第10話
「うぅ……」
薄暗い空。赤い月。
犬のような遠吠えが響き渡る中で、マナはそっと目を覚ます。
「え……ここは?」
立ち上がるやいなや、きょろきょろと見渡すマナだが、そこは見たことのない景色。少なくともレンガロではないどこか。暗くてはっきりとは見えないが、恐らくそこは何処かの城門前。大きな城のような建物がマナの目の前にある。周りは草木に囲まれており、どこなのか、どこの城なのかはマナにも分からない。
「レイさん? ミルちゃん?」
二人を呼びかけるマナだが、返事は帰ってこない。どういうわけか、そこにいるのはマナ一人だけだった。
「ここはどこなの……」
レイのマントに包まれ、気が付くと見たこともない別の場所。あまりにも唐突な出来事に、マナは動揺を隠せない。
二人を探そうとしているのか、マナはきょろきょろと見渡した後、その城門をゆっくりと開ける。だが、その時だった。
「いけないなぁ……こんなところで一人でいるなんてなぁ」
「な!? ……この声は! うっ……」
背後を取られたマナは、その人物にうなじを思いっきり叩かれる。倒れこむようにして、マナは再び気を失ってしまった。
「ククク、可愛がってやるよ、マナ」
その人物は不敵な笑みを浮かべて、マナの衣服に手を伸ばした。
やがて、マナは再び目を覚ます。
だが、目を覚ました時、マナはあられもない声を上げた。
「きゃぁあああああっ……!!」
「ククク、よーやく目を覚ましたかぁ? マ~ナ~ちゃぁ~~ん」
「いやっ……いやぁっ……!」
さっきの城の中だろうか。外とは打って変わって、意外と明るい広間の一番奥。
衣服をはぎ取られ、あられもない姿で、大の字に両手両足を拘束されているマナ。
豊満な胸と、マナの秘所を守っているのは薄っぺらい布……黒い下着だけ。
だが、マナの豊満な胸は既にそいつにいいように弄ばれていた。
「クク、おはようございまぁ~~す! マ~ナちゃぁ~~~ん」
「んん……っ!」
胸を鷲掴みにされる中、顔を歪ませ、必死に我慢するマナ。だが、それ以上にマナの顔は青ざめている。それは目の前にいる人物が、マナにとっては最も嫌いな人物且つ会いたくない人物だからなのかもしれない。
「ジ……クス……!」
苦痛そうにそいつの名前を呼ぶマナ。そいつの名前はジクス。ブレイブ王国の神官にして、マナの上官。上流階級の中でも圧倒的な名声や権力を持ち、それを出汁に色んな部下に好き勝手してきた異端者。当然、マナもその被害者の一人であり、これまでマナに散散のパワハラやセクハラを行い、マナをいたぶって楽しんできた下衆である。
いつか本当にマナの貞操を奪わんと襲い掛かってくるのではないかと、マナが最も恐れ抱いていた人物。
そんな人物が、あられもない姿、あられもない格好のマナの目の前でニタついている。
眉間にしわを寄せ、必死に目をそらすマナだが、ジクスは手を止めない。
「あぁ? ジクス様! だろうがっ!!!!!」
「ひゃぁああっっ!! 痛いっ……! 痛いぃっ……!!」
乱暴に揉みしだかれる胸は、既に赤くなる。気を失っている間にもどのくらい弄ばれていたのだろうか。だが、そんなことを考える余裕などマナにはない。
「なんで……なんであなたがここに……んんっ……」
「クク、会いたかったぜマナ~~! おめえが裏切るのをずっと待っていた! こんな感じで自由に縛ってお前を犯して堕とすのはオレの夢だったからなぁ~~! 今夜はスーパー長いぜマ~~ナ~~~!」
「…………っ!」
裏切るのを待っていた。ジクスはそう言っている。どうやら、マナが国を裏切って結界を各地に設置している事がバレてしまったらしい。
今は王族をはじめ、上流階級絶対且つ差別主義の超ピラミット社会。当然、上流階級であっても裏切者には容赦ない。裏切者には人権などない。国に背いて市民を助けた結果、姿を消した者たちが数多くいたのをマナは知っている。
そして、遂に今度はマナの番というわけらしい。
「ヘヘヘ、相変わらずけしからん乳だなぁ、マナちゃんよぉ~~」
「…………っ!!」
声を殺して、必死に我慢するマナだが、その苦痛の笑みはこの男にとってはむしろプラスに働いていた。
好きでもなんでもない男に、あられもない姿をさらされ、弄ばれる。
乱暴されている事による身体の痛み、そしてそれ以上に襲う計り知れない心の痛みからか、マナは瞳に涙を浮かべた。
そして……。
「そぉ~~らよぉっ!!!」
「…………っ!!」
ペシンッという音が、広間に大きく響き渡っていく。マナの右頬は赤く腫れ、マナの目からは涙が零れ落ちた。
「クーーーッヒャハハハハハ! 苦しいか? 苦しいだろぉ?? 助けを呼んでも無駄だ! ここはいわゆる廃墟施設! 誰も助けには来ないぜぇ!??」
「…………っ!」
涙を流しながらも、マナは負けじとキリッとジクスを睨みつける。
「なんだよ? なんだよその目は? あぁ!!?」
マナの顎を掴み、ジクスは鋭い目つきでマナを見下す。だが、マナは目をそらさずにジクスに睨み返した。
「こんな事をしたって、無駄ですから……。私は……決して屈しない」
「ああ?」
「あなた方が作り上げた腐った世界は、私達が打ち砕く……」
国に背き、市民を救う事を決意したマナの心はこの程度では壊れない。
それに、マナはこの時気が付いていた。ジクスの後ろで、この広間の扉がゆっくりと開いている事に。
「威勢がいいな? いつからご主人様に噛みつくようになった? あぁあ!!?」
ジクスはマナの頬を往復ビンタする。何度も何度も。
抵抗できないマナは顔を歪ませながらも、必死に我慢する。真っ赤に染まり、内出血を起こす可憐なマナの顔。
でも、マナの目は死なない。生きた目でジクスを睨みつけている。真っ直ぐなその目は、まるで、女でありながらも誇り高く威厳に満ちた王のようだった。
「お前……なんなんだよ」
幾らいたぶっても屈しないマナに、ジクスは僅かに動揺している。以前までなら、上からの圧力にただただ耐えて、怯えるマナの表情が見えたはずだった。だが、その頃のマナの姿はどこにもない。
「はは、いいぜ。だったらよ……」
「なっ……!?」
ジクスは神官のローブに手をかけ、衣服脱ぎ捨てる。
上半身は裸になり、ジクスもまた下着一枚のあられもない姿になる。
「お前を犯して、堕として、俺のモノにしてやる。永遠にな」
ジクスは不気味に微笑みながら、再びマナの顎に手を添える。だが、その瞬間だった。
「…………んぁ?」
ペッっという音と共に、ジクスの顔に、若干血が混じったような赤い液体が付着する。それはジクスに睨みつけるマナの口から放たれたものだ。
「決まりだな。ククク、イかせてやるよ。千本ノックだ」
「……何をしようとも、私は……決して屈しない……!」
そうは言っても抵抗も出来ないマナ。自分でもそれが分かっているのか、マナの声はどことなく震えている。
「所詮は口だけだな」
「…………」
ケケケと笑いながら、ジクスの口がマナの唇を奪おうと迫る。涙を流しながら、マナは必死に目を閉じた。
だが、その時だった。
「待たせたな。マナ殿」
「…………っ!?」
マナはパッと目を開き、迫りくる下衆の顔の更に後ろ側へと視線を逸らす。
ミルの魔法で姿を消していたのか、ジクスの真後ろで、大きな台座付きの剣を大きく振り下ろそうとするレイが突然と姿を現していた。
「マナ殿は貴殿のような者とは天と地の差で釣り合わない」
レイは伝説の剣を振り下ろし、ジクスの脳天を叩きつける。
「ぐぉっ!」
鈍い音と共に、ジクスは膝をつかせた。そして……
「マナどの! 今助けるの!」
レイの背後から、今度はミルが姿を現した。
「破廉恥な事はノーなのー!」
ミルは小さなスティックをマナに差し向ける。すると、マナの手足を拘束していた高速具は粉々に砕け落ちる。
「ひゃっ!」
「おっと」
体勢を崩し、倒れこむマナだったが、そんなあられもない姿のマナをレイが抱きかかえた。
「え、あ、その……ありがとう……」
「むう……」
「あまり……じろじろ見ないで……ください……」
抱きかかえられたマナは恥ずかしそうに顔を俯かせている。だが、そんなマナにレイはこう告げる。
「マナ殿、意外とスタイルがいいのだな」
「んなっ!? ちょ……」
マナを抱きかかえながら、優しく微笑むレイ。その優しい笑顔は、まるでマナが憧れていた勇者のようであった。
「変態……。何言っているんですか……」
あられもない姿でレイに抱きかかえられたマナの顔は赤くなっていた。最も、それはジクスに叩かれた事でできたものなのか、もっと別の違う理由なのかは分からない。
「マナ殿、私は勇者だ。嘘は付けない。だからこんな状況だからこそ、今だからこそ、貴殿に言いたいことがある」
「えっ……」
あられもない姿のマナを抱いたまま、顔を赤く染めるマナの間近で、レイは真剣な眼差しを向ける。マナは目を見開くと同時に、その眼差しをじっと見つめる。
顔を熱くさせるマナに対し、レイは勇者らしく、こう言い放った。
「重い。つまり、マナ殿は着痩せするタイプ」
ゴンッ ← レイがグーパンで顔を殴られる音
「あーー……今のは完璧に兄さまが悪いの……」
さっとレイの手を振りほどき、マナはそばを離れる。
「お前絶対勇者じゃねえ万が一いや億が一そうだったとしても私が認めねえ絶対認めねえ」
「ははは、元気そうでなにより……」
「あんたのお陰で一気に元気なくなったわ!」
と、いつものようにツッコミの切れが戻るマナ。どうやら、二人が来たことで一安心しているに違いない。とはいえ、この広間に入ってあんなこと(ジクスに拘束され、身体を軽く弄ばれる)やこんなこと(ジクスに暴力を振るわれる)やそんな事(レイに重いと言われる)をされたマナは心底怒り心頭のようだ。
「マナどの! 今治してあげるの」
「え? うわぁっ?」
一方で、ミルは再びスティックをマナに向ける。すると、たちまちマナの身体に青白い光が纏う。マナの身体に神官のローブが着衣され、さらに、赤くなったマナの顔も忽ち元に戻る。
「ありがと! 本当にありがとうミルちゃん!」
「お安い御用なの。そして遅くなってしまってごめんなの」
マナはぺこりと頭を下げると、続けてこう話す。
「アイツ、兄さまの移動魔法を妨害して、マナどのだけを引っ張り出したの。だからマナどのがいなくなっててびっくりしたの」
「そうだった……ええ? い、移動魔法!?」
「うん! 兄さまの魔法なの」
「あ、あの人、そんな魔法を使えたの……」
ちゃっかり、これまたなかなか聞いたことも見たこともない魔法を今度は自称勇者のあの男が使えると知り、マナは項垂れている。
「恐らく、アタシの家を襲ったのもアイツなの」
「ミルちゃん……」
ミルの研究所を襲ったのはジクスらしい。ミルは拳を握り、プルプルと震えている。
「それだけでなく、マナ殿に酷い事を……。本当に許せないの! マナどの本当に大丈夫なの!? 他にけがはない!? というか遅れて本当にごめんなの!」
どうやら、プルプルと震えている本当の理由は、マナが酷い目に遭ったからという側面の方が大きいようだ。それを察したからか、マナは嬉しそうにくすっと微笑んだ。
「ううん。大丈夫だよ。こうして、二人とも助けに来てくれたから」
「にしても、乙女の身体を、しかも他でもないマナどのの身体を好き放題するなんて、絶対許せないの。魔王に代わってアタシがこの者を葬るの」
そう言うと、ミルの目は大きく見開く。
「アタシが消し炭にしてあげるの」
どうやら相当怒っているのか、ミルの顔は狂気に満ちていた。
「ミ、ミルちゃん!? ちょ、怖いよ!? 私はもう大丈夫だから、お、落ち着いて……」
「そうはいきませんの。大切なマナどのが酷い目に遭った。大切な人が酷い目に遭う。それだけで腸煮えくり返りますの」
「ミルちゃん……」
「だから、これが、仲間ってやつであってますの? もしかして、ミルとマナどのはもう仲間なの?」
「うん。とっくに仲間だよ。もう私達は」
マナは優しく微笑みながら、ミルの頭を撫でた。
「私も、ミルちゃんが酷い目に遭ったら許せないと思う。いや、ミルちゃんだけじゃない。レイさんだって。だから、私達はもう仲間だよ」
「はーーーーーーっ!!」
それを聞いたミルは顔を真っ赤にし、顔を輝かせる。
そんなミルの姿を見て、マナはくすっと笑った。
「ケケケ、マナよぉ~……」
「…………っ!?」
ミルとマナの絆が深まる中、下衆な男のうめき声と共に、ソイツは立ち上がった。ジクスはまだ倒れていない。頭を抑え込みながら、ぜーはー言いながらマナとミルを睨みつける。
「お前……やっぱ本当に裏切りやがったんだな。人間であるお前が、よりにもよってそいつらに味方するとは……」
「…………?」
何を言っているの? と言わんばかりにマナは疑問そうな表情を浮かべる。
「はぁ? 何だその顔? まさかお前……ああ、はは、はははははは」
そんなマナを見て、ジクスは不気味に笑っている。狂ったように。まるですべてを見透かしたかのように。
「コイツぁ傑作だ! お前、知らないのか!! だからそいつらと……その兄妹と! くくくクヒャーーーハハハハハ!」
「何? 何なの……」
マナも不気味にに感じているようで隣にいるミルと、ジクスの後ろにいるレイを交互にみる。まっすぐ前を見据えるレイ。だが、その視線の先にはミルがいた。
「…………」
「ミル……ちゃん?」
ミルはどういうわけか、目を伏せていた。
「ア、アタ……シは……」
「え?」
「ごめんなの……。やっぱりアタシは、マナ殿とは仲間になれないかもなの……」
そう言いながら、ミルは顔を上げる。
「だってアタシは……アタシたちは……」
「ミルちゃん……」
ミルの目は涙で濡れている。何かを言いたそうにしているミル。だったが。
「教えてやろう、マナ! そいつらの正体を! ここの城の正体を!」
ミルが自分で何かを話そうとするのを邪魔せんばかりに、狂ったように笑うジクス。目を見開き、不気味な笑みを浮かべながら、ジクスはこう言い放った。
「その男の正体は、伝説の勇者が封印したかつての魔王! 魔王レイネル!」
「なっ……」
「そしてこの城は、魔王レイネルの拠点だ! お前は人間の敵に味方してんだよぉ! ふひひひひはははは!」
「…………」
ジクスから放たれた衝撃のセリフに、マナは目を見開く。再びマナはレイを見るが、レイは黙ったまま前を向いている。
「そしてその女は魔王レイネルの妹。どちらも人間の敵。我々の敵なのだよ、マナ」
「うぅ……」
青ざめた表情を浮かべながら、ミルは顔を再び伏せた。ガタガタと震わせるその様子から、どうやらジクスが言っている事は本当のようだ。
だが、合点が行かないわけでもない。どこか器の大きく動きの読めないレイだが、聖域にある伝説の剣を台座事引きはがし、更には魔法を吸収して未知なる技を見せつけた。妹のミルはマナの知らない魔法を数多く扱う天才魔法使い。人外だとしても合点は行く。
「…………」
その事実を耳にしたマナは、呆然と立ち尽くしている。
「よもや、国どころか人間を裏切って魔王に手を貸すとは、落ちたものだな。くくく、ははははは」
不気味に笑うジクス。だったが。
「「くく……くくく……」」
笑っているのは、ジクスだけではなかった。
「な、なに? 何を笑っている?」
「「ふふ……くくく……」」
「なんだ……? 何がおかしい!?」
その二人の普通ではないその様子から、思わず額から汗を流すジクス。
笑っているのは男と女。どちらも、笑いをこらえるかのように、息を殺すように笑っている。
「ど、どうして……どうして笑っているの? マナどの」
「だって……だって……ねえ……」
「え……?」
明らかに様子のおかしいマナに困惑するミル。そう、笑っているのはレイとマナだ。
マナとレイは顔を合わせながらクスクスと笑っている。
まるで全てを見透かしたかのように。
「ふ、まさか、このようなところで……よりにもよってこの場所で見つかるとは……。クク、やはりマナ殿は勇者の素質があるやもしれぬ」
「ふふ、少なくともあなたよりはある自信はありますけど……。ね、魔王さん?」
「え!? マ、マナどの?」
意外なやり取りに、ミルは驚いている様子。特に驚くことも、ましてや絶望することもなく、マナはすんなりと、その男の事をその肩書で呼んでいる。
それはまるで最初から知っていたかのようだった。
「ふむ、そのような事を言っていられるのも今のうちだぞ? マナ殿。なぜなら私は剣に選ばれし勇者」
「って、どこがですか!」
「ふ、とは言え、話しておいて正解だったようだ。おかげでボロを出してくれた」
「初めて聞いたときはびっくりしましたけどね」
「だが、すんなり受け入れるマナ殿にこちらも驚いたものだがな」
「まあ、あんな技見せられた後ですし……。それにあんな話まで……。どちらにせよ、作り話には思えなかったので」
「ま、まて! まてまてまて!! なんだ!? 何がどうなっている!?」
と、不自然なやり取りをするレイとマナに対して、激しく動揺するジクス。
「そいつらは! 魔王なのだ! 魔王と! その妹なのだ! 人間の敵! 人間が倒すべき相手! おいマナ! この雌豚! てめえ分かっているのか!?」
「ええ、あなたと違って雌豚ではないですけど。でも、分かっていましたよ。少し前から」
「な……に……?」
「こっそり囁かれたんです。耳元で。レイさんに」
と、きっぱりとそう告げるマナ。
レイがマナに耳元で囁いたのは、メルニの村から旅立つ直前の事だった。
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