第13話
「人間を脅かし、世界を掌握しようとした魔王。けど、勇者が現れて、その魔王を打ち倒した。そして、その勇者はブレイブ王国を建国し、伝説となった。これが、私の知る勇者の伝説。私が憧れていた勇者。けど、真実は違う」
翌日。客間にて。
「魔王の正体はあのレイさん。レイさんの話が事実なら、この伝説は単なる作り話。勇者がブレイブ王国を建国したってのも嘘。魔王が人間を侵略しようとしたのも嘘。ジクスを見て、寧ろ、その逆なんじゃないかって思ってしまった。私が今まで信じてきたものは、憧れてきたものは嘘かもしれない。いや、その可能性が高い」
早朝に目を覚まし、城の客間のデスクに腰を掛けるマナは、手帳に日記をつけていた。話しながら日記をつけるその姿は、自分で自分に問いかけるようでもあり、その問いに自分で答えるかのようでもあった。
「レイさんは、私は既に憧れの存在の器を為しているって言ってくれた。でも、もしもその存在が嘘なんだとしたら。その存在そのものが私の正義に反する者なんだとしたら。分からない。分からないけど、でも、可能性はゼロなんかじゃない」
何かに迷っているのか、マナは時々手を止めて、深く深呼吸をする。
「王宮にいた時も、追い出された時も、舞い戻った時も、私が学んで、私が信じてきたものが、全て本当の事だとは限らない。正しい事とは限らない。ジクスみたいなやつが、王宮で権威をふるっているくらいだから。そう、あんなことをするやつが……」
これまでにジクスにされた事を一瞬思い出すマナ。身体を一瞬震わせている。だが、ジクスはもういない。嫌な思い出を振り払うかのように、マナは首を振り、日記を書き続ける。
「剣の映像が本当なら、ジクスのような存在が、まだ他にもいる。そいつらが裏で国を操っている。傲慢な態度で権威を振るう大臣。怠惰でロクに活躍しない騎士団。私を国から追放し、欲の赴くまま、国を好き勝手操作する私の父。苦しめられる人々。みんな明らかにおかしい。だから、助けなくてはならない」
その為の一環として、マナは結界が張られなくなった町や村へと赴き、結界を張ろうとしている。だが、それで守れるのは魔獣の手からであって、国の手からは守れない。そのことはマナも理解しているようで。
「結界を張るのも助ける事にはつながるけど、それだけじゃカバーしきれない。根本的に国を変えなくちゃならない。お父様を、どうにかしなくてはならない。けど、お父様は未だに顕在。それを守るかのように、今は亡きジクスをはじめ、暗躍している者たち。歴史をも操作して、私達をだましているブレイブ王国。こんなの、普通のやり方じゃあ、たぶん……」
手を震わせ、目頭を熱くさせるマナ。今まで信じてきたものが嘘。その重みと痛みは、きっと計り知れないものなのだろう。
鼻を啜り、目をこすり、マナは日記を書き続ける。
「私が信じてきた勇者って何だったんだろう。私が憧れてきた勇者って何だったんだろう。私が憧れた勇者、悪を打ち払って国を創り、人々に平和をもたらした正にヒーロー。そんなのはどこにもいない。いるとしたらそれは……」
マナの脳裏に浮かぶのは、一人の男。勇者らしさの欠片もない。それどころか、そもそも真逆の肩書を持っていたあの男。
「いや、一人いるか……」
そう呟くと、マナはくすっと笑った。
「どんなに逆境でも、諦めずに重たい剣を持ち上げて、苦痛の表情を浮かべながら、必死に勇者らしくあろうとする。ロクに使いこなせないのに、元々の部下の為に、伝説の剣を手に取って、必死に振り回す。妹思いで、そして……仲間想い」
助けられた時の事を思い出したからか、マナの顔は赤くなる。
「あ、頭は不出来なので! 別に私は頭が不出来な方は好きではありません! 寧ろ嫌いです! 私の事を重いとか言って! もう、ばーか! 本当ばーか! ばーか!」
誰も聞いてもいないし、自分で問いただしてもいない。にもかかわらず、マナは日記にそう綴る。
「けど、彼は本当に勇者になった。剣に選ばれた。そこは認めないといけません。彼は、凄い人。たぶん、国が作った虚構の勇者なんかより、ずっとずっと正しい心を持った勇者。本当の意味で、私が憧れなければならない勇者。そんな彼が言ってくれた。私はもう勇者の器だって。じゃあ、そんな私がこれからできる事ってなんだろう。彼らと一緒に、私がすべきことは何だろう。結界を張るのは勿論だけど、それ以上に、私がするべきこと。王の娘である私が、王女である私がするべきことは……」
と、その瞬間、マナの手がピタッと止まる。
「王……」
マナは静かに呟いた。そして、静かに声を出しながら、こう綴っていく。
「私がするべきこと。いや、したいと思っている事。きっとそれは、レイさんが言ってくれたような勇者の器とは言い難い事かもしれない。けど、それでも私は成したい。本当の意味で、市民を救うために。悪しき魔獣の心を救うために。再び、人と魔物が手を取り合う世界を築くために。悪しき心を持った者たちが牛耳る、偽りの歴史で囲い込み、虚像の栄光と信仰を得る勇者の国を。ブレイブ王国をなくす。いや、滅ぼす。そしてみんなを解放する。そんな存在に、そんな王に私はなる」
ペンを置き、手を止めるマナ。
マナの目はまっすぐ前を見据えている。
椅子から立ち上がり、マナは窓から外を見渡す。
薄暗い雲の隙間から、ゆっくりと明るい日が昇り、赤い月を白へと変えていく。そんな景色を見ながら、マナははっきりとこう告げた。
「今のブレイブ王国を滅ぼす脅威に。私は、魔王になる」
それは、幼少の頃の夢とはもはや真逆の夢。だが、それでも構わないとマナは思っている。
「今のブレイブ国を滅ぼして、私が魔王を名乗って君臨する。でも人々は、魔王を……私を怖がるはず。そして皆は勇者を求める。だからその時は……。私の事をレイさんに……」
窓の外に映るのは、闇を切り裂き、不気味な月を元に戻す日。
それはまるで、マナの心を映しているようだった。
……だが、それを決心したマナは、どこか寂しそうだった。
部屋を後にし、騒がしい方向へと移動するマナ。
場所は食堂。部屋の奥からは二人の男女の声がする。
「もう兄さま! 恥ずかしいからやめてなの!」
「ふむ。これもハズレか……」
何しているんだろうと思うマナ。
ガチャリという音をたてながら、マナはその扉を開いた。
「おはようございます」
中に入ると、そこには案の定、レイとミルの姿があった。
「あっ! おはようなの! マナどの!」
「ふむ、よく眠れたか? マナ殿」
「はい。お陰様で」
マナはあたりを見渡す。
城の中というわけで、中々に広い食堂。豪華な装飾が施されている壁。部屋を明るくするいくつもの燭台。そして、中心には長いテーブル。
そこにはパンやサラダをテーブルに置かれている。どうやら、ミルとレイは朝食を撮っていたらしいが、やっている事はそれだけではない。
「え、何しているんですか?」
レイを見てそう尋ねるマナ。
それもそのはず。レイは昨日ぬいた伝説の剣の柄を何度も何度も押すように触っていた。
「ふむ。昨日のように、何か手掛かりがあればと思ってな。こうして、色々剣を弄っているのだ」
「ああ、あの過去の映像ですか?」
「うむ。先ほどは、人間たちと交友を深めるべく、怪談会を設けた際、ミルが怖くなってお漏らしを」
「兄さま! それ以上は言わないでなのーーー!!!」
「ふふ……」
恥ずかしそうに顔を真っ赤にするミルを見て、頬が緩むマナ。
どうやら、剣に記録されているかもしれない過去の映像を再び見ようと、色々やっているようだ。最も、二人の様子を見る限り、重要そうな手掛かりはない様子だが。
「ふむ。次の映像は……と」
レイは柄をこする。すると、剣は赤く光りだす。
「おお! また出たか。今度は一体なんだろうか?」
赤く輝く一筋の光が空中へと放出され、四角を描く。そして空中に画面を映し出す。
「おお、これは……レイさん?」
「昔の兄さまなのーーーー!」
画面に映し出されたのは、過去のレイ。まだ魔王レイネルとして現役だったころのレイの姿。
『ふ、貴様らの持つ食後のデザートのプリン! 貴様ら人間にはもったいなきもの!』
「あ……」
レイネルの発言で、一体何の記録なのか薄々勘づいたマナ。
『魔族と人間。この誇り高き戦いに終止符を打とう。我こそは魔王。魔王レイネル。貴様ら人間を蹂躙し、食後のデザート特にプリンは我々が頂くのだ!』
「本当に、あったんだ……。あの闘い……」
そう、今映し出されているのは、かつて魔王レイネルが引き起こしたとされる伝説の戦い。通称デザートの乱。レイ曰く、誇り高き戦いである。
『決着をつけるぞ! 勇者よ!! 我が魔王の力、今こそ見せてやろう! 我が腕力をもってすれば、貴様など一撃で気絶だ! はっはっは!』
「本当に……喧嘩だったんだ……」
『やられたぁーーーーーーっ!!!!!』
「よ、弱い……」
『ぐ、ぐぞおおお! ぢぐじょう! 我々の負けだぁ!! 煮るなり焼くなりすきにするがいいわ!!! 持っていけ!!!! 我々のプリンを持っていくがいいわ!!!! 末代まで祟ってやるからな!!!!』
「どんだけ悔しがっているんですか……」
『許さぬ! 美味しそうに食べやがって! 許さん! 許さんぞ人間!!』
「いや、あなたが始めたんだろ……」
「むぅ!」
ポキッ ←何かが折れる音
プツッ ←赤い光の画面が切れる音
「「え?」」
突然映像が切れて声をそろえるミルとマナ。
「許さぬ……。あの闘いを思い起こさせるとは……」
どうやら、あの闘いで負けたのが相当悔しかったのか、身体をプルプルと震わせるレイ。なのだが、そんなレイを見たミルとマナは、かつてないほどの絶叫を上げる。
「「あぁあああーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!?」」
「む? どうしたのだ二人と……も……」
事態に気が付いたのか、レイも思わず絶句する。
レイが過去の映像を見ようとして触っていた伝説の剣。だが、怒りのあまり力が入ってしまったのか、レイはやってしまった。勇者あるまじき行為を。最もやってはいけない行為を。
伝説の剣を真っ二つに、スナック菓子を折るかのように、ポキっと折るという行為を。
「折れた」
「折れた……じゃないでしょ!!!?」
あまりにも衝撃的且つ緊急事態にマナは顔を真っ青にしている。
「ふ、ふむ。どうやら、そんなに丈夫ではなかったようだ」
「ええ……。いやでも……。ええ……」
「ミル。物を元に戻す魔法的なのはあったりするか? それこそリセットボタンのようなアレを」
「もうとっくにやってますのっ!! ちょっと兄さまは黙っててなのっ!!!」
と、顔を真っ赤にして叫ぶミル。ミルはスティックを剣に向かって突き出している。
ぽっきりと二つに折れた剣はレイの手元を離れ、空中でくるくると回りだす。どうやら、魔法がうまく機能しているようだ。
「すみませんでした」
流石に反省しているようで、レイも静かにきっぱりと頭を下げる。
「よ、よかったぁ……」
だが、これで剣は元に戻る。相変わらず、天才的な魔法使いのミルには誰も頭が上がらない。
安堵の笑みでミルを眺める二人は、味方であって本当に助かったと言わんばかりである。
「の? あ、あれれ?」
「む? むむ!?」
だが、事態はさらに急変する。空中でくるくると回っている剣は確かに一つに、元の姿に戻った。だが、剣は止まらない。空中で回転したままである。
「ミ、ミル? 一体どうしたというのだ?」
「わ、わからないの! 魔法はとっくに止まっているはずなのに!」
ミルは既に魔法を止めている。にもかかわらず、剣は宙で回転したままである。そして。
「む!?」
回転しながらも、剣は独りでに動き出し、食堂の隅っこへと向かっていく。そして、食堂の隅っこにおいてあるのは、剣が刺さっていた台座であった。
台座の真上に行くと、剣は回転するのをやめる。すると……
「え、ええ……」
剣は独りでに、真っ直ぐに、台座へと突き刺さった。まるで家に帰ったかのように。
「ふむ。台座に戻っただけか。全く驚かせる剣だ」
やれやれと言いながら、レイは剣を再び取りに台座の元へと向かう。
「早く別の映像を見なければ……っ! ん!? むう!?」
昨日のように剣を抜こうとするレイだが、なんだか様子がおかしい。
「あ、あの……レイさん?」
「兄さま。まさかとは思うけど……」
レイは顔を歪ませて、剣を引っ張っている。その姿はまるで、マナがレイと出会ったばかりの頃のようだった。
「ぬごぉおおおおおおおおおおおお!!!」
と言うように、大声を上げて伝説の剣を引っ張る。だが、剣は引き抜けない。
だが、そのうちレイの表情は少し和らぐ。二の腕をプルプルさせながら、レイはその剣を両手で持ち上げた。
「ど、どうだ? 抜けたぞ? 何も問題はない。……はぁ、はぁ」
「「はぁ……」」
台座ごと、伝説の剣を持ち上げて、両手で構えるレイのその姿は、昨日のような勇者のそれには思えない。なのだが。
「ふふ……」
「クスクス……」
額から汗を流しながら、二の腕をプルプルさせて、台座ごと伝説の剣を両手で持ち上げるその姿を見て、レイもミルも思わず頬が緩んだ。
「ふむ。マナ殿、なにか言いたげな顔をしているが、どうした?」
「はぁ……。一言だけ言わせてください」
マナは一度深呼吸し、レイの目を見つめる。そして、はっきりとこう言い放った。
「お前絶対勇者じゃねえよ」
剣に選ばれなくても、身分や肩書が勇者ではなくとも、それでも勇者らしくあろうとする。そんな男を目の前に、マナの表情は、とても穏やかであった。
お前絶対勇者じゃねえよ 平カケル @Neru-Kure-Zero
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