終章 俺と私で……

 大きな欠伸をかましながら歩くいつもの通学路。ついつい二度寝しちまったせいで、凛星りんせに先に出発されてしまった。だがこれくらいならまだ急ぐような時間じゃない。

 肩で風切り余裕しゃくしゃくで歩いていると、後ろから自転車の車輪音。道を開けようと右側によると、それは俺の左側で止まった。

「お、おはよう。那月なつき先輩」

「ああ、貫井ぬくい

 自転車に乗っていたのは貫井ぬくいだった。自転車から降りると、俺の横を歩き始める。

「ああ、って。挨拶くらいきちんとしなさい」

「下級生に礼儀で叱られるとはな。ついこの間まで目上の俺に失礼な態度取ってたのは誰だったっけか」

「それは……ふん」

 そんな軽口を叩くと、貫井ぬくいはツンっとそっぽを向いてしまった。

 あの日見事に接客して見せた貫井ぬくいだったが、残念なことにあれは俺が見守っていたからできただけのようで、その後のバイトは散々だったらしい。完全克服までの道のりはまだまだ長かったようだ。

「で、何か用事か?」

「用事がなくちゃいけないのかしら。まぁ聞きたいことはあるのだけれどね」

「聞きたいこと?」

 俺がオウム返しすると、貫井ぬくいは少し歩幅が小さくなった。それに合わせて俺も少しだけペースを落とす。

「すっかり聞きそびれてしまっていたけれど……あなたは結局、どうした私のためにここまでしてくれたの?」

「そりゃ……そっちの想像に任せるよ」

 答えにくい質問をこんな風にかわしてしまうのは、ちょっとダサかっただろうか? まぁでも答えにくいもんは答えにくいんだからしょうがない。と脳内言い訳をしていると、

「じゃ、じゃあ、私は自分の想像を、信じてしまって……いいの?」

「? そりゃ構わんが……どうした?」

 急に焦ったように歯切れが悪くなった貫井ぬくいに疑問を浮かべていると、普段のクールな表情を潜め手をこねこね。

「私の想像……外れていたら、とても恥ずかしいのだけれど」

 そしてやや上気した頬を見て、貫井ぬくいの想像とやらに思い当たってしまった。すると貫井ぬくいの熱が流れ込んでくるように自分の体温が上昇していく。

「……知るか」

「あっ、ちょっと待ちなさいよ!」

 いつもとは逆に、俺の方がツイっとそっぽを向いて先を行くと、貫井ぬくいが慌てて俺の隣に並んだ。ご機嫌斜めに唇を尖らせる彼女だったが、ふっとその表情を崩す。

「ねぇ、あの日那月なつき先輩は、お互いを理解するのは無理だって言ったけど……。やっぱりそれって違うと思うわ」

「何だよ急に」

「だって、永遠に理解し合えないなんて寂しいじゃない。だからたとえ無理だとしても、理解し合うことを諦めちゃダメだと思うの」

「……まぁ、確かにそうかもしれないな。それに、諦めちゃダメってところ、貫井ぬくいっぽくていいんじゃねぇか」

「ふふ、ありがとう」

 前だったら罵倒されそうだったところ、こんな反応を返されると困ってしまう。ほんと、たった数日で関係性が大きく変わったもんだな。

「そ、それでその……あなたを理解するために一生懸命考えて、さっきの想像に至ったのだけれど……本当に、違うのかしら」

「その話に戻るなよ……。つーかどんな想像だよ」

「いい言わせないでよバカ……。わかってるくせに」

「……自分でそう思ったんなら、信じてみりゃあいいだろ」

 こっ恥ずかしくてどうしようもなくなった俺が乱暴に頭をかくと、その反応で貫井ぬくいは自信を持ってしまったのか破顔一笑。

「そう、じゃあ信じるわ」

 と自転車にまたがり、俺に向き直る。

「それじゃあまた学校で会いましょうね」

 カラララっと軽快に自転車をこいで貫井ぬくいはさっそうと学校に向かってしまった。全く、いい笑顔すんじゃないの。メイド喫茶でもそれぐらいできりゃあいいのにな。

 それにしても貫井ぬくいの奴、急に何を言い出すんだか……。忙しない手、まごつく口、上気した頬、熱っぽい視線。まさか貫井ぬくいも俺のこと……。

 いや、焦る必要はないか。これからも貫井ぬくいと一緒に時を過ごして、少しづつ彼女のことを理解できればいい。たとえ無理でも、理解することを諦めちゃダメらしいからな。

 すでに貫井ぬくいの姿は見えなくなったというのに、俺は走り出していた。

 きっといつか、俺と私で彼女と分かり合えることを信じて。

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俺と私で 遥原春 @harubaruharu703

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