第12話

「えっぐ……。だから、暴走する前に殺さなくちゃならないの……。えっぐ……。兄さまを……ころ……殺さな……くちゃ……」

 泣きじゃくりながら、そう答えるミル。

 レイは世界を自由にできるほどの力がある魔王だとマナにも言っていた。ミルの言っている事と、レイが言っていた事が事実なら、恐らくレイは正真正銘の魔王になろうとしている。だから、暴走する前に殺せ。そう告げた。

 かつて勇者に頼んだように。今度はそれをマナとミルに頼んだ。

「何……勝手な事を……」

 黒に染まるレイの姿を見て、マナは身体を震わせる。震わせながら、顔を伏せた。

「ハァーーッハッハッハ! こいつは驚いた! 本当に魔王になっちまうなんてなぁ! だったら……」

 だが一方のジクスは、勇者の剣を掲げる。すると、勇者の剣はこれまでの数倍まばゆく緑色のオーラが光り輝かせる。

「ゆ、勇者の剣が……光っているの……」

「…………」

 驚き、目を見開くミルだが、マナは前を見ることなく、黙って顔を伏せている。

 絶望にうちしがれているそんな二人を見て、ジクスは不気味に笑う。

「はっはっは! 伝説の剣は魔王に反応して力を発揮するぅ! よって、貴様が魔王としての真価を発揮した今、剣もまた真価を発揮するのだぁ!」

 そう言いながら、ジクスは勇者の剣を構える。これまでよりもはるかに神々しく光り輝かせる剣を片手で持つその姿は、皮肉にも、レイが持っていた時よりもはるかに、勇者のそれに近しいものだった。

「魔王である貴様をこの剣をもってして葬り去り、私が勇者となる! そして、王以外の国中全ての存在は私にひれ伏すのだぁ! 女は全て俺のモノ! 男は俺の為に働けぇ! 女は腰を振って俺の前に屈しろぉ! 我こそが勇者だぁ!! ふはははははは!!!」

「……ざけるな」

「ああん? 何か言ったか、雌豚」

「ふざけるなって言ったのよ!!!」

 涙を流し、マナは顔を真っ赤にしている。

 マナは光の球を何個も何個も生み出し、それをジクスに向かわせた。

「無駄だぁ! そんなトロい魔法じゃ俺は倒せねえ!」

 次々と球を剣で弾くジクスだが、マナは球を生み出すのをやめようとしない。

「目ぇ覚ましなさい! あなた、勇者なんでしょ! なに勝手に諦めているんですか!」

「…………」

「何度も何度も勇者じゃないっていっても、ずっと否定し続けたあなたが、他人に、しかもあんな奴に簡単に剣を取られて、そのくらいでへばってどうするんです!?」

 マナは次から次へと光の球を生み出し続ける。

「言いましたよね!? 魔王が勇者になっちゃいけない決まりなんかないって! 言いましたよね!? 勇者とは選ばれし一人がなる者じゃないって! 言いましたよね!? 勇者とは自分からなるモノだって!」

 マナは休む間もなく次から次へと光の球をジクス目掛けて放出し続けている。剣で弾かれてもそれでもマナは諦めない。

「言いましたよね!? 私に! 偽りの自分では勇者にはなれない! 勇者になれるのは真の自分だけだって! 教えてくれたじゃないですか私に!」

「ごちゃごちゃと何を言っている!! 無駄だ! お前はもう俺の肉便器なんだよ!」

「嘘だったんですか!? 私に見せてくれたものは! 剣がまともに持てなくても果敢に戦ったあの姿は! あの固い意志は!」

「ああ、面倒だ! もうお前を犯してやる!!」

「こんな変態下衆野郎よりも、あなたは勇者じゃなかった!? そんなわけないでしょ!?」

 マナは涙を流しながら、必死に魔法を生み出し続け、必死に魔法を放出し続けて、必死に例に訴えかける。

「例え剣が台座から抜けなくても、例え剣がまともに持てなくても、例え剣を引きずり歩くことになっても、それでも勇者であり続ける! それが、あなたでしょ!? 勇者レイでしょ!? 偽りの自分に負けるな!! 真の自分と向き合え!! 魔王レイネルなんかの道に逃げないで、ちゃんと向き合え! 闘えーーーーーーーーっ!!!!」

 マナの声と共に、マナの繰り出した光の球の一つが、ジクスの右手に命中する。

「な、しまった!!」

 ジクスは思わず伝説の剣を手放す。ジクスの手から離れた伝説の剣は、神々しいオーラを放ちながら、台座が下になるように地面に落ちる。

 奇しくも、伝説の剣の目の前には、黒に染まったレイの姿があった。

「…………」

 レイはゆっくりと手を動かし、伝説の剣の柄の部分に手を添える。

「マナ殿。貴殿の説教、痛み入る」

「レイ……さん……?」

「貴殿の言う通りだ。私は危うく逃げ出すところだった。ボス戦なのに逃げるコマンドを使うのは禁句。同じ過ちを犯すところであった。うむ、危ないところであった」

「ちょ!? そんな事言っている場合じゃ……」

「だから、今度こそ見せよう。私の、真の姿を」

 レイは柄に両手を添えて、ぎゅっと握りしめる。伝説の剣から放たれるまばゆい緑色の光のオーラがレイの全身の黒いモヤを一瞬のうちに消し去っていく。そして……

「ジクスよ。一つだけ言っておこう。正しき心を持つ者は、皆誰でも、なりたい者になれるのだと。肩書や身分など関係なくだ」

「なに?」

「貴様にこの剣は釣り合わない。貴様にマナ殿は釣り合わない。貴様に女は釣り合わない」

「て、てめぇ!!!」

「悪いが、抜かせてもらおう。剣を」

 レイはゆっくりと伝説の剣を持ち上げる。だが、うめき声を上げることも、雄たけびを上げることもなく、レイは、無言で伝説の剣を……引き抜いた。

「「なっ……!」」

「ば、馬鹿なぁああああああああ!!?」

 泣きじゃくっていたミルも思わず泣き止み、顔を赤くして涙を流していたマナもまた、思わず目を疑う。

 緑色に光り輝くオーラは、赤い光へと変貌する。台座はそのままで、伝説の剣本体はレイの片手に宿った。

「魔王レイネルは仮の姿。私はレイ。勇者レイだ」

 黒いマントが舞い上がり、紫色の髪も赤いオーラによって舞い上がる。

 赤い光に包まれたその姿は、まるで、勇者のそれだった。

 一方で、台座から伝説の剣を引き抜いたレイの姿に、ジクスは激しく戦慄していた。

「あり得ない……あり得ないぃいいい! 魔王が! 魔王がそれを引き抜くなど! その剣は……その剣はあの方の……」

「貴殿の存在と発言は、R18だ。マナ殿が怖がっているうえ、成長期のミルの悪い影響でしかない。悪いが、一ターンで終わらせてもらう」

「な……に……?」

 レイは伝説の剣を片手で縦に振り下ろす。

 何か光り輝く斬撃波が出るわけでも、激しい稲妻が降り注ぐわけでもない。

 レイの動きに合わせて、ジクスの身体が真っ二つに斬れた。

「あぁぁああああああああああ!! 切れたっ!? 切れたぁああ!! 俺の……っ! 俺の……ち」

「もう貴様に発言はさせない。浄化するがよい」

「あぁあああ……ケ、ケケケケ、へへへはははは、む、無駄だ……。俺を、俺を倒したところで、魔法は止まらない……。国は変わらない……。なぜなら、魔法の発動者は他にもい」

「貴様に発言はさせない」

 レイは、今後は横に剣を振る。すると、ジクスの身体は横に真っ二つに斬れる。

「ぁああああああ……」

 四つに分かれた魔獣の姿となったジクスの身体。それらは全て緑色に光り輝き、うっすらと消えていった。

 ジクスは光の塵となり、そのまま消えうせた。

「…………」

 今までの戦闘の騒音はどこにもなく、静けさだけが残る。

「勝った? 私達、勝ったんですか……?」

 さっきまで必死に魔法を放っていた相手があっという間に消えうせた事が到底信じられないようで、マナは思わずレイにそう尋ねる。

「うむ。私達の勝ちだ。マナ殿」

「はぁ……よかった……」

 レイのセリフを聞いてようやく安堵したようで、マナはその場で崩れ落ちた。

 これまでマナを肉体的にも精神的にも追い詰めた存在。そいつはもうこの世にはいない。ひとまず安堵の一息をつくマナだったが……

「次は、どうか……清き魂として生まれ出て下さい」

「マナ殿……」

 悪魔のような存在であっても、マナは手を合わせ、目を瞑った。そんなマナの姿に、レイは少し表情を和らげる。

「兄さま……兄さまぁああああああああ!!!」

 一方で、魔王化していくレイを見て、極限状態が続いていたミル。遂に限界を迎えたようで、勝ったことを知るやいなや、一目散で兄であるレイに飛びついた。

「む? ミル?」

「もう勝手は許さないのーーーっ!! 兄さまは、兄さまは魔王になっちゃダメなのーーっ!! 絶対許さない! 許さないのーーーーっ!!!」

「ミル……」

 と、泣きわめくミルに、レイはそっと頭を撫でる。

「相変わらず手厳しい妹だ。私を許してはくれぬとは」

 と、勇者になったにもかかわらず、相も変わらず何か勘違いをしているこの男。マナは思わず口を挟む。

「いやいやいや、違いますから。それ手厳しいとかじゃなくてただ単に甘」

「もう許さないのーーーー!!! 兄さまなんて嫌いなのーーーーー! うぇーーーん!」

「そうか……」

 と、明らかに真逆の事を言うミルと、真に受けてしょんぼりするレイ。

「ええ……」

 やはりマナは困惑せざるを得ない。でも、いつものように、こういうやり取りができる状況に戻ったことを実感したのか、マナはくすっと笑った。

「勝ったんですね。私達。よかった。本当によかったです」

 と、座り込みながら静かに喜ぶマナ。一人で喜ぶマナを見て、レイはこう言い張った。

「ふ、マナ殿も、私の懐に来るか?」

「んなっ……! ば、馬鹿言わないでください……」

 と言いながらも、マナはちょっとミルを羨ましそうにちらちらとみている。

 そんなマナの元へ、ミルをあやしながらレイは近づいていく。そして、レイは頭を下げた。

「ありがとう。マナ殿のお陰で、私は道を踏み外さずに済んだ」

「レイさん……」

「私にとって、マナ殿はとっくに勇者だ。魔王となる私の心を救ってくれた。礼を言う」

「私が……勇者……」

 とっくに、憧れていた存在である勇者だと言われ、マナは困惑している。だが、思うところがあったのか、マナは首を振った。

「私は、そんなんじゃありません。私はただ、辛い思いをするミルちゃんや、死を覚悟してまで道を踏み外そうとするレイさんを見て、じっとしていられなかった。レイさんが死ぬのが嫌だった。たったそれだけなんです」

「その他人を想う気持ちがあれば十分だ。マナ殿は、もうすでに器は立派な勇者だ。元魔王現勇者の私が言うのだ、間違いない」

「そう……なのですかね……」

 しっくりこないのか、やや困惑気味のマナ。そんなマナを見て、レイは優しく微笑みながら、左手を前に差し出した。そこには、抜いた剣が神々しく光り輝かせながら、しっかりと握られていた。

「抜けましたね。剣。本当に抜けるなんて思いませんでした」

「ふむ。正直びっくりした」

「ふふふ。やっぱり抜けるとは思っていなかったんですね」

「だが、正しき心を持つものなら必ず抜ける。そうに違いない」

 そう言いながら、レイは左手を何度もクイっと上に上げる。

「マナ殿も、きっと持てるはずだ」

「え、でも……」

「大丈夫さ。迷いが晴れ、私を救ったマナ殿なら、きっと……」

「…………」

 ごくり。と、唾をのみながら、マナはそっと手を差し伸べる。マナの右手が、神々しく光り輝かせる伝説の剣の柄に触れた。その瞬間だった。

「む? 剣が?」

「え? ええ?」

 剣は赤い光を発しながら、空中に一筋の光を放つ。そして、その光は四角を描き、その中から何かが映し出された。

『ジクスよ、守備はどうだ』

『くく、問題ありません』

 そこに映し出されているのは、さっき倒した魔獣のジクスではなく、まだ人間だった時のジクスの姿。他にも6人見慣れない容姿の者たちが映っている。だが、顔がはっきりとわかるのはジクスだけだった。他は靄がかかって見えない。

「む? これは……過去の映像か」

「過去の映像……?」

 困惑する一同だが、映し出されている映像は淡々と流れる。

『お前たち七人の欲の力をもって、この魔法は完成する。この魔法をもってすれば、邪魔な魔物どもや危険極まりない魔力を秘めた忌々しい魔王を混乱に陥れることが出来る』

『ケケ、正に完璧な魔法』

『強欲、怠惰、嫉妬、傲慢、色欲、暴食、憤怒。お前たちがそれぞれ抱く欲のトリガーを持ってすれば、魔物も、更には人間も、真の姿を現すだろう。そしてこの魔法は、お前たちが存在し続ける限り、決して消えることはない。国を、ひいては最終的には世界全てがこの魔法によって支配されることだろう』

「な、なんなんですか、この映像……」

「…………」

『この魔法を使い、ブレイブ王国を掌握し、やがて、我々が世界をも掌握する。我々にはその権利がある。そう、特別な力を持った我々は』

 映像には映っていない謎の男の声。そこで、映像は途切れた。

「今のって、ジクス……ですよね」

「うむ。やはり奴は、元々我々の時代にいたようだ」

「ジクスを倒しても消えることがないって……。そんな……」

「どうやら、事態は想像よりもはるかに大きいようだ」

 流石のレイも驚いたようで、はぁっと深くため息をついている。

「まだ、戻らないってことですよね……私の国は。お父様は……」

「マナ殿……」

 この映像が本当ならば、魔法の発動の指揮をとった者が一人。そして、発動したものは全部で七人。そのうちの一人がジクスのようだ。

 つまり、まだ少なくとも後六人、暗躍している者たちがいる。その事実は、マナにとっては心が重くなる要因その物のようで……。

「ごめんなさい……ちょっと、頭痛いから、休ませてもらっても……?」

 座り込んだまま、マナは頭を手で抑える。

「ふむ。そうだな。私達も少し疲れた。生憎この城は、今は単なる空き城。ここの客間で休むとといい」

「ありがとうございます。レイさん」

「ミル。すまないが、マナ殿を案内してやってくれ」

「わかったの!」

 ミルはマナの手を取り、広間から後にする。

 やがて、レイ以外誰もいなくなった広間で、レイは深くため息をついた。

「まさか……お前の仕業なのか……?」

 レイも、マナと同じように手で頭を抱えた。

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