第2話『つよい人のそばで』
「ふふ、でも悪い気はしていないのでしょう?」
そんな藤野夫婦に振り回される日が続いていたある日の非番、オレにそう言ったのはお決まりの脱走をした幼馴染みの琥亜(こあ)だった。
こう見えても彼女は……琥亜は王族だ。唯一の王位継承者。
髪をかき上げながら不機嫌なオレを見てクスクスと笑いながら楽しそうにしている。
そもそも何度も来るな。と、言っているのにもかかわらず城の者の目を盗んでは抜けだしやってくる。「王族が脱走してはいけないなんて法律はないわ」と言いながら反省もせずに何度も、だ。
それも琥亜には側近や専属の騎士という存在が存在しない。だから本を見るだけでは飽き足らず、外の世界がみたいと簡単に抜け出してしまう。
とは言っても、行く所は大体限られていて、城下と呼ばれる下町か大体はここ……オレの家だ。
正直周りもわかっていて放置している所もあるように感じる。同時にオレ自身ももう半ば諦めている。行動力があるがしっかりと《信頼できる者》の目の届く範囲にいる所をみれば、ただの無鉄砲なじゃじゃ馬姫ではないのかもしれない。
入れ立ての紅茶を差し出し席に座り見れば、まだ熱いカップを持ち、息を吹きかけながら飲む。
それから一息ついて口を開いた。
「良いじゃない。入ってみれば」
「……お前が城を抜け出さなければそうしたかもな」
「私のせいだって言うの?」
「周りはお前のお目付役を求めている。そしてお前はオレ以外それはいらないと言った。だからオレは騎士になったんだ」
「ならはじめから試験パスしちゃえば良かったのよ。実力はあるんだから」
小言を言えばふて腐れながら返事をする。昔からオレと琥亜はこんな感じだった。
確かにそうだ。琥亜の言うとおりにはじめから《姫の護衛》として入ってしまえば問題は無かったことだろう。もちろんそれは異例ではないし、オレの両親も元々王に仕えていた。自然のことだ。
けれどあえてそうしなかったのは、騎士としての心持ちや覚悟、何より自分の実力では役不足な気がしてならなかったからだ。
未熟なのだ。よく父に言われるが変に剣が強く体力があっても技術が無い。特に《魔攻》と呼ばれる方は得意ではない。それに相手があの《可憐な怪物》と言われる人であっても自分より体格の小さな女性に一本取られかけている。
自分よりも強い人物なんてもっといるのだ。男性であっても女性であっても。オレは琥亜を守るために強くならなければならない。負けるわけにはいかない。
ならば、最初から学べば良い。自分とは違った強さや覚悟がある者たちの中に入り様々なことを……。そう思ったのだ。
とは言いながらも結局の所やることは《姫の護衛》と大差ない。上官に頼まれて姫を探し、見つけて帰したりしているし。強いて言うならその後小言や愚痴を聞いてやる事も仕事になった。
それに見えないものも見えてきて少しやりがいも感じている。
……自分的に。
「でもさ?実際問題良い刺激だと思うんだよね。小隊に入っていた方が推薦とかももらえるから上に上がるのにいろいろ言われなくて良いし」
空を見上げながら顎に手を当てて言う琥亜の言っている事もごもっともだ。確かに有利になる。……の、だが。
「仮にそうだとしても、あの人は入れば中々抜け出させてくれないと思う」
「わからないじゃない」
「……本能的な話だ」
「野生の勘?それぐらい惚れられているなら幸せだと思うわ」
オレの言葉に小首をかしげる。それから楽しそうに笑った。「幸せ?」なにを言っているんだ。いい迷惑だ。と顔をしかめればもっと楽しそうに。「冗談も休み休み言え」と冷たく言い放てば聞いてるのか聞いていないのかわからない返事をした。
「でも……クロナ楽しそう。それに……」
クスクスと笑う声が止まると徐に琥亜は立ち上がりオレの目の前に立つ。
「強い人の傍で強さを学ぶのもいいと思うけど?」
悪戯に笑いながら平然と言い放つ。あぁ、わかっているのだ。オレが本当はどうしたいか、どうするべきなのか。
実際、初めて藤野遥から声をかけられた時、驚きと共に魅力的でもあった。この人の……いや、この人達の下で学びたい。そう思った。いいチャンスなのかもしれないとも。
でも、同時に本当に本能的に思ったんだ。もしこの人たちの所にいたら《抜け出せなくなる》と。
そんなオレの気持ちを理解して促し、背中を押してくれる。あぁ、本当に……。
多分、自分は一生彼女には……この目の前で全てを察し笑うこの少女には勝てないのかもしれない。そう思いオレは深いため息をついた。
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