第6話 底辺冒険者と天才マジシャン!?③


 茂みから勢いよく飛び出したのは赤い毛に覆われた獣の群れ。

 全部で3匹。

 頭の先から尻尾の毛先に至るまでの全身が鮮やかな赤に彩られたその姿は、紛れもなくレッドウルフそのものだった。

 エルの悪運は俺の予防線をまんまとくぐり抜けてしまったらしい。


「ヒョ、ヒョエェェェーーー!!??」


「あ、コラ! 勝手に逃げるな!!」


 レッドウルフの姿を見るや否や一目散に逃げていくエル。俺もすかさずその後を追いかける。

 もちろんレッドウルフの群れも俺の後に続いてきた。

 その口からよだれを滴らせながら狂ったように追いかけてくる。


「「ギャァッーーーー!!??」」


 逃げる俺たち。

 吠える獣。

 

 山道に慣れているレッドウルフとの距離はどんどん詰められていく。


「なぜもっと早く言わないんだぁーッッッ!?」


 横を全速力で走るエルに必死の形相で問いただす。


「だってだって! ユーヤが、絶対にレッドウルフっていう単語を使うなって言うからぁー!!」


「時と場合を考えろ! もう出会ってしまったらフラグの回収も何もないだろうが!!」


「いいからどうにかしてよぉー!! このままだと追いつかれちゃうよーー!!」


 どうにかしようにも、戦闘になれば数的にも実力的にも不利。そもそも俺たちのパーティに、モンスターに太刀打ちできるほどの戦闘力を持つ者はいない。つまり、逃げ切れなかった場合確実に死ぬ。

 ならばやるべきことは1つしかない。


 俺は走るのをやめ、レッドウルフの方を向き直る。

 一見自殺行為とも言える俺の行動を見て、エルが慌てて急ブレーキを踏んだ。


「ちょっ、ちょっとユーヤ何やってんの!? 逃げないと食べられちゃうよー!!」


 顔を真っ青に染めながら、あわあわとせわしなく口を動かすエル。

 俺は動転しているエルを諭すように叫ぶ。


「俺のことはいいから先に行け!」


「えっ!? ユーヤもしかして……私を庇って……」



「いや」



「え?」



「その逆だ」


 俺はその場で膝をつき、意識を集中させる。


「《変化トランス》!!」


 うずくまった俺の体がみるみる内に姿形を変えていく。俺の周りを覆うように岩肌が取り囲む。

 あっという間に俺の姿はそこら辺に転がっている岩に変化した。


「あ、あの……ユーヤ……?」


「……」


「ねぇ、ねぇってば!!」


「いま岩になりきってるんだから話しかけるな。……ほら、早く逃げないとレッドウルフに追いつかれるぞ」


「〜〜〜ッ!!?」


 レッドウルフの群れはもう目と鼻の先に見える。


「う、裏切り者ぉー!!」


 エルがそう叫んで再び走り始めた。

 フン。その言葉はフェイカーの俺にとっては褒め言葉だ。


 これぞ、俺の職業であるフェイカーのみが使えるスキルの1つ――《変化トランス》。

 姿形はもちろんのこと、材質から匂いに至る部分まで完全に模倣することができるのだ。


 とりあえずはエルがレッドウルフに襲われてる間に離脱できればよし。

 後日、エルの財布からさっきの前金をゲットすれば万事解決だ。


「「ガルルルルル!!」」


 レッドウルフは岩に変化した俺には見向きもせず、後方で逃げ惑うエルに照準を定める。


「よし、作戦どおりだ」


 俺は岩の姿を維持したまま、エルが逃げた方に反転する。


「あとは気長にエルとレッドウルフの追いかけっこを見届けるだけ――って、なにッ!? エルのやつ、何やってるんだ……」


 思わず声を上げてしまう。

 エルが先ほどの俺と同じようにして、レッドウルフに真正面から向き合って立っていたからだ。


「あいつ、諦めたのか……?」


 俺は《変化》を一旦解き、エルの様子を遠目から見守る。


「…………」


 エルは白いマントを体にピッタリと巻き付け、直立不動のままレッドウルフをじっと見据えている。


「ほんと何考えてんだエルのやつ……」


 そうこうしてるあいだにも両者の距離はどんどん狭まる。

 そしてついに、エルを射程距離に収めたレッドウルフが飛びかかった。

 その瞬間ーー

 

「《転移テレポーテーション》!!」


 エルがレッドウルフの襲撃に合わせ、マントを脱ぎ捨てる。あらわになる裏地の赤色。

 レッドウルフたちは本能のままに赤いマント目がけて突っ込んでいく。マントから溢れる閃光とともに、吸い込まれるようにしてその中へと消えていった。


「そうか! 赤色に反応するレッドウルフの習性を活かすために、わざとあの距離まで引きつけていたのか!」


 どうやらエルは、自分のマントの色を利用して《転移テレポーテーション》へと繋げたらしい。アホのあいつにしては上出来すぎる。

 きっと今頃、レッドウルフたちはエルが適当に指定した別の場所に放り出されていることだろう。


「ふぅ。なんとか助かった――」


 俺がホッとひと息つき、立ち上がろうとしたその時。


 ゴンッ!!


「ぐへッ!?」


 脳天に鈍痛が走った。俺は思わず頭を抱えてうずくまる。

 何かに頭をぶつけたらしい。

 障害物などは無かったはずなのだが。


「いてて……いったい何だ……?」


 俺は顔をしかめながら、頭上を確認する。

 しかし、上を見ても木々から漏れる日の光が差し込んでいるだけ。他にぶつかるような物は見当たらない。


「じゃあ一体なにが……」


「グルルルル……」



 ん? グルルルル?



 何かの聞き間違いだろうか。今後ろから、獣の唸るような声が聞こえたのだが……。

 俺は恐る恐る背後を横目で一瞥する。


「あー……これは、ヤバいやつだ」


 目の前には、先ほどエルによって飛ばされたはずのレッドウルフたち。その内の1匹の頭には大きなたんこぶが膨れ上がっている。

 おそらく俺が頭をぶつけた物の正体は、上から落ちてきたレッドウルフだ。


 だがなぜ!? なぜよりによってこんな所に!?

 俺は慌ててエルの方を振り向く。


「おいまさか、エル……」


 エルは、転送が失敗して狼狽するどころか、落ち着きを保ったまま俺の方を遠くから眺めている。

 そしてその表情は、俺を取り巻くこの状況がすべて計画通りだと言わんばかりに、悪魔的な笑みをたたえていた。

 してやったりというようなその自慢げな顔を見たことで、俺の疑惑は確信に変わる。


 あいつ……


 わざと俺の頭上に落としやがった――!!


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