第9話
「着いたのーー!」
「ここが、レンガロの町ですか」
同日。レイの妹を加えたレイとマナの三人は、無事にレンガロの町へとたどり着く。
レンガロの町はその名前の通り、あらゆる建物がレンガブロックで形成されている。至る所には階段や坂道があり、住宅街も、横に広がっていくのではなく、高低差を利用した立地で縦に広がっている。
「この町のラボがアタシの家なの。とりあえずそこに向かうといいのー」
あっち、と上の方を指し示すレイの妹。どうやら上の方にレイの妹のラボ、もとい家があるらしい。
「そこに行けばマナどのの手伝いができるの! 安心してほしいの!」
「心強い! ありがとう。ああ、えーっと」
「の?」
「そういえば……名前、何て呼べばいいのかな?」
「おお! そうだったの!」
そう言えばまだ名乗っていなかったレイの妹。
「名乗ってなかったの。ごめんなの」
「ううん。さっきはそれどころじゃなかったし。それで? 名前何て言うの?」
「ミルク。アタシの名前は……ミルクなの」
少し恥ずかしそうに、声のトーンを下げるレイの妹。
「ミルク。ミルクちゃんか」
「でも、ミルクって牛乳って意味だからあんまり呼んで欲しくないの。昔っからよく弄られていい想いしたことないの……」
ミルクは悲しそうに顔を伏せる。名前で弄られた過去を思い出しているようだ。
「だから、ミルって呼んでほしいの!」
「ミルちゃんね! わかった!」
「お、おおお! よ、呼んでくれるの!?」
「勿論。ミルちゃん」
「はーーーーーーーーーっ!!!」
と、ミルは顔を赤くして嬉しそうに昇天している。
「ど、同性にミルって呼ばれたの初めてなの! し、しかもちゃんって! ちゃん付で呼ばれたの! 嬉しいの!」
「あ、ははは……それはよかった」
たったのこれだけで大喜びなミルを前に、マナはやはり困惑している。けど、喜んでいるミルを見て、そのうちマナの頬は緩んでいった。
「いつもは姫様とか殿下とか、かたっ苦しいあだ名ばかりだったから、嬉しいの」
「そ、そうなん……ええ? 姫様?」
ミルの意外なセリフに、マナは思わず耳を疑う。
「うん。堅苦しいから嫌なの」
「あーー。なんか、変わったあだ名なんだね」
「だからミルちゃんって呼んでくれて嬉しいの! ありがとうなの!」
「そっか。じゃあ、もっと沢山呼ばなきゃだね!」
それを聞いて、再び顔を輝かせるミル。
少し不愛想なレイとは違い、ミルは天真爛漫のようだ。
「むぅ……」
と、ここでようやくレンガロに入ってから口を開くレイ。だんまりを決め込んで、チラリチラリとマナを見ている。なんだか、どこか落ち着きのない様子。
「ど、どうしたんですか? さっきから黙ってますけど」
不愛想とはいえ、何かと話すレイはこの町に入ってから口をなかなか開いていない。不審に思ったのか、マナは心配そうにしている。
「厳格者の妹をこれほど手なづけるとは……やはりマナ殿、さては勇者の力」
「あ、はい」
まだそれを言い続けているこの男。少しでも、どうしたんだろうと心配した私が馬鹿だったと言わんばかりに、マナは目を細める。
そんなレイを放っておいて、マナはミルに顔を向けた。
「それじゃあ、早速だけど、ラボに案内してもらってもいいかな? ミルちゃん」
「お安い御用なのーー!」
嬉しそうにラジャーポーズをとるミル。マナとミルの仲は良好な様子。
「それじゃあ、行くのーー」
と、先頭に立って歩き始めるミル。だったが……
「それはダメだミル!!!」
「のっ!?」
「え?」
突然と大声を上げるレイ。あまりにも突然の大声にびくんと身体を捻らせるミルとマナ。一体全体どうしたというのか。
「いいか? 私は勇者だ。つまり、先頭きって町や民家を探索する義務がある!」
「だからあなた勇者じゃ……ってどんな義務ですか!?」
「ミルはまだ我々の勇者パーティに参加したばかりの新参者。勇者である私を差し置いて、新参者に先頭を歩かせるわけにはいかない!!! 何故ならツボやタルを自由に割ることが出来る権利があるからだ!!」
「いや、だからなんだそのルール」
「そもそも、いきなり目的地に向かうなど言語道断! まずは町中を探索し、民家を探索し、タルやツボやタンスの中を調べていかなくては! それをスルーして目的地に向かうなど勇者にあるまじき行為!」
「いや目的地分かっているんだから目的地行こうよ」
「ご、ごめんなさいなの……」
「ミ、ミルちゃん!? ええ……?」
「というわけでマナ殿」
「え、はい?」
「順番的に次に先頭歩くのはマナ殿だ」
「わ、私!?」
「勇者である私が指図して決めた事。今からこの町のタルやツボを割る全権限はマナ殿の手の中にある」
「いや、割らないよ!?」
「民家に聞き込みをし、そして押し入り、タンスの中をくまなく調べ、中に入っているであろう豆のような種や衣服を遠慮なくすべて頂戴するのだ」
「言っている事完全に盗賊なんですけど」
「ふれー、ふれー、マーナどのー!」
「ミルちゃんまで!? ええ……」
「さぁマナ殿」
「いや、そもそも私この町来るの初めてですし。町についてよくわからないですし」
「大丈夫だ、勇者とはそう言うものだ」
「どういうものですか」
「教会的なところがあったら、とりあえずそこでおいのりしないとアレだ」
「ドレですか!?」
「あわよくば! 教会の中にもタンスやツボなどがあったら、遠慮なく物色し、壊し、全てを頂戴するのだ」
「元神官の私にそれを言います!? てか、言っている事完全に悪人ですからね!?」
「「さあ、マナ殿(どのーー)!」」
「ええ……」
困惑するマナに迫る二人。つかさずマナはこう口にする。
「お前絶対勇者じゃねえよ……」
渋々要求を受け入れたマナ先頭の自称勇者パーティ。道の分からないマナは手当たり次第に民家を回る。
民家一軒目。
「あの、結界の件、本当に申し訳ありませんでした。今からこの町にも結界を……」
「ここはレンガロの町。レンガ造りの建物で構成された町さ。上の方にはとある魔術師の研究所があるよ。それ以外は特に何もないけどゆっくり見ていって」
「お! それアタシの家の事なのーー!」
「え、それって目的地……。ではその家はいったいどちらに」
「ここはレンガロの町。レンガ造りの建物で構成された町さ。上の方にはとある……」
「ええ……」
「マナ殿。この人は恐らくそう言うアレだ。他を当たろう」
「だからドレですか!?」
「だからマナ殿。ドレではない。ドラな感じのク」
「お願いだから黙って!!!」
民家二軒目
「あの、私、ブレイブ王国の神官、マナと言います。長らく結界の方を放置してしまって申し訳ありませんでした」
「王国の神官? ここに来たという事は、では、この町にも?」
「はい。結界の方を既に張りました」
「本当ですか!?」
「長らくご迷惑をおかけいたしました」
「マナ殿、キッチンの方にツボとタルが」
「黙ってください」
「そうかそうか……。国も、少しは変わろうとしているのかもなぁ」
「はい。その為にも尽力をしたいと思います」
「マナ殿、奥の部屋に二つほどタンスが」
「マナどの! トイレ行きたいの!」
「てかなんで自由に移動してるんです!? そしてすみませんおトイレ借りても?」
「どうぞどうぞ、お構いなく」
「妹よ、トイレの中もくまなく探すのだ。ツボの中に貴重そうなメダルがあるやもしれぬ」
「わかったの! 兄さま!」
「ツボ、タルの中の物は全て我々の物。見つけ次第全て頂戴するのだ。そう、これもまた勇者の特権であり……」
「あ、あの? 神官様? そ、そちらの方々はいったい」
「お願いだから大人しくしてぇーー!!!!!!」
武器屋一軒目
「よく来たな。ここは武器の店だ。何を買うんだい?」
「あー、えーっと、特に買うものはないのですが、私、王国の神官を務めておりますマナと言うもので」
「マナ殿!!!!!!」
「ひゃ!! え、な、何です?」
「私は勇者だ! 伝説の剣に選ばれし勇者だ! 私に武器を買う必要はない!」
「いやお前は買えよ、一番必要でしょ」
「ぬごぉおおおおおおお! ど、どうだ? しっかりと持てている。この先もこの剣で、私は道を切り開くのだ!」
「すみませんこの店で一番強くて尚且つ鋭利で尚且つ軽い剣下さい」
「マナ殿!!!?」
「すみません。あのハートのスティック100本くださいなの」
「ミルちゃん。それ、お兄さんの伝説の剣でも売らないとお金なくて買えない……」
「マナ殿!!! 私の勇者の剣を売ると申すか!?? 伝説の剣を売るなど言語道だ」
「売るわけないでしょてか馬鹿じゃないのそれ元々あなたの物じゃなくて国の宝ですから!!!!!」
「すみませんでした」
民家三軒目
「レンガロの町にも、時々魔獣が襲ってきてね。まあ、町の自警団が追い払ってくれるんだけどさ。それでもいつまで持つか……」
「申し訳ありませんでした。町には既に結界の方を張らせていただきました」
「あらまあ……」
「今後は二度とこのような事が無いよう、手を尽くしていこうかと」
「ぬう……」
「では、あなたは王国の?」
「はい。神官を務めております。ですが、この国も変わらなければいけません。その第一歩として微力ながらもこの私が手を尽くして行きたいと考え……」
「むむう……」
「あーちょっとすみません。レイさんさっきからどうしたのです?」
「マナ殿はさっきから、タルやツボを割っていない!」
「いや、当たり前だし!? だからそんな盗賊まがいな事できるわけが」
「もう私は我慢できないっ!!!」
「ええ……」
「私は勇者! だが、そんなもの関係なく、私はそこの本棚とタンスの間にあるツボを割りたくて割りたくて仕方がないっ!!!」
「え? ちょ、ちょっと!!?」
パリィーーン! ←レイがツボを割る音
「うむ。勇者は珍しいメダルを手に入れた!」
「ごらぁーーーーーーー!!!! 何してんのあんた勝手に!!」
と、本棚とタンスの間にあるツボをレイが割り、中身を手にした瞬間、マナと話をしていたおばさん(推定56歳くらい)が大声でレイを怒鳴りつける。
「え? い、いや……ツボを割ったのです」
「なんでツボを割ったの!? 人んちのを! 勝手に!」
「い、いやしかし、そういう権利が」
「しかしもクソもないよ!? 人んちのツボ勝手に割っていいなんてルールがどこの世界にあるってんだい!!!? ドロボーーー!!! 常識考えなさいよ!!!!!」
「だ、だが私は勇」
「でてけぇ―――――――!!!」
「ぐっはぁ……!!!」
と、この瞬間、レイが伝説の剣を魔獣に振り下ろした時よりもさらに鈍い音が、その民家に響き渡った。
「暗黙のルールだと、勇者パーティの先頭の人以外は、他の一般人と同じように、人の家のモノをかってに壊しちゃダメなの。勇者でありながら兄さまはそれを破ったの」
「ええ……」
本当にそんな勝手極まりない決まりが存在するのか? と正直信じかけているマナ。一般の民家のおばさんに一思いに殴られて顔が晴れるレイを見て自業自得だと感じたと同時に、
「うん。お前絶対勇者じゃねえよ……」
再びそう思ったマナであった。
「と、言うわけで、ミルのお家なのーー!」
「わー! 大きいね!」
「ここで色々な研究をしているからなの! 魔法の!」
「ラボって言ってたもんね」
この町の民家をあらかた探索し、結界についての説明と謝罪を終えたマナ御一行。
マナ一行はこの町の最も上に立地する大きなレンガの建物を前にしている。ここは、ミルの家でもあり、マナ達の目的地でもある。
ちなみに、あれ以降、レイをはじめ三人はタルやツボを割っていない。というよりかは、あからさまに元気を亡くしたレイは、今や戦意喪失状態である。
「この家はいわゆる魔力増強施設。アタシの魔力をナノ……いや、ピコレベルまで抜き出し、テラレベルで発動することが出来るの。そうすれば、マナの手伝いなんてすぐなの!」
「すご……」
と、小さな胸を張って誇らしげに誇るミル。マナからすれば、非常に頼りがいのある助っ人だ。小さいながらも非常に頼もしい。
「ありがとうね。そしてよろしくね、ミルちゃん」
「うんなの!」
そう言って、ミルは家のカギを開ける。そして扉を開いたが……。
「「なっ……!!?」」
家に入った瞬間、二人は思わず目を見開く。元気を亡くしていたレイもまた、それを見て正気に戻ったようで、目を細めてその光景をじっと見つめている。
土で汚れに汚れた足跡。あちこちで割られたガラス瓶。漏れる液体。そして赤い×印でもみ消された紫色の結界の痕。
「こ、これ……アタシの……ア、タシの……研究が……」
色々な魔法の研究をここで行っていたらしいミル。だが、家の中はぐちゃぐちゃになり、研究の痕跡のある物は全て破壊されている。
それを見たミルは顔を歪めて、次第に目を涙で一杯にする。
「にいさま……にいざま……」
兄であるレイの胸に飛びつき、ミルは泣きじゃくった。
「酷い……。誰がこんな事を」
「むぅ……」
マナもそしてレイも、その光景を見て心を痛めたのか、拳をぎゅっと握りしめる。
他にも様々な家具は倒され、壊され、焼き焦げたような跡さえある。何者かが侵入し、好き放題暴れたのは間違いなさそうだ。
「勇者である私たちでさえ、こんな卑劣な事はせんぞ! ツボやタルは割るがな」
「いや、このタイミングでまだそれを言います!?」
「だが、それ以上に……」
レイは身体を震わせ、拳を震わせる。
「たった一人の妹を泣かせるような事をする卑劣な輩は、絶対に許せん……」
「レイさん……」
胸で泣きじゃくる妹の頭を優しく撫でるレイ。なんだかんだ言って、レイは妹想いではあるようだ。そんな一面を知り、マナは再びレイを感心した様子。
だがしかし、ミルがこの家を空け、マナ一行がここに来るまでの間に何者かがこの家に侵入した。その期間がどのくらいなのかは不明だ。
「ミル。お前がこの家を空けたのはどのくらいだ?」
「何日間なの? ミルちゃん」
「ひっぐ……えっぐ……」
泣きじゃくりながら、ミルは手を上に差し出す。ミルの手の形は3を示していた。
「なるほど。となると、大体あの日以降か」
「え、3日間ってことですよね? 3日前って確か……聖域のある森林で嵐が起きた日」
「うむ。どうやら、こちらものんびりはしていられないらしい。敵の魔の手はすぐ傍まで迫っている」
「え? 敵って?」
「ミル。場所を変えよう。マナ殿も私に近づくのだ」
「ちょ、ちょっと、一体何なんですか?」
「来れば分かる。そこに行けば、全てが分かる」
やけに真剣なレイの表情。
だが、目つきは鋭く、勇者と呼ぶにははるかに遠い目つき。見るだけで身も心も凍えてしまいそうな、冷たい目つき。
まるでその目は、マナがよく知る伝説に登場する、勇者の宿敵、魔王のようであった。
「マナ殿。さぁ早く」
「わ、わかりました」
マナもレイに身体を寄せ、レイは左手でマナの肩を抱いた。右手は相も変わらず伝説の剣を手にしている。ミルはレイの胸をぎゅーっと握っている。
「さあ、戻ろう。我が城へ」
「え? ひゃぁああっ!!」
レイの黒いマントが舞い上がり、肥大化する。そして黒いマントが、ミルとマナの身体を包み込んだ。
だが、その瞬間……
「させねえぜ、ケケケ」
何者かの声がミル家の中から響き渡った。
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