24.大森正男は厨二能力者なのか
そして、緊張した表情で正男に視線を移す。
「あの大森さん。ゲームの世界では『大森くん』と呼んでも、よろしくて?」
「お、おう。オレもそのほうがしっくりくる。『大森さん』なんて呼ばれ方、ほとんどされねえしな。ははは」
「あと、わたくしのことは、呼び捨てで構いませんわ」
「猪野でいいんだな? あ、それとも萩乃か?」
「え、は、いえあの……どちらでも、お好きなように……」
「わかった。猪野な」
「はい。大森くん」
眩しい笑顔で答える萩乃。その姿を桜が凝視している。
こうして萩乃は自己世界へ帰ることにする。自分の席に戻って座り、再びマネキンと化す。
それを見た桜があわてて呼びかける。
「あ、萩乃さん、ウソ発光器、手に持ったままで行かれた……ま、いいわ」
「なあ吉兆寺さんよ、ここがゲームの世界だって知ってたんだな? つまりフィクションだってこと、認めてるわけじゃん」
「ここはゲームの舞台ですが、それと同時に実在する世界でもあるのです。私たちは、可算無限世界帯域と呼んでいます。フィクションではなくリアルな世界です。そういう世界を使ってプレイする可算無限世界帯域利用型ゲームは、我が社のヒット商品なのよ」
「マジか! そんなゲーム作れるって、なんでもアリの科学力だな!」
「はい。なんでもあります。ところで、ゲーム内容なのですが」
「おお、それならもう知ってる。オレは魔導士だ。そこでマネキンみたいに立ってる姉ちゃん先生が女神で、あと猪野が勇者なんだと思う。誰が妖精なのかは知らない。うん、それで、ゲームのストーリーはだな、昔々、視点の女神が、思考力回復を与えて、魔導士と勇者と妖精を引き連れ、大学へ鬼を攻略しに行った。女神が鬼を三匹攻略し、さらに魔導士も攻略し、ゲームをクリアした。しかし、まだ魔王を攻略していないから、ベストエンドを観ていない。だから、ゲームの二周目を始めた。ところが、オープニングストーリーをスキップして少し経つと、勇者が視点を奪ってしまう。女神はとても悔しい。それで魔導士に命令して、勇者から視点を奪い返してもらうことにした。こうして、魔導士は大学へ旅立ったのである。あとはよろしく。どうだ、わかるか?」
「なるほど。やはりそうでしたか」
「マジ!? 今のでわかったのか?」
「わかりましたよ。あなたが厨二能力者だということが」
かつて「厨二病」と呼ばれ、周囲の者たちに恐れられていた死に至る異能のことだ。現在では、その症状のメカニズムを、萩乃の世界の科学が解明済みである。
「ふん。まあどうとでも言ってくれ。とにかくオレは魔導士マサオな」
「あなたは記憶があやふやなようですので、この世界の大森正男さんに関する情報を少し話します」
「おう記憶な。オレ、ババロア食い損ねる夢見て、気づいたら必ずこの講義室にいるんだ。それで、そこの姉ちゃん先生が入ってきて、なんかあって意識がぶっ飛んじまって。それが七回も続いたんだ。なんでか左頬がヒリヒリしてる」
「いいえ、六回ですよ」
「え、そうか?」
「あなたの数え間違いです。萩乃さんが、昨日四回と今日一回システムエラーを発生させました。そしてあと一回は今、デバッグモードのこの場です。つまり合計六回ということになります」
「ふーん、まあどっちでもいいよ。あのすごいオモチャがあったら、確かめられたのにな。あはは」
「ええ、白黒はっきりしたでしょうね」
桜が「あなたはババロアを食べ損ねる夢を七回続けて見たのですか?」と質問して、正男が「ヤー」と答えたなら、あの装置は白い光で点滅したに違いない。
「この春、あなたは帝都工業高校を卒業して、ここ第一帝国大学理科一類の学生として入学してきました。工学部に進み将来は航空宇宙工学の研究者になるつもりでいます。複素関数論の大森正美先生は二十八歳で決しておばさんではありません。それを言うと、あなたは張り倒されます。この世界の吉兆寺桜は、あなたが居候している喫茶店の隣に住んでいて、少なからずあなたに好意を寄せています。猪野萩乃さんはあなたとは面識がなく、まだ一度も言葉を交わしていません。しかし先程もう会話しましたね。その辺りはうまくやってください」
「あの吉兆寺さん、今聞いてもまた忘れそうなんすけど?」
「構いません。同じ内容を書面にして、手紙として萩乃さんに託します。それを読んで思いだしてください」
「それなら手紙だけでよくね?」
「手紙だけを読んでも、にわかには信じられないものです。一度聞いて忘れて、そして文面を見て記憶を蘇らせることが必要なのです」
「おおそうか、あんた頭いいなあ」
「あなたが五歳児未満なだけです」
「う……」
痛いところを衝かれた正男だった。
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