第4話 底辺冒険者と天才マジシャン!?①


 俺とエルはライナーからの依頼を受け、『トマの実狩り』へと出発した。

 ラストリアを出て、トマの実が自生する森――ポム・ダムルへと続く1本道を歩いている。


「いや~、今日は絶好のクエスト日和だね~!」


 体を覆うほどの大きなマントを風になびかせながら、エルが気持ちよさそうにのびをする。白くつややかなマントの生地がエルの言葉に応えるように太陽の光を受けてキラキラと輝いた。


「あぁそうかよ。俺は久しぶりのクエストでうっかり死んじゃったりしないか心配だ」


 俺はうなだれながら、エルのマントから目を背けるようにして、遠くに広がる森を眺める。

 エルが俺の前を歩くと、大きなマントが視界に入ったり消えたりして鬱陶しい。

 なので、いつもは俺がエルの前を歩くようにしているのだが、今日に限っては久しぶりのクエストということもあってか、エルの歩幅は普段より大きかった。


「エル。その大きなマント、邪魔くさいから外してくれないか」


「何言ってるの! このマントはわたしの商売道具なんだから、外すわけにはいかないよ!」


「必要な時に広げて使えばいいだろう」


「え〜、なんかそれじゃカッコ悪いじゃん! ほら見て、こうすると歴戦の勇者っぽくてカッコ良いでしょ?」


 エルがそう言って、両手でマントの裾をヒラヒラとさせる。外側の白い生地とは対照的な裏地の赤色が鮮やかに揺れる。

 えへへとにへら笑う姿からは、カッコ良さの欠片も感じ取れない。

 俺からしたらただ鬱陶しさとアホさが増しただけだ。


「それに、こうするとほら! ヴァンパイアみたいでカッコイイ!」


 今度はマントを体にぴったりと巻きつけ、八重歯を見せる。


 金髪に白い布。

 顔の幼さも相まってか、そこらへんにいる修道院のガキにしか見えない。

 ガキにしては身体のあちこちがデカいが……。


「いいか。カッコ良さを求めていいのはソードマスターとかマジックキャスターみたいな上級職の凄腕冒険者だけだ。俺たちみたいな底辺冒険者はあまり目立たずだな……」


「でもユーヤの格好は地味過ぎて、女子からの人気はかなり低いよ。なんか全体的に茶色っぽくてダサいって」


「え……?」


 なんか今サラッと心に刺さるようなこと言わなかった?


「この格好はだな、昔ながらの由緒正しき冒険者スタイルであって! 特にこのバックルなんかは、かの有名な魔王討伐の勇者・ライオネルをモデルにした1点ものなんだぞ!」


 俺が小さなポーチのついた革製のバックルを見せる。

 ギルドハウス前に設置されているライオネル像さながらの重厚感に溢れた逸品だ。


 エルはそんな俺を無視して、険しい表情で俺の格好を観察している。

 肩に羽織ったローブに、厚底のブーツ。確かに俺の格好は茶色が目立つ。だが、昔憧れたザ・冒険者といったこのレンジャー風の装備を俺は気に入っているのだ。


「でもそれってさ」


 エルがとぼけたような声で続ける。


「数年前に流行ってたってだけでしょー? 流行は日々変化していくものなんだよ! 今ダサいって言ってるんだからダサいことには変わりないよ!」


「ぐはッ……」


 脳天をハンマーで叩き割られたような衝撃が走る。

 俺は心のダメージに耐えきれず膝をつく。


「だいたい、わたしの格好がユーヤに迷惑かけてるわけじゃないんだしさ〜、別にいいじゃん!」


 エルが口をすぼめながら不満をあらわにする。


「お前がその格好で前にいると、鬱陶しくて俺の注意が散漫になるんだよ。それにモンスターでも出たら……」


「あ、そのことならだいじょーぶだいじょーぶ! ライナーがこの時期はモンスターも少ないって言ってたよ。レッドウルフさえ出なければ大丈夫だ、って」


 アホの言う「大丈夫」ほど、大丈夫でないものはない。

 エルは春の陽気にほだされているのか能天気なことをほざいているが、万が一モンスターが出てこようものならクエスト失敗どころか冒険者生活にピリオドを打つ可能性もある。


 それくらい俺たちの実力は底知れているのだ。

 

「そうか。まあどちらにせよトマの実を収穫次第、即離脱するからな」


「は〜い! あ、でも……」


 エルが何かを思いだしたように続ける。


「レッドウルフってトマの実が大好物なんだって! 収穫するときは一応気をつけないとね」


「ん?……ああそうだな」


「しかもね、レッドウルフは雑食だからわたしたちも気をつけないと……」


「……お、おう」


「あとそれからレッドウルフは――」


「エル、ちょっといいか」


 俺はどうしてもいたたまれなくなり、軽やかなスキップで前を進むエルを呼び止める。


「ん? どうかしたのユーヤ?」


「いや、お前のその語り口は、まさに死亡フラグと言ってだな……」


「シボーフラグ?」


 首を傾げる。

 コイツ、確実に死亡フラグの意味がわかっていないな。

 しかしアホのエルにそれを説明するのは面倒だ。


「まあその……あれだ、死亡フラグの話は一旦置いといて……。とりあえず注意事項はわかったから、お前はこのクエストが終わるまで"レッドウルフ"という単語を口にするな。それだけでいいから守ってくれ」


「う〜ん……よくわかんないけどわかった!」


 大きく手を挙げてコクンと頷くエル。

 本当にわかっているのだろうか……。


 エルは面倒事を引き寄せることに関してだけは他の追随を許さない。

 そんなやつがパーティメンバーにいるものだから当然俺もその面倒事に巻き込まれる。こういった些細なきっかけであっても、今のうちに摘み取っておくに越したことは無いのだ。


 レッドウルフなんて出てきたら確実に死んでしまうからな!


 ……あ、これは生存フラグだから問題ない。


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