23.ライセンス契約という一つの策
萩乃は数秒間あたふたして、ようやく口を開いた。
「あ、あのお、おお……森、さん」
「ん?」
「萩乃さん?」
(はわわ、どうしましょう……大森くんが、わたくしを見つめておられて)
正男と桜の表情が、特に二人の目が、「なにを質問するつもりか? 早く言ってくれ」と訴えかけてくるのだ。
萩乃は勇気を奮う。彼らは萩乃の言葉を待ってくれているのだから。
「そ、そちらの大森さんは、高校二年生のとき、文化委員をされていましたか?」
「ヤー」
装置が白い光で点滅した。
「高校二年生のとき、大森さんは二月十二日の学校で、グラウンドで、チョコブラウニーをお食べになりましたか?」
「え、あー、うんうん、そういうことがあった。あスマン、も一回頼む」
「大森さんは、あの二月十二日に、学校のグラウンドで、わ、わたくしのお差しあげしたチョコブラウニーを、お食べになって、くださいましたか?」
「ヤー」
また白く点滅する。
(はわわわぁ~、大森くーん、あの大森正男くんなのですわ! こちらにおわすお方こそが、わたくしの夢に見るわたくしだけの、大森くんですわ!!)
「なあ、そちらの猪野さん。なんで知ってんの?」
「あ、あっ、あのあの、わたくしなのです!」
「えっ、なにが?」
「チョコを、チョコブラウニーをお作りして差しあげたのは、わたくしなのです」
「お、おう、そうそう、その通り。チョコブラウニーをくれたのは、オレの世界のオレの日本にいた、というか今もいるとは思うけど、高校二年のとき同級生だった猪野萩乃なんだよ……あそっか、ここ平行宇宙で似てる世界なんだっけな。つまり、そちらの猪野さんもこの宇宙のオレ、同級生だった大森正男にチョコブラウニーを食わせてやった。そういうことだろ?」
「いえ、いいえ。この宇宙のわたくしは、大森くんと面識がありませんわ。ですがわたくしは、わたくしとしまして、そちらの大森さんの通われていた高校へ伺い、グランドでチョコブラウニーを食べて頂きました、別世界の猪野萩乃ですわ。あ、わたくしの兄も覗いておりましたの。蝶となり……あっ、いいえ! お兄様と蝶は、なにも関係ありませんわ!」
「はあ?」
(まあどうしましょう、蝶のことは企業秘密でしたのに。いけませんわ、わたくしとしたことが……お兄様、ごめんなさい)
懸命に伝えようとするのだが、そうしようと思えば思うほど、萩乃の言葉は空回りしてしまうのだった。
聞かさせている正男は、なんのことやらさっぱり理解できない様子。これは無理もないことだ。
黙ってなりゆきを見守っていた桜が、今がいいタイミングだと思ったらしく割り込んでくる。
「あの萩乃さん、お話を遮るようで恐縮なのですが、お尋ねします」
「どうぞ」
「こちらの大森正男さんを、どうされたいのでしょうか?」
既に一つの策を考えついている。萩乃自身の切り札だ。
それを今使ってみることにする。
「この宇宙、いえ、わたくしのゲームの世界へ、正式にご招待したいと思っていますわ。よろしくて?」
「えっと、それはどういう……?」
「こちらの大森さんにも、ゲームのライセンス契約を結んで頂きたいのです。そうすれば、もう違法ではなくなりますわ」
「事後承諾ということですか……まあ、萩乃さんがそうおっしゃるのなら、ここはそういう方法で解決ということでも構いませんが」
「ありがとうございます。桜さん」
今回の件はまだアステロイドゲームスには知れていない。黙ってさえいれば、すべてが丸く収まるのだ。
桜が、正男に向けていた銃を降ろした。
「大森正男さん、こちらの猪野萩乃さんと共にゲームをなさる気はありますか?」
「ゲーム?」
「はい」
「おう。もう今やってるじゃねえか。オレが魔導士で、たぶん猪野さんが勇者な」
「では、ライセンス料をお支払いください。税込百二十八億円になります」
「払えるか! どんなゲームなんだよ、百二十八億って」
萩乃が桜の服の袖を引っ張った。
「桜さん。お金はわたくしが、あいえ、兄に頼みますから」
「そうですか。わかりました。では彼にゲームの説明をします。それと彼は記憶が不安定なようですので、この世界の吉兆寺桜が知っている範囲で、この世界の大森正男さんに関する情報を伝えようかと思います。それは萩乃さんがまだ知らないことですので、いわゆるネタバレになってしまいます。ですからあなたは、先に戻られるのがよろしいかと」
「わかりましたわ。でも桜さん、その前に少し、こちらの大森さんに話したいことがありますわ。よろしくて?」
「はい、どうぞ。私は席を外しましょうか?」
「いいえ。いてくださって構いませんわ」
桜の顔をしっかり見ながら、萩乃は答えた。
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