25.サイボーグで幽霊でバグな侵入者

 桜はしばらく口を閉じた。正男に情報を咀嚼する時間を与えるために。

 正男もおっくうそうな表情で沈黙を続けている。


「では話を再開しましょう。ここからは驚くことも多いでしょうが、すべて真実ですよ。あなたは、あなたの宇宙で既に死んでいるか、それに近い状態です」

「な!?」


 いきなり驚かされた正男だった。


「衝撃を受けましたか?」

「まあな、オレも薄々はそうなんだろうと思ってた。けど他人の口から、はっきり聞かされちまうと、やっぱショックだぜ。ははは……あスマン、続けてくれ」

「わかりました、では話に戻ります。あなたの身体つまり生命体球はサイボーグボディなのです。どこかの世界の誰かが用意したボディに、幽霊のようになっているあなたの生命体魂が転移して、あなたは一時的に生還しました。そしてフルトランスファーして講義室へ飛びました。そこで故障し想定外のシステムエラーを発生させて幽霊になる。それを五回繰り返し、そして今が六回目の最中です。そういうふうにバグとなって、このゲームに湧いて出る侵入者なのです。あなたは、萩乃さんの攻略対象になりすました狼藉者、萩乃さんの念願だった大学生活をぶち壊し兼ねない危うい人なのですよ。わかりますか?」

「わかるか! オレが理解できる確率0だ!」


 かいつまんで言うと、正男は「サイボーグで幽霊でバグな侵入者」という想定外の危うい存在なのだ。


「あなたは、ご自分の宇宙へ帰らなければなりません。その方法は一つ。このゲームで萩乃さんに攻略されてベストエンドを迎え、同時にあなたはこの世界での成仏をはたすのです。そうすればあなたの生命体魂は元の世界へ逆転移するでしょう。そこで解脱するか、あなたの世界で言うところの奇跡とやらが起こって生還するか、そのどちらかになるでしょう。せいぜい後者となることを祈っていてください」

「もう800%わけわからん。けど、まあどうでもいい。要するに、オレにゲームでうまくやれということなんだろ?」

「そうです。しかし難易度は、やや高めなのですよ。形だけ萩乃さんを好きになったフリをしても、決してベストエンドにはなりません。それと、いくら可愛いからって吉兆寺桜とつき合ったりすると、バッドエンドですからね」

「自分で可愛いとか言ってんのかよ」

「私ではなく、この世界の桜のことです。処女よ」

「お、おう。そうか……」


 正男の両頬が赤くなった。それを見た桜が、疑り深い目をして言う。


「あなた、しっかり恋できるの?」

「オ、オレは……」

「あなたは厨二能力者であると同時に、姉妹愛着過多シスターコンプレックス能力者でもあるのでしょ?」

「え、違う違う!」

「そう? この世界の真ん中で『姉ちゃん!』と叫んでおきながら?」

「いや、さっきのはだなあ……」

「あなた、好きな女性は?」

「今のところは、まあ姉ちゃん、だけかもなあ……うん」


 ~マサオお姉ちゃんも好きよ(いや今は言わなくていいから)


「ほうら、やはり姉妹愛着過多能力者です」

「う……」


 再び痛いところを衝かれる正男である。


「……あ、そうだ。一つ聞きたいことがあるんだ」

「なにかしら?」

「この世界に元々いた大森正男は、どうなってんだ?」

「彼は、こちらの大森先生の弟さんで、アイドルユニットのリーダーをしていました。しかし四年前、突然のバイク事故で亡くなり、解脱できずに幽霊として存在し続けていたのです。大森先生はショックのため弟さんに関する一切の記憶を失っています。ですから正男さんが大学生として入学してきても、他人だと思っています。正男さんはお姉さんとまた楽しく過ごしたい一心なのです。また、この世界の桜は、正男さんが幽霊なのを知りながら、それでも想いを寄せているのです。この純粋な乙女心、わかりますか?」

「なんか重い話だなあ」

「しかし、あなたという人がやってきた。正男さんは自分に瓜二つの人間が目の前に出現したため驚愕し、そのまま精神的にも死亡したのです。強制解脱よ。この幽霊殺し」

「オレのせいか!?」


 一つの他者世界に、必ず自分そっくりの人間が一人以上存在している。

 これは、かつて「ドッペルゲンガー」などと呼ばれたりもしたが、今では科学的に解明されている。例えば、ある有名な小説家の自殺要因ではないかと考えられたこともあった。現在、彼が夢遊テレポ能力者だったのだと医学的検証によって確認済みである。


「大森正男さんに関する情報は以上です」

「できれば聞きたくなかったなあ……」

「なにか質問は?」

「いや、もう頭一杯、脳味噌満タン。ごっつぁんです!」

「それでは直前の予定調和時空点をロードしますから、ちょっと痛いですけど我慢してください」

「へえ?」

「はいせーの、ゴッツン!」


 かけ声と共に桜が正男の頭を机に打ちつけた。小柄な桜にとっては、こうするほうが張り倒すよりもずっと楽だから。

 故障した正男は医務室に運ばれ、別のボディに取り替えられる。話を黙って聞かされ、再び生命体魂のみになり、そしての転移をして次の宇宙へ行くことになる。

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