芋づる式に外へと飛び出してきたのだ……。
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