第3話『これから』

 翌日、非番開けの昼過ぎ。オレはある人物を探していた。

その人物は模擬試合の出来る広場にいた。

 白くうろこのない大きな竜(ドラゴン)に笑いかけ、自身の髪と同じ色の果実を食べさせていた。


「龍騎さん」


 静かに声をかけながら近づくと白い竜が笑い同時に彼も振り返り「よぉ」と右手を胸の高さにあげた。


「クロナさんか、どうした?」

「……遥さんと手合わせしたい」


 彼の前に立ちながら言った言葉に彼が抜けた声を出す。

 真剣な声と面持ちをしながら言ったオレの目を見て冗談じゃないことを察するとしっかりと向き合って問いかけられた。


「理由は?」


彼とオレの間に風が吹き、髪が揺れる。

少しの沈黙の後、重い口を開いた。


「オレが勝ったら今後、勧誘をやめてほしい」

「……遥が勝ったら?」

「望み通り遥さんの、あなたたちの小隊に入る」


そう告げると彼は笑った。無謀だな。と。それでも「これが最後です」と言えば少し悩むそぶりをした後、深いため息をつき後ろ……、オレから見たら正面になる場所を見る。

 目線の先に見えた窓で青い髪が揺れていた。つまらなそうな、おあずけをくらったかのような不服そうな顔でこっちを見ている。

 手招きをして見せれば体を起き上がらせて嬉しそうな顔を浮かべ、窓から飛び降りてこちらに向かってきた。

 そんな彼女に龍騎さんが一連の経緯を説明すると、一瞬驚いた表情を浮かべたがすぐにとても嬉しそうに笑った。


「本当に私が勝ったら入ってくれるの?」

「はい」

「わかった。じゃあ勝負しましょ?」


 そう言うと、広場の中央に向かって歩いて行く。鼻歌交じりで。

 やれやれと首を振り呆れる彼を横目にオレも中央に向かった。

 一定の距離を取りながら中央で向かいあわせに立つと腰の剣に手を添えて試合開始の合図を待った。

白い竜に乗りいつの間にか頭上に飛んでいた赤い髪が声を出す。


「はじめっ!!」


 大きな声が響くと同時に剣を抜いて地を蹴った。ガンっと金属が合わさる音が響いた。じりじりと剣が擦れ合う。

 強い。やはり彼女はとても。

 重なっていた剣を横に流すように促し、地を蹴って間合いを取る。彼女も同時に後ろに避けていたがすかさずに前へ出てきた。

 早い。

 そう思うと同時に目の前で持っていた剣を左から右に振る。とっさにその剣を受け流し上に振り上げ身を翻し右足を振る。

 一瞬驚いた顔をしたが。すぐに地を蹴り頭上に跳ねた。

 笑っている。とても楽しそうに。そんな彼女に瞬間見とれた。あぁ、キレイだ。その強さはとても。

 そのまま空で足を振る。オレはとっさにしゃがんで避けたが少し髪が触れた。地に足をつけた彼女はまた間合いを詰めて剣を振る。

 耳障りな金属音が響いた。何度も、何度も。上下に左右に何度振っても重なる。

 よく見ろ。彼女だって人だ。必ず隙ができる。それまで、それまでは、と剣を握り交えた。

 額の汗が頬を流れた。

 数分間、何十回と剣が耳障りな金属音を響かせ、何度目かの間合いを取る。お互いに肩を上下に揺らしている。

 オレだけじゃない。彼女もしっかりと体力を削っているはずだ。よく見ろ。自分にそう言い聞かせると、間合いを詰めて剣をまた振った。また重なった剣が重い。

 瞬間彼女の力が少し緩んだ。

 今だ。そう思ったと同時に上に思いっきり流し足を蹴り、身を崩させる。

 彼女が尻餅をつくと同時に剣が空を舞った。


「これで、おわり……です」


 荒れた息を吐きながら肩を上下に揺らし持っていた剣先を向けて言う。これで終わった。振り回される日々が終わる。そう思うと伝う汗も嫌じゃない。

自然に頬が緩む。

そんなオレを見て、見上げる彼女が笑った。


「強い人は好きよ。だから欲しいの」


 何を言って……なんて思っていると彼女は地面の砂をオレ目掛け投げてくる。しまった……!と思いながらもとっさに目をつむってしまう。

 どすっと鈍い音が響き腹部に鈍い痛みを感じる。力が緩んだと共に握っていた剣までも空に投げられた。


「かはっ」


 それからすぐに、がくんっと膝が崩れ、転ばされたとわかるまでには時間はそんなにかからなかった。

 空を舞った剣を空中で取り、今度はさっきのお返しと言わんばかりに剣先を俺に向けた。


「これで終わり」


 荒い息を整えながら彼女が言う。

 あぁ、やっぱり彼女はキレイだ。とても。

 ずっと竜の背に乗りながら空で様子を見ていた龍騎さんが地に降り立ちこちらに駆け寄ってくる。

 剣を地に立てるようにさすと彼女は手を差し出してくる。ふっと、笑みが零れた。


「オレの負け……ですね」

「私の勝ち」

「……これからもよろしく頼みますよ、小隊長殿」


 差し出された手を取り立つ。「断らせない」と言わんばかりの自信に満ちた顔を彼女はしていた。

 本当はこんなことしなくても良かったんだ。ずっと、初めて見たあの日からオレはこの人の傍で、下で働いてみたかったんだ、と痛感する。

 悔しさもあり、それはこの人たちには言ってやらないけれど。


「龍騎!入ってくれたわよ!」

「あ、あぁ、そうだな」

「ふふっ、久々に楽しかった!」


 駆け寄ってきた夫に彼女が振り返り笑う。

 さっきまでの殺伐とした雰囲気から打って変わって子供のように無邪気に。ついた埃を払いながらそんな二人の様子を見ていると喜ぶ彼女を促し、龍騎さんがオレの目の前に来た。


「無謀だっただろ?」

「えぇ、本当に」


 笑う。二人で。交わした言葉は嫌な感じがしなかった。

 彼もオレも知っている、彼女には敵わない。と。いや、オレ以上に彼は知っているんだ。だからこそ試合前に困った笑みを浮かべたのだ。

 もっと技術を、様々なことを学ぼう。この、二人の下で……。


こうして、オレはこの《可憐な怪物》と言われる藤野遥と、その夫、藤野龍騎と深くかかわることになった——……。





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