第12話 底辺冒険者の勧誘(誘拐)術④

 仁王立ちのエルと目が合う。

 エルの青い瞳にはメラメラと憎しみの炎が燃えたぎっていた。

 その迫力に思わず後ずさる俺。


 いや、ここでうろたえてはいけない。

 俺はフェイカー。ずる賢くスマートに、だ。

 ここはなんとしてでも逃げ切るッ!


 俺はなるべく平静を装いながら、あわよくば逃げおおせようと笑顔を振り絞る。


「て、天使さん? 扉の前に立って何されてらっしゃったんですか……? というか……いつからそこに?」


「『エル? 誰だそいつ? 俺はずっと一人で冒険者をやってきたが?』の辺りからいたけど」


 マジか……。


「そ、それはそれは、ずいぶん前からいらっしゃったんですね……。あはは、あはははは……」


 愛想笑いを浮かべるもエルは無反応。

 この空気……耐えられない!


「それじゃ」


「待って」


 逃げようとするが、寸手のところでエルに捕まる。

 全然スマートに逃げられなかった。

 容赦なく俺の髪を掴んできているあたり、エルは本気だ。

 恐怖がひしひしと頭皮に伝わってくる。


 逃避と頭皮、どちらを諦めるか……。



 逃避だな。



 俺は仕方なくバックして、引っ張られた頭皮を痛くない位置まで戻す。


「エル、なぜお前がここにいる……。誘拐犯として逮捕されたはずじゃ……」


「甘く見てもらっちゃ困るよ。なんてったってわたしは、”ラストリア随一の天才スーパーマジシャン・エルちゃん”なんだから! 誰にも見られずに女の子1人消すくらい朝ごはん前だよ!!」


 しまった。

 コイツの手際の良さを計算に入れていなかった。俺の作戦は役人に犯行がバレなければ意味を成さない。

 エルのやつ、手品のことになると途端に優秀になりやがる……。

 俺が悔しさに唇を噛みしめていると、エルがはっと何か思い出したように詰め寄ってきた。


「って、そうじゃなくて!! ハイウィザードのあの子を転送した後、やっぱり申し訳なくなってきちゃって慌てて駆けつけたんだよ! そしたらユーヤがわたしを誘拐犯に仕立て上げようとしてるし! 挙句の果てにわたしの存在まで否定されてるし! ひどいよ! もう絶対に新しい魔道具買ってもらうからね!?」


「買うも何も、俺は今も昔も一文無しでな」


「あぁーッ!? やっぱりウソだったんじゃん!!」


 エルは怒りに任せて俺の頭皮を掴んだまま腕を上下させる。


「ぐわぁーッ!? 頭がもげるーッ!?」


 こいつ、いい加減にしろよ!?

 俺は痛みを憎しみに変え、怒声を張り上げた。



「だいたいなぁー! この世知辛い世の中、騙される方が悪いだろうが!! このバカッ!!」


 バカ――バカ――バカ――……


 俺が勢いのままにそう言い放った瞬間、周囲の気温が一気に低くなった気がした。背筋を刺すような悪寒に襲われる。


「あれ……?」


 さっきまでうるさく喚いていたエルがカクンと首を垂らして動かなくなっている。エルから発せられる異様な雰囲気に、俺は瞬きすら思うようにできない。

 え、なに、なにが始まるの!?

 すると、エルは地から噴き出す怨嗟の如くゆらぁ~っと顔を上げ、


「あは」


「ん?」


「あは、あははははははははははははははははははははははは」


 突如、壊れた魔術人形のような抑揚のない笑いをあげ始めた。


「ど、どどどどうしたエルッ!?」


 狂ったように際限なく笑い声をあげる。 

 いや、よく見ると笑っていない。

 これは……


 口から笑い声のような何かを出しているだけだ!?


 エルの表情には、殺意めいたドス黒い影が差し込んでいる。日は照っているのに、エルの顔の部分だけトーンがかかったように暗い。

 もしかしなくても、マジギレしてらっしゃる……?


「お金がない? ないなら稼ぐ。そうだよね、ライナー?」


 エルがその眼光に狂気を滲ませながらライナーに踵を返す。

 

「ヒッ! ……そ、そうだなッ! エルちゃんの言うとおりだ!!」


 ライナーは怯えたように強張った口調で返事をした。


「お、おい! いったい何を言って――」


「わたしを騙した罰として、キツめのクエスト受けさせたってい・い・よ・ね・?」


「も、もちろんです……! この人でなしにとっては良い薬になるかもしれませんし……!」


 俺の言葉に価値は無いと言ったように、無視して会話を続けるエル。

 もはや会話というより独り言に等しい。めっちゃ怖い。

 というか、なぜライナーは急に敬語になる!?


「はい、じゃあ行こうかユーヤ」


「へ?」


 エルがむんずと俺の髪を更に深く握り、引っ張り始める。いや草むしりじゃないんだから――


「――って、痛い痛いッ!? い、行くってどこに!?」


「そんなのギルドハウスに決まってるでしょ。ほら行くよ」


「ふざけるな! 俺は絶対に行かないぞ!」


「…………」


 問答無用で引きずられる。

 頭頂部から悲鳴のような音がキシキシと聞こえてきた。

 毛根が、毛根がぁー!?



「絶対に、行かないぞぉーーーッッッ!!!!」



 俺の心(と毛根)の叫びは、とうとう天に届くことはなかった。



 ブチッ



「ギャー!!?」


 ほんと、いつもこんなんばっかりで困っちゃう。


 

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