第18話 底辺冒険者と病弱ウィザード⑥
「アリシア、お前――」
俺はアリシアの方を振り向いて言う。
「――そういう事はまず立ち上がってから言ってくれ」
強敵に立ち向かう勇者のように凛々しいアリシアの顔。
しかし、戦いの準備ができているのは顔だけで、肝心の身体はうつ伏せに力無く墜ちたままだった。
「すみましぇん……」
自身の無力さを悟ったアリシアが、目にいっぱいの涙をためながらウルウルと瞳を揺らす。
「アリシアちゃん……アリシアちゃんは頑張ったよ……」
そしてなぜか、エルがその横で親身になって寄り添う。
アリシアのやるせなさに共感するような涙を流して。
今のうつ伏せの決意表明に心打たれる要素なんてあった!?
「いえ、いいんです……。ユーヤさんの言う通り、私は無力ですから。無力で、ぐずで、のろまなダメダメ人間ですから……」
「いやそこまでは言ってないんだが……」
「だいじょうぶ。アリシアちゃんはダメ人間なんかじゃないよ。ユーヤはあんなこと言ってるけど、根はやさしい……とおもう……から?」
おい、なぜそこで歯切れが悪くなるんだ。
「きっとユーヤならアリシアちゃんの気持ちに応えてくれるよ!!」
「エルさん……!」
救われたような顔になるアリシア。
そして、二人して俺に期待の眼差しを向けてくる。
「……あれ? なんか俺が行くみたいな感じになってる?」
「うっ!? げほっ、やっぱり私が行かないと……」
チラッ。
「だめだよ、無茶しちゃ! ここはユーヤとわたしと……ユ、ユーヤに任せて!」
チラッ。
二人して言葉の合間合間に、視線を投げかけてくる。
なんか同一人物が2回登場してなかった?
なんか居心地悪くなってしまった俺は、
「だぁもう! わかった、俺が行けばいいんだろ!?」
身に覚えのない罪悪感を振り払いたい一心で啖呵を切ってしまった。
「さっすがユーヤ! ふとっぱら!!」
「お前その使い方間違ってるからな」
片目ラパンの前に立つ。
1人と1匹の間に漂う異様な緊張感。
格闘技なんてやったことは無いが、一応それっぽい感じで身構える。
ラパンはそれを戦闘の合図と受け取るやいなや、その筋骨隆々の前腕を振りかざしながら殴りかかってきた。
「こうなったらもうやけくそじゃぁーーーッッッ!!!」
俺も右の拳を握り締めラパンに殴りかかろうとしたその瞬間、
「――シュッ!!」
短く鋭い息づかいが聞こえたと思いきや、俺の視界はいつの間にか青空一辺倒に変わっていた。
「あれ? 俺、浮いて――」
目に映るのはさんさんと輝く太陽。
なんで俺、空を飛んでいるんだ――?
グシャッ!
「ぐべらッ!!?」
空中をしばらく浮遊したあと、頭がい骨と地面が接触したことで我に返った。
「ユーヤぁー!? だ、だいじょうぶ……!?」
ぐるぐる回転する視界の中、エルが血相を変えて駆け寄ってくるのが辛うじてわかる。
そして視界が安定するに連れ、今度は顎に激痛が走る。
どうやら俺は相手の強烈なアッパーをもろに食らったらしかった。
患部が燃えるように熱くなっている。体も思うように動かない。
あの片目ラパン、やはり只者じゃないぞ。
あんなバケモノに肉弾戦を挑むなんて無謀すぎる!
「くっ……体が、動かん」
「だ、だいじょうぶ……ユーヤ?」
ひとまずここはアリシアの魔法で治癒をしてもらおう。
「あ、ああ……。なんとか無事だ……。それより、アリシアの治癒魔法を……」
「ええと、そうしてもらいたいのはやまやまなんだけど……」
なぜかエルが申し訳なさそうに頬をかく。
「アリシアちゃん、今自分に治癒魔法かけてるから」
「は? それってどういう……」
俺は首だけをぐるりと動かしてアリシアの方を向く。
見れば、アリシアの身体が暖かそうな柔らかい光で包み込まれている。
「あ、だいぶ楽になってきた気がします……。ハイウィザードで良かったです……」
アリシアは自分の魔法に感動しながら、光の膜に覆われて悦に浸っていた。
「真っ先に自分に治癒魔法を使うウィザードなんて見たことがないぞ!?」
まさかの順番待ちに俺はガックリと項垂れた。
「なんてことだ……。頼みの綱が……」
アリシアの病弱加減には、正直なところもう辟易としつつあった。
あの様子では耐久戦必至のこの状況を打開できるはずがない。
数的にも戦力的にも勝ち目が見えないこの状況。
正攻法で殴り勝つのは不可能だ。
ここはやはり――1発逆転の策に賭けるしかない。
「エル、ちょっとこっちこい!!」
「ふぇ? どうして?」
「いいから! お前も俺の隣に寝そべろ!」
エルは首を傾げながらも、言われた通り俺の隣にうつ伏せになる。
まさか敵の前で3人川の字になって寝そべる日が来るとはな。
まあそれはこの際いいとして。
「エル、アリシア。もっと俺の方に顔を寄せてくれ」
「は、はい……」
「うん……!」
2人が俺の話を聞ける態勢になったところで、俺は静かに口を開いた。
「聞いてくれ。俺にとっておきの作戦がある」
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