第13話 底辺冒険者と病弱ウィザード①
とぼとぼ歩くその足取りは重たい。
ラストリアを囲む城壁に1歩1歩近づくたび、鎖に繋がれたように足が前に進むのを拒む。
気づけば、目の前には外へと続く重厚な鉄の門が出迎えていた。
「うぐ……こんなのあんまりだ……」
「ジゴージゴクでしょ! あれ、ジボージキ……だっけ?」
知らない単語を思い出そうと顎に手をやるエル。
答えの出ない長考に身を投じている間抜けな姿は、いつものエルに元通り、といった感じだ。
「それを言うなら自業自得だろ。……まあ確かに今のこの状況は地獄だし、自暴自棄になりそうだが」
そう言いながら西門をくぐる。
エルの言い間違いは微妙に核心を突いている部分があるので腹が立つ。
「あぁ……とうとう、出てしまったか……」
城壁に守られているラストリアとは違い、外は自然見の溢れた風が吹く。
壁の外の空気に触れるだけで嫌でも緊張感が増すものだ。
「いい? 10匹倒すまで帰さないからね」
エルが俺に睨みを利かせる。
「エル。一応言っておくが、俺は去年これと同じクエストを受けて、1匹も倒せずに瀕死の状態で帰ってきた。……このことについてはどうお考えで?」
「サラマンダー討伐よりはマシでしょ」
「あったりまえだろ! なに勝手に上位も上位の超級クエスト受けさせようとしてるんだよ!? 受付嬢に『早まらないでください!』って本気で心配されたのは初めてだったぞ!?」
怒りの形相で訴えるが、エルはプイッとそっぽを向く。
「ていうかマシとか以前に、死ぬのが早くなるか遅くなるかの違いしかないだろうが!」
むしろサラマンダーの方が痛みを感じる間もなく一撃で楽に死なせてくれそうだ。
「あぁ~何買おっかなぁ~。シルクハットとかがいいかなぁ~」
「おいッ!? 無視すんなコラァ!!」
「大丈夫です……!!」
いがみ合う俺とエルの後ろから、か細くも自信に満ちた声が聞こえた。
緑色のフードと膝下まで伸びるレイヤースカートに身を包んだ少女。
アリシアだ。
「いざとなったら、私の回復魔法で……! ゴホッゴホッ」
「わぁーッ!? アリシアちゃん、大丈夫? 別に無理してこんなのに付き合わなくてもいいんだよ!?」
咳こむアリシアに、エルが慌てた様子で寄り添う。
「い、いえ……! 全然大丈夫ですよ……! ほら、この通り杖も買いましたし……。これで魔法も使えます……!!」
そう言ってアリシアが、道中で買った真新しい杖をプルプルと震えながら掲げる。
「ああ、うん。そだね……」
アリシアの自信満々な表情を見て、エルが苦笑いを浮かべた。
エルの気持ちはよくわかる。
別に俺もエルも杖の心配をしているわけではない。
顔色が白から青へと変わりつつあるアリシアの体調を心配しているのだ。
杖を支えにしてフラフラと歩いているアリシアの様子は、その地味な格好も相まってか、冒険者というより老婆のそれにしか見えなかった。
「ひ、久しぶりにこんなに歩いたので、ちょっと疲れているだけ、ですよ……! アハハ……ゴホッ」
不安げな俺とエルの視線に気づいたのか、アリシアが言い訳じみたことを言ってくる。
だが、愛想笑いで咳込む様子は俺たちの心配をさらに助長させるだけでしかなかった。
◆◆◆
門を出てしばらく歩みを進めると、小さな丘が現れる。
この丘を超えれば目的地はすぐそこだ。
「はぁ……はぁ……」
足場が斜面になっていくにつれ、後ろをついてくるアリシアの呼吸が荒くなっていく。
別に息が切れるほどの急斜面ってわけではないんだが……。
「えーと……アリシア?」
アリシアの体調を気にかける感じで視線を送る。
「だ、だいじょーぶです……だいじょーぶです……」
まるで呪文でも唱えるかのように『大丈夫』という言葉を繰り返すアリシア。
アホの言う『大丈夫』と病人が言う『大丈夫』に大丈夫だった試しなんてない。
さてどうしたものか。
「アリシアちゃん、手、繋ぐ?」
と、エルがふいにそんなことを口にしだした。
フードを覗き込む顔には慈愛に満ちた穏やかな笑みをたたえている。
そのどこか大人びたエルの表情に、笑顔を向けられたわけでもない俺ですらドキッとしてしまった。
そんな破壊力抜群の天使の微笑みを間近で食らったアリシアが平常心でいられるはずもなく。
「え……!? い、いいですいいです! 恥ずかしいので……」
火照った顔を冷ますようにブンブンと首を振る。
「えぇーそんなこと言わないで……えいっ!」
「ひゃあっ!?」
だが、エルは遠慮するアリシアの手を強引に握りしめた。
アリシアは抵抗する間もなく、エルの無邪気な笑顔に押し負けるようにして反射的にその手を握り返す。
「一緒に歩いたほうが楽しいよ?」
「あ、ありがとうございます……」
左手に杖、右手にはエルの手を握りしめながら顔を赤らめて歩く。
ふらふらとおぼつかなかった足取りはエルが支えになったおかげで多少は楽になったみたいだ。エルにこんなスキルがあったとは。
「まあ傍から見たら、歩きを覚えたての子供とそれを支える母親みたいだけどな……」
なにはともあれ、これで気兼ねなく歩を進められる。
アリシアのペースに合わせながら、丘をゆっくりと登る。
平地に再び足を踏み入れると、視界は一斉に草の葉色に染まった。
「わぁーっ! きれーい!!」
一面に広がる緑を眺め、エルが歓声をあげる。
一行は、ポム・ダムルの森を遠望する大平野――アセラージ草原へと辿り着いた。
絨毯のように果てしなく広がるこの草地が、俺の墓場となる予定の場所だ。
「よ、よし……! 目的地にも無事ついたことだし、いったん休むか!」
エルに目配せしながら、わざとらしくノビをする。
このままアリシアが弱っていくさまを見ているのは非常に心苦しい……というのは建前で。
「本音を言うと、戦いたくないだけなんだけどな……」
エルに聞こえないように独り言を呟く。
俺の提案に、エルはアリシアを一瞥してから考える仕草をすると、
「そ、そうだね! 焦っても仕方ないからね! クエストの前はしっかり休憩をとって、帰りのことも考えて行動するように、だよ! 『帰るまでがクエストだ!』って、どっかの誰かが言ってた気がするもん!」
うんうんと大仰に頷きながら話に乗ってきた。アリシアの体調がよほど心配なのだろう。
俺は「誰だよ!」とツッコミたくなる衝動を抑えて、草原の真ん中に座り込む。
エルもそれを見て俺の隣に座った。
「な、なるほど……。勉強になります! そうですよね、休憩も必要ですよね……!」
妙に納得するのが早いアリシア。
自分に言い聞かせるようにして草原にペタンと座り込む。
大丈夫と言いながらやはり相当疲れていたのだろう、アリシアの表情からは安堵がうかがえた。
俺とエル……そしてアリシアの3人は、クエスト前のつかの間の休息に浸るのだった。
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