第14話 底辺冒険者と病弱ウィザード②
風が心地よい。
草の匂いに包まれながら、日の光を一身に浴びている。これ以上の幸せはない。
俺とアリシアは陽気にほだされながら特に何をするでもなくボーっと草原を眺めていた。
隣では、エルが気持ち良さそうに寝息を立てている。思わず苦笑した。
「ったく、こいつもこいつで全然やる気がないじゃないか」
「あはは……」
アリシアもそんなエルを見て控えめに笑う。
「えぇ~と、その……どうだ? 冒険者になってみた感想は?」
どこか落ち着かない様子のアリシアになんとなくそう聞いてみる。
場の持たせ役のエルが寝てしまった今、この気まずい感じを払拭するには俺が動くほかなかった。
「か、感想ですか? そうですね……」
話を急に振られたアリシアは一瞬目を丸くしたが、すぐにその目は好奇心に満ちた初々しいものになる。
「まだ実感は湧いていないですけど、あの水晶に触れた時、私の中で何かが変わった気がしたんです! 頭の中にたくさん魔法の言葉が湧いてきて……。知らない言葉のはずなのに、昔から知っていたみたいにその魔法の使い方がわかるんです! やっぱり冒険者ってすごいなぁ~って思いました!」
「それはスキルだな。いや、ハイウィザードは魔法職だからここは魔法というべきか。これから冒険をしていけばもっとたくさんの魔法が使えるようになるぞ」
「そうなんですか!? 私頑張ります!」
小さな両手をギュッと胸の前で握るアリシア。
前を見据える彼女の目はキラキラと眩しく輝いている。
職業を得ると、水晶の力によりスキルも授けられる。
ハイウィザードともなると、それはそれはたくさんのスキル――魔法を最初から使えるのだろう。
ワクワクする気持ちもわかる。
それに比べて俺は1年間冒険者として生活したが、今使えるスキルは《変化》と《偽装》のたった2つ。一向に増える気配がない。
モチベーションはだだ下がる一方だ。
「俺みたいな底辺冒険者とか……ここで寝っ転がっている戦力外娘みたいにはなるんじゃないぞ」
「戦……なんですか?」
「戦力外娘だ。まあ上級職のアリシアには関係ないことだな。雑草を頬張る生活をしたくなければ地道に頑張ることだな」
「な、なるほど……。勉強になります……」
アリシアが真摯な顔で相槌を打つ。
その表情からは嫌味な雰囲気などは全く感じない。
「よ、よーし! そうと決まればさっそく――ゴホッゴホッ」
突然アリシアが元気よく立ち上がった。
彼女の落ち着かない様子は、そわそわではなくうずうずだったらしい。
しかし、気前のいい言葉とともに出てきたのは病人のような咳だけだった。
「急に立ち上がるからだ!? ほら、フード取って風でも浴びていろ」
俺は慌ててアリシアの細い体を支える。彼女の背中は思っていた以上に小さく、これから冒険者としてやっていけるのか不安になるくらいだった。
「ケホッ……は、はい……。ごめんなさい……」
俺に支えられなが座りこんだアリシアの表情は、どこか物憂げだった。
◆◆◆
「気持ち、いいですね」
草原を伝うそよ風をその身に受けながら、アリシアが微笑む。
ショートカットのきめ細かい銀髪が、耳元でサラサラと波のように揺れる。
しかしその笑顔とは裏腹に、フードを外したアリシアの顔は心地よさ半分、悲しさ半分といった複雑な表情をしていた。
「私に……気を使ってくださったんですよね……」
「えっ!? な、何のことだ?」
急に図星をつかれ、声が裏返る。
「普通はクエストの途中で休憩なんて挟むはずない……ですよね。ふふっ」
俺の苦し紛れの返しを見て、アリシアが自嘲気味に笑う。
心の中を見透かされたような気がして、俺は思わずアリシアから視線を逸らす。
別に気を遣ったわけではない。俺はただクエストに乗り気じゃなかっただけで。
こういう類の恥辱には慣れていないので対処に困る。
「そりゃまあ、こう何度も吐血されたら驚くか心配するかしかできないからな」
対処に困ったので、咄嗟に悪態をついて誤魔化す。
「う……ごめんなさい……」
それを受けてアリシアがわかりやすくしょげた。フードについた首元の紐を申し訳なさそうにいじる。
だがしばらくすると、
「でも……」
と、再び前を向いた。彼女の視界には果てしない草原が広がっている。
「私、これから冒険者として頑張って生活して、弱い自分を変えたいんです! そしていつか、”でっかい虹色の花”を咲かせたいんです!!」
「は? でっかい……虹色の花……? 急にどうした、またなんかの病気か……?」
初めて聞く単語に思わず聞き返す。
でっかい、虹色の花……なんか響きがバカっぽいな。
「ち、違いますっ!!」
アリシアが顔を赤くしてぷんすかと腹を立てる。
しかし、怒ったあとも頬の赤みだけは消えなかった。
「そ、その……”でっかい虹色の花”っていうのは、私の命の恩人であるマジックキャスターさんが言っていた言葉で……」
自分で言ってて恥ずかしくなってしまったのか、また顔を赤らめて視線を落としてしまう。
視線の先にはフードの結び目にあしらわれた大きな蕾のコサージュがあった。
物静かなアリシアにぴったりと言えばぴったりだ。
「その人は強くてきれいでかっこよくて……。とにかくすごい人でした。私の村を襲った魔王軍の軍勢を魔法1つで吹き飛ばしてしまうほどだったんですよ!」
「ほう。それはすごいな」
あの魔王軍を一撃で撃退するほどのマジックキャスターか。
そのレベルとなると俺の知る限りでは、魔王討伐を成した勇者パーティーのひとり――”紅蓮魔女”サラマくらいしか思い当たらない。
アリシアを救った人物というのは、さぞ高名なマジックキャスターだったのだろう。
「その人が私の村を発つ際に、泣き虫で役立たずだった私を励ましてくれたんです。『今は蕾でもいい。ここぞって時に、誰よりもきれいな”でっかい虹色の花”を咲かせればいいんだ』って……」
「そうか」
その後の人生において指針となるような出会い。その出会いがこうして、か弱い1人の少女を果ての無い冒険へと駆り立てた。
俺にもそんな出会いがあった。
片隅に追いやられていた彼女の記憶を掘り起こす。
浮かぶのは、絹のような長い黒髪、二刀を携えた着物衣装に被り笠。そして、口元に携えた余裕のある笑み――
「だから私、その人みたいに誰にも負けないきれいな花を咲かせられるような……そんな冒険者になるのが夢なんです!」
アリシアが照れ隠しではにかむ。
今度の笑顔は愛想笑いでも作り笑いでもない、本心からの表情に見えた。
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