第15話 底辺冒険者と病弱ウィザード③

 しばしの沈黙が二人を穏やかに包みこむ。

 時折、サァッと草をかき分けながら背中を押すように風が流れる。

 謝るべきことがあるだろう、とでも言いたげな追い風に、俺はため息をついてから重い口を開く。

 

「悪かったな。こんなしょーもない勧誘作戦に巻き込んでしまって」


 心からの謝罪。

 年に一度の戦力アップの機会を逃すまいと強引過ぎたのは反省だ。

 本当ならば今頃アリシアは別の優秀なパーティーに引き抜かれていたことだろう。


「そ、その事なら気になさらないでください……! 最初は少し驚いちゃいましたけど、ユーヤさんもエルさんもとても優しい方だっていうのは、お話をしてよくわかりましたから」


 アリシアはそんな俺をなだめるように微笑む。


「それに私の方こそお礼がしたいくらいなんですよ。無理言ってクエストにも連れて行ってくださいましたし……」


 アリシアは俺たちがクエストを受けると聞いた途端、自分も付いて行くといって聞かなかったのだった。


 もちろんアリシアの体調を心配したエルが反対していたが、アリシアの並々ならぬ熱意に押されて同行することを承諾してしまった。

 だが、道すがらエルに対する誘拐疑惑の誤解も解け、俺の犯罪行為にも目をつぶってもらえることになったので、結果オーライと言えばそうなのかもしれない。


「まあ別についてくるのは構わないが、本当にこのまま戦闘に入ってもいいのか? また、体調が良い日にでも――」


「いえ、平気です。私だって、今日から冒険者ですから……!」


 真っ直ぐな目で見つめられる。

 別日に延期というのは無さそうだ……。


「それに聞いたところによると、ユーヤさんたちが受けたクエストは、新人冒険者の腕試しにも丁度良いというお話を聞きましたし……私もお手伝いします!」

 

「う、腕試し……ね」


 頬が引きつる。

 草布団にうつつをぬかしている場合では無かった。


 脳裏に浮かぶのは去年の記憶。

 頬を殴られ腹を殴られ……殴られていないところはないというくらいにボコボコにされて帰ってきた辛い過去が蘇る。

 俺はその経験を踏まえてアリシアに語りかけた。


「自慢じゃないが、俺もエルもドがつくほどの底辺冒険者だ。おそらくアリシアの手本にはならないだろう……っていうか、むしろ俺がアリシアに助けを乞う可能性が高いと思う。俺が死にそうになったら、回復魔法で援護してくれ」


「はい! 任せてください!」


 アリシアがその慎ましやかに膨らんだ胸を反らす。

 胸の方はなんとも頼りないが、戦力としては十分に頼りがいがある。

 なんたって魔法系上級職の1つであるハイウィザード。

 もしかしたら、このクエストでは腕試しにすらならない可能性すらあるからな。

 そう思ったら少しやる気が出てきたぞ!


「よし! じゃあ早速クエストに――ってあれ?」


「ユーヤさん? どうされました?」


 異変を感じ、キョロキョロと辺りを見渡す。


「いない……」


 さっきまで隣で呑気に寝ていたあいつが……いない。


「エルのやつ、どこに消えた……!?」

 

 俺はすぐさま辺りを見渡す。

 だが、どこまでも草原が広がっているだけ。俺とアリシア以外には人影すら見当たらない。

 俺がそんな緑一色の景色を見て呆けていると、アリシアが急に大声を上げて肩をたたいてきた。


「ユーヤさん、ユーヤさん! あれ見てください、あれ!」


 アリシアが指さす方を振り向く。

 そこには、大の字に広がっている人型が1つ。エルだった。

 ここからだいぶ離れたところで、だらしない寝姿をさらしている。


 「あいつ、寝相が悪いにもほどがあるぞ……」


 これはお灸をすえてやらねばな。主にエロい方向で。

 俺は両手をいやらしく動かしながら近づこうとしたが、エルの様子がおかしいことに気づいて足を止める。


「なんかあいつ、どんどん遠ざかってないか……?」


 そう、エルの体がひとりでに移動しているのだ。

 仰向けのまま草原を滑るように移動するさまは不自然極まりない。


「遠ざかってるというより……何かに引きずられてませんか……?」


「なにッ!?」

 

 目を凝らしてよく見てみると、エルのマントを強引に引っ張る小動物が目に入る。

 エルの頭ほどしかない小さな白い体躯に、先端がとがった長い耳。

 そのウサギのような姿形に、俺は強烈な心当たりがあった。


「あれは、ラパンだな……」


「ラパン? あ、今日のクエストのターゲットですよね。名前の通り可愛らしいモンスターですね」


「可愛い、ね。……あいつの前足をよく見てみろ」


 俺はラパンの前足を指さす。


 白い毛皮で覆われた足。一言でその特徴を説明するならば――筋肉。


 可愛らしい体躯からは想像もつかないほどに発達した前足が、エルのマントを力強く握りしめていた。

 前足を包む肉の鎧は俺の二の腕と変わらないくらいに隆起し、遠く離れたここからでも確認できるほどにドクドクと脈を打っている。


「わ、わあ……。その、随分と、たくましいですね……」


 ラパンのそのアンバランスに成長した前足を見て、アリシアが頬を引きつらせる。

 その口からはもう、可愛らしいなどという感想は出てこない。


「えっと、その……ラパンはなんでエルさんを引きずっているんですか?」


「そりゃあ、あそこに連れていくためだろう」


 ラパンがエルを引きずる延長線上には、人ひとりが縦に入れるくらいの大きな穴が待ち構えていた。

 中は暗くなっており、その深さは見当がつかない。


「あの穴って……」


「ラパンの巣だな」


「えぇ!? で、でもラパンって確か草食なんじゃ……」


 確かにラパンは草食動物だ。それゆえに新人冒険者の腕試しとして推奨されているモンスターでもある。

 しかし、あいつらには1つ、注意すべき厄介な習性があった。


「ラパンにはな、人間をサンドバックにして前腕をビルドアップさせるという習性があるんだ」

 

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