第3話 底辺冒険者はクエストを受けたくない
かくかくしかじか。
俺が土下座に至るまでの経緯を説明すると、ライナーは合点いったように頷いた。
「なるほどな。冒険者契約料が払えないから金を貸してくれと」
「そのとおりだ」
「それで、お前の言っていたその"最終手段"とやらは何だ?」
「クエストを受けて金を稼ぐことだ」
「冒険者ならそれを最初の手段として選んで欲しかったんだが……」
「バカ言うな。底辺冒険者にクエストを受けさせるのは、そいつに死ねと言っているようなものだぞ」
「わたしたちのレベルで受けられるのは薬草とかの採取クエストばっかだからね〜」
エヘヘとお気楽に笑うエルを横目に、俺は深いため息をつく。
今日もギルドハウス内は、底辺冒険者の陰気なため息などかき消すように広々整然としている。
オリハルコン壁の一面を覆うように釘打ちされた掲示板には、多くの依頼――クエストがところ狭しと貼られていた。
ライナーがその掲示板をおもむろに見上げて口を開く。
「それで、いくら必要なんだ? その冒険者契約料とやらは」
「おぉ! やっと金を貸す気になったか心の友よ!」
「ユーヤ。お前には聞いていない」
ライナーは俺の存在を無視するかのようにエルの方に体を向けた。
俺たち本当に友達だよな?
「わたしとユーヤ、2人合わせて金貨4枚だよ」
「まあ高くもなく低くもないって感じの額だな」
金額の妥当さに納得したようなライナーの相槌を見て、エルが机をひっくり返す勢いで身を乗り出した。
「えぇーッ!? 金貨4枚だよ!? 私たちそれだけあれば1ヶ月は暮らせるのに! こういうのなんて言うんだっけ? し、しか……そうだ!
「エル。お前にしては上出来だ。今のは、冒険者の
まあ死活問題だったとしても普通に使い方が間違っているが、言いたいことは分かるから良しとしよう。
アホのエルのことだしな。
「お前ら普段どんな生活をしてるんだ……」
ライナーも、俺たちの貧困っぷりだけは理解できたのか、憐れむように額に手を置く。
まあ普通の人間ならば金貨4枚では1ヶ月も保たないだろう。
雑草をパンに挟んで食べられるかどうか。水を1食換算するかどうか。太陽から栄養を吸収できるか……などなどの試練を乗り越えない限り不可能な芸当だ。
「よし、わかった」
ポンと手を叩くライナー。
何か妙案が思いついたようだ。
楽に金を調達する方法が――
「ユーヤ。悪いが楽に金を調達する方法なんてこの世には無い」
「おい。いくら友人であっても俺の心まで読んでいいとは言ってないぞ」
「お前のいやらしい目つきを見ていれば、わざわざ心を読まなくても何を考えているかくらい一発でわかる」
ライナーはそう言いながら、よっこらせと立ち上がる。
「とりあえずついてこい」
ライナーはそう言うと、ギルドハウスの奥に位置する大掲示板の方へと向かっていく。
「おい、そっちは……」
「いいから! ほら、ついてこい」
「ユーヤ。もう諦めなよ」
エルが俺の肩に手を置き、優しくなだめてくる。
お前、諦めろってどういうことだ。
どう考えてもこれ、クエストを無理矢理受けさせられる流れだろ!
俺は行かない! 絶対に行かないぞ!
死ぬくらいなら逃げた方が万倍マシだ!!
……と、ライナーに引きずられながらそんなことを思っていると、
「これを見ろ」
ライナーが掲示板から1枚の紙を引っぺがして俺に見せてきた。
目の前に押し付けられた紙の文字を追う。
「なになに……採取クエ――っておい! やっぱりクエストじゃないか!」
「最後までよく読め」
「チッ。え〜と……『ラストリア近郊の森、ポム・ダムルにて今が旬のトマの実を収穫……報酬は金貨2枚』……依頼人は……ライナー・ディアス!?」
依頼人の名を読み上げると同時にライナーの方を振り向く。
「そう、それを依頼したのはこの俺だ」
「はあ、それで?」
「いやぁ~うちの下の妹がトマの実を使った料理が好物でな。早く食べたいって毎日毎日うるさいんだ。最近じゃソフィアも俺の手に負えないほどわんぱくになってなぁ、もう本当に困っちまうよ、ハッハッハッ! 昨日なんか、俺が厨房で仕事している時に……」
”妹”という単語を口にした途端、急に早口になるライナー。
困っていると口では言いながらも、その顔は平和という字を表現しているかのようにほのぼのとしている。
「お前の妹の話なんぞはどうだっていい。俺が聞きたいのは、いったいこの依頼がなんだって言うんだ? 俺たちにやらせるとしても報酬が足りないぞ」
冒険者契約料は俺とエルの分を合わせて金貨4枚。このクエストを達成しても目標金額には届かない。
指摘を受けたライナーは名残惜しそうに妹の話を中断させると、やれやれと言ったように肩をすくめる。
「金貨2枚でも相場よりは高めなんだかな。まあ昔からのよしみだ、このクエストを受けるんだったら前金としてもう金貨2枚を渡す。妹にも早く食べさせてやりたいしな。どうだ? これで合わせて金貨4枚だろ?」
そう言ってライナーは
「ライナ〜! ほんとぉーにありがとぉ〜!」
エルがライナーに抱きついて喜びをあらわにする。ライナーも満更ではない様子。最初からライナーに抱きついておけば、働かずとも金貨4枚くらいくすねられたんじゃないのか……?
だが、トマの実の収穫で金貨4枚というのはおいしい案件であることは間違いない。
ここは素直にクエストを受けるべき……いや待て、良いことを思いついたぞ。
「よし分かった。その依頼を受けよう」
「やっと冒険者として真面目に働く気になったか。俺は嬉しいぞ」
「それではライナー。その前金の金貨2枚を早く俺によこせ」
「あぁ。ほらよ」
頷いたライナーは、握っていた金貨2枚を俺……ではなくエルに渡した。
エルは差し出されたままにその金貨を受け取る。
「おい。なぜエルに渡す」
「それはお前が『前金かすめ取って自分だけ契約料を払っちまおう』っていう目をしているからだ」
「えぇ!? ちょっとユーヤ、それはなんでもひどすぎるよぉ!!」
「ぐっ……」
コイツ! 見破ってやがったか……!
「ちなみにその前金は、エルちゃんのお小遣いにしてやっても良い。よくうちの妹たちと遊んでやってくれてるからな」
「え、いいの!?」
「ああもちろんだ。トマの実の収穫はこのボンクラ一人に任せてな」
「よし、エル! 早速ポム・ダムルへと向かうぞ。出発進行だーッ!」
俺がエルの手を引っ張り外へ向かおうとするが、糸が張ったようにピンと引き戻される。
俺が後ろを向くと、エルがその場で直立したまま俺を見ていた。
「エル……どうしたんだ……?」
「ん~と、ユーヤ? わたしはもう契約料払えるから……。クエスト、頑張ってね」
にっこりと微笑むエル。いつもは天使のように朗らかな微笑みも、今のこの状況でされては逆に不気味に感じる。よく見ると目とか全然笑ってないし。
あれ、もしかして少し怒ってらっしゃいます……?
「おい待て。まさかライナーの話を本気にしてるわけじゃないよな……?」
「……」
俺の問いかけにもエルは一切表情を変えない。
「あの……エル?」
「……」
「エル……様?」
「……」
俺が様子を伺うように目配せしても、エルはその場にくっついたように動かない。
そうか、わかったよ。
あれがお望みなんだな。
見せてやる。見せてやるよ!
ひんやりと冷たい石床に膝まづく。
そして、大きく息を吸って叫んだ。
「ぬおぉぉぉねがいしまあぁぁぁぁぁぁすッ!!!!」
本日11回目の土下座。
ギルドハウスの静寂を切り裂くように、俺の悲しい叫びがこだまするのだった。
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