5.
「キスだぁああああああ!!」
怪獣が火を吐く姿の如く、手を広げると同時にトモくんは叫んだ。百八十度に自身の声を響かせるものだから、驚きで体が跳ねる。隣のカズキは箒を握りながら尻もちついた後に素っ頓狂な声をあげた。
「キ、キスぅ!?」
「キス……」
僕も赤足の傘女にキスをする自分を想像して、気分が悪くなった。ただでさえ、キスの経験がない僕がどうみても人間に見えない相手に、キスなんてできるんだろうか。無意識に口元にやっていた人差し指がかさついた僕の唇に触れている。ここに赤足の傘女が……と思うと、気持ち悪さと気恥ずかしさが顔まで、虫のようににじりのぼってきておかしくなりそうだった。
「もしお前らが赤足の傘女に会ったら、即死決定だな! ギャハハハ!」
僕らの反応に満足したトモくんは体をくの字にして笑っている。
トモくんは、ドッジボールじゃ頼りになる良いやつだけど、普段はいじわるで嫌なやつだ。勉強の面でも頼りになる良いやつだけど、今は嫌なやつだ。
嫌な話を聞かされて、驚かされて、モヤモヤして、その様子を見て笑われて、それで終わりでいいのか?
このままじゃ僕はトモくんに負けてしまう。それは嫌だ、と思った。
「キスくらいが……なんだよ」
「エイくん?」
トモくんの笑い声が止む。カズキが僕を、大きな瞳を、不安で揺らしながら見る。僕の攻撃性みたいなものをカズキは空気で感じて怯えているんだろう。
けれど、そんなカズキの様子を見ても僕の口は、止まらなかった。
「キスくらい、どうってことない! 赤足の傘女に会っても僕は死んだりしないよ!」
そこまで僕は一息で言いきってみせた。カズキは僕らから一、二歩、後ずさりして距離をとる。我、関せずの姿勢を取るらしい。
カズキと違って、トモくんは大声を出した僕に怯んだりしない。むしろ僕の目の前まで近づいてきて、ニヤニヤと嬉しそうに口元を歪ませた。トモくんは、まるで品定めをするように僕を見ている。距離は徐々に詰められて、ついには目と鼻の先まで顔を近づけてきた。ここで後ろに下がったら負けだろう。むしろ胸を張って、トモくんを睨みつける。
しばらくして、トモくんはハッキリとした二重の目を細めて、『へぇ』と呟き、僕の右肩を強く叩いた。
それが何かの合図だったみたいに、トモくんは僕に背中を向けた。
「じゃあ、お前がもし赤足の傘女に会ったらキスしてやってくれよ」
やけに冷たい声で、そう言うトモくんの顔は見えない。少し間を置いて振り向いたトモくんは、怖いくらいの笑顔だった。
「カズキ、いつまでそこで震えてんだ? 片付けして帰ろうぜ!」
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