第5話 底辺冒険者と天才マジシャン!?②


 木々が生い茂る森――ポム・ダムルに乗り込んで半刻ほどたっただろうか。

 歩を進めれば進めるほど外の光の存在が薄れていく。

 森の中は花の香りと木々の匂いが混ざり合い、それだけで手付かずの自然を感じさせる。


「あ! トマの実はっけ〜ん!」


「おいエル! 俺から離れるな!」


 遠方を指差しながらドタドタと走っていくエルを慌てて追いかける。


「ったく、世話のやけるやつだな」


 エルが向かっていった先には、真っ赤な実をたくさんつけた低木が立っている。トマの木だ。

 俺が後から追い着くと、エルが既にトマの実の回収を始めていた。


「トマの実を収穫したら、この袋の中に詰めていってくれ」 


「はーい!」


 木を囲み、せっせと手分けしてトマの実の収穫と袋詰めをしていく。

 ライナーから渡されていた麻袋はすぐにトマの実でいっぱいになった。


「この量をあと2袋か。ライナーの妹はどんだけトマの実が好きなんだ……」


 ライナーから手渡された麻袋は全部で3つ。

 それが全ていっぱいにならなければ、報酬を受け取ることがてきない。

 だが、トマの木1本でこれだけ収穫できたのだから案外余裕で終わるかもしれないな。


「エル。早速この麻袋をライナーの家へ送ってくれ」


「ほいほ〜い」


 エルは気の抜けた返事をすると、ピョンと跳ねるように麻袋の横に移動した。


「え〜コホン。ここに、トマの実がたくさん入った麻袋があります!」


 エルが大げさに両手を広げながら、麻袋の中にトマの実が入っていることをアピールし始める。

 毎回思うのだが、このくだりは必要なのだろうか。


「エル、御託はいいからさっさと始めろ。そしてさっさと次に移るぞ」


「集中しないと失敗するからユーヤは黙ってて」


「あ、はい……。すみません」


 普通に怒られた。

 真面目なトーンで怒られたもんだから、つい敬語になってしまったじゃないか。


「え〜では、このトマの実がたくさん入った麻袋をライナー・ディアスの実家に瞬間移動させます!」


 そう言って、エルが自身が羽織る大きなマントで麻袋を覆う。

 マントが麻袋の形に膨らんでいることをアピールする様子は冒険者というよりただの道化。まるでサーカスの一員のような振る舞いだ。

 いいから早くやってくれ。

 そんなことを思いながら、モンスターが出てこないか周りを警戒する。

 

「いきます!」


 エルの準備が整ったようだ。

 ……森の中で大声を出した罰は帰ってからゆっくり考えよう。



「《転移テレポーテーション》!!」



 そんな俺の思いなど知るよしもないエルが、さらにけたたましい声で叫ぶ。

 すると、エルのかけ声に共鳴するかのようにマントが輝き始めた。

 周囲に白い閃光を散らす。そして突然、目が眩むほどにひときわ大きく輝いたと思いきや、マントの中の膨らみが一瞬にして姿を消した。


「ジャジャーン!! 見事、麻袋の瞬間移動に成功しました〜!」 


 エルがマントを両手で目いっぱい広げる。

 マントの中に何も無いことを見せつけるように、したり顔で俺の方を向いてきた。

 さっきまでそこにあったはずの麻袋は今や影も形も見当たらない。

 エルの自信満々な顔を見る限り、どうやら無事ライナーの家に送ることができたらしい。


「よし、じゃあ次に行くぞ」


「ねぇ、ちょっとユーヤ!」


 俺が次のトマの木を探そうとその場から立ち上がると、エルが子供のように頬を膨らませながら呼び止めた。


「は? なんだよ」


「拍手は?」


 チッ。面倒なやつだな。


「あーはいはい、すごいすごい」


 ありったけの力を抜いてペチペチと拍手する。

 俺のふてくされた様子にエルがその頬をますます膨らませる。


「もう! なにそのやる気のない拍手は! せっかくラストリア随一の魔法の使い手、エルちゃんのマジックショーだってのにー!!」


「お前、自分でマジックショーって言ってるじゃないか……。このエセマジックキャスターが」


「え、何それ! ちょっとカッコイイかも」


 コイツ、エセの意味も知らないのか……。


「今の無し。お前にエセマジックキャスターはまだ早かったな。やはりお前はマジシャンの方がお似合いだ」


「えぇ〜、エンチャントマジックキャスターがいい〜」


「勝手にカッコイイ感じにするんじゃない」


 ちなみに、エルの職業であるマジシャンは、マジックキャスターやウィザードのような魔法の詠唱は必要としない。

 なぜなら今見させられたトマの実の瞬間移動は魔法によるものではなく、エルの纏っているマント――魔道具の効果によるものだからだ。

 先ほどエルが「転移テレポーテーション!!」と叫んでいたのはあくまでパフォーマンス。

 そもそも転移魔法は実現不可能とされる4代魔法に数えられるくらいで、今日に至っても、世界中の魔法学者が研究に勤しむほどの命題である。

 そんな未知の魔法をエマごときが使えるはずがない。

 

「この転移魔法を使えるのはラストリアでわたしだけなんだからね! もっと敬ってよー!」


 と散々言い聞かせてきたのに、本人は意に介さず、相変わらず転移魔法と自称しているのだった。


「何度も言ってるが、お前のそれは魔法じゃなくて、ただの魔道具の効果だ」


 腰に手を当て不満げな顔のエルを一蹴する。

 しかしエルの言うとおり、マジシャンという職業は特殊な魔道具を使いこなすことができる稀有な職業であることだけは確かだった。少なくともラストリアには、エルただ一人しかいない。

 が、あくまで稀有というだけで戦闘能力は皆無。

 冒険者向きの職業では無いのはエルも分かっている。

 分かっているのか?

 いや、分かっていないか。

 ここは再教育しておくべきだな。


「いいかエル。希少価値と冒険者としての能力を一緒にするなよ? 珍しいだけなら俺の職業の方が珍しいしな」


「う……そう言われると確かにそうかも。わたし、ユーヤの職業が羨ましいなんて思ったこと一度もないや」


「やかましい。無駄口たたいてないで次行くぞ、次」


 エルの頭を軽くこづき、トマの木の探索を再開する。

 周辺を回るように歩いていると、新たなトマの木がすぐに見つかった。

 どうやらこのエリア一帯がトマの木の群生地らしい。


「あっ! また発見!」


 2袋目が詰め終わらない内に、エルがもう1本見つける。1本で1袋が埋まるのを見るあたり、その木からトマの実を回収すれば目的の量は達成できるだろう。


「エル。俺は3本目の方を回収するから、お前はこの麻袋をライナーのところへ送っといてくれ」


「うん、分かった!」


 2本目の方はエルに任せ、俺が3本目のトマの木へ向かう。

 到着するなり、真っ赤に実るトマの実を急いで回収していく。帰る見通しがついたので俄然手が動く。一刻も早くこの森からおさらばしたい。


「2袋目送ったよー」


「こっちももうすぐ終わる」


 エルが合流して、3袋目の麻袋にも順調にトマの実が積まれていく。8分目まで入っただろうか。

 俺が袋の中を確認していると、


「ねえねえ」


 エルが俺の背中をトントンと叩いてきた。


「なんだ?」


「なんか違う色の実がついてたんだけど……これってもしかしてレアもの?」


 エルが見せてきたのは、大きさも形もトマの実そっくりの丸い果実。しかし、明らかにトマの実とは違う部分があった。


「その青いやつはマトの実だ。形はトマの実に似ているが、毒があるから絶対食べるなよ。食った瞬間、腹の中にユニコーンの角が刺さったような激痛が襲ってくるぞ」


 無意識に腹を抑える俺を、エルが訝しげな表情で見つめる。


「やけに説明が具体的なんだけど……」


「実体験だからな」


「やっぱり!?」


 俺は、エルの手からマトの実を受け取る。

 グロテスクなほどに毒々しい青。その色が眼球に焼き付いていたからか、嫌でもあの時のことを思い出してしまう。

 そうあれは、エルとパーティを組む前のこと。

 当時、新米冒険者だった俺は、自分の職業の希少さと擁護できない使えなさから他のパーティに誘ってもらえず、日々ソロプレイに勤しんでいた。

 もちろん、戦闘能力の無い俺が1人でできる事といえば、採取クエストのみ。その日も今日と同じくポム・ダムルで採取を行っていた。腹の減っていた「ね、ねえユーヤ……」俺は採取クエストの傍ら、生活に必要な食料も一緒に集めてまわっていた。日々生き延びるのに必死だったな……あの頃は。その日はラッキーなことに「ねえちょっとユーヤってば」森を探索してたらなんと! おいしそうな実がたくさんなっているのを発見したではないか! 俺は小躍りしながらその木に近づいて――


「ユーヤ!! ユーヤ!!」


「うるさいうるさい!! さっきからなんだ! 俺の回想に入り込んできやがって!」


 ローブを引っ張り邪魔してくるエルを睨みつける。


「いいかよく聞け! この俺が何の考えもなしにマトの実なんて食べたと思うか? あの時はだな――」


「そんなことどうだっていいから、アレ見てアレ!!」


 必死の形相で奥の茂みを指差すエル。

 その大きな目はウルウルと波打ち、今にも涙が溢れ出しそうだ。

 話の泣き所はもっと後だってのに。


「はぁ、仕方のないやつだな……」


 俺はため息混じりにエルの指をたどっていく。


「ん? なんだアレは……?」


 険しい道が続く遠方の茂み。

 そこにあったのは、暗闇に浮かぶ真っ赤な球体だった。


「ん? やけに光っているトマの実だな……」


 俺は目を凝らしながら遠くを眺める。

 しかし、その直後、あの球体がトマの実なんかではないことを察知する。


 暗闇に浮く赤い点が増殖していく。


 2つ、4つ……そして6つ。

 ユラユラと揺らめく二対の赤い点がその数を増やしていくたび、心臓の鼓動が高鳴っていくのがわかる。地面を這うほどの低い唸り声。風に乗って運ばれる獣臭。

 姿は見えなくとも、冒険者の直感で感じ取る。

 あれは……あれは……!



「レッドウルフーーーッッッ!!??」


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