第8話

 メルニの村を後にし、北へと足を進めるレイとマナ。

 だが、ある音がずっと響き渡っていく。

 それは……。

 ズゾゾゾゾゾゾゾ ← 伝説の剣を引きずる音

「…………」

「マナ殿、さっきから眉間にしわが出来ているぞ? そんな事ではしわしわのお化けになってしまうああ大変だ」

「大変だじゃないです! なりますから!」

 マナは顔を赤くしながら頬を膨らませている。どうやら相当腹を立てている様子。

「メルニを後にしてからもう一日経ちますけど、ずっと引きずる音聞いているんですよ!? そりゃあ眉間にしわも出来ますよ!!」

「うむ。しかしながらマナ殿。私は勇者だ。この伝説の剣を手にして魔王を討伐しに行くという義務があるのだ。しかし、想像以上にこの剣は重い」

「だからそれはあなたが剣に選ばれていな」

「だがしかし! 私はその程度で根を上げるほどやわな勇者ではない!! 私は勇者の中でも完璧な勇者なのだ! 私を選んだこの伝説の剣に誓って、私は魔王を討伐すると誓おう。そして、この世界に光と安寧を」

「あ、はい」

 いくら違うといっても全く聞き受けないこの男。もういい加減諦めがついてきたマナは、いちいち突っかかるのも疲れた様子。だったが。

「じゃあ、今からでも遅くはないので、聖域に戻りません? その剣を戻しません?」

「はは。相変わらずマナ殿は面白い冗談を言う。これを無くして私はどう戦えばいいというのだ」

「普通の武器で普通にあのすんごい技使えばいいと思います伝説の武器正直あまり役に立っていなさそうなので魔獣もそっちでも浄化はできるので」

「マナ殿、あんなのは誰でも使える。勇者たるもの、あの程度の技ではこの先中々に厳しい」

「うん、誰でも使えないし十分すぎるほど強かったから言っているんですけど」

「ははは、マナ殿は実に謙虚だ。だが、少しくらい己の実力を認めないとも強くはなれないし勇者にはなれぬぞマナ殿。そう、この私のようにな。はっはっは」

「ははは、あなたと話していると殴りたくなります本当に」

 マナは深々とため息をつく。何を言ってもまるで通じないこの男。だが、魔法を吸収するあの技、どう考えても普通ではない。少なくとも、マナは魔法を吸収して力に変える技については覚えがない。常人の力ではないのだ。だが、そのことをこの男はまるで理解していない。

「ほんとうに何なの……あなた」

 そのことを思い出したのか、マナはボソッとそう口にしてしまった。

「ふむ。私はレイ。伝説の剣に選ばれし、勇者だ」

「聞かれてたし……。もう、その件はわかりましたから」

 と言ったところでマナはこう尋ねる。

「そう言えば、あなたの事、まだ名前で呼んでいませんでした」

 うん、今更である。だが、その事実に気が付いてしまった以上、根は真面目なマナは止まるに止まれない。

「結局のところ何と呼べばいいのでしょう?」

「好きに呼ぶといい。だが、おすすめなのは勇者だ。どうだろうか、気軽に勇者とよんでみてはいかがかと」

「レイさんにしますね」

「…………」

「なんでそんな露骨に寂しそうな表情するんですか! 好きに呼べって言ったじゃないですか!」

「…………」

「なんでそんな悲しそうな表情ですか!? もう!」

 と、散散この男に振り回されっぱなしなマナだが……。

「いきなり殿方の名前直接呼ぶの、その、恥ずかしいので……」

「む? 何か言ったか? マナ殿」

「な、なんでもありません!」

 若干頬を染めてそっぽを向くマナ。一応、マナの事を助け、更にはマナの悩みも聞き、助言したこの男。どうやら、少なからず、この男にはそれ相応の感謝のような、それに近いナニかは感じているようだ。

「そ、それで、あの話本当なんですか!?」

「あの話……?」

「ほら、メルニ村で私に言った」

 マナが言っているのはメルニ村でレイがマナの耳元で囁いたある情報である。

『道沿いをずっとずっと北に進むとたどり着くレンガロの町に、魔法の効果を自由に操作する天才的な魔術師がいる。ソヤツに頼めば、全ての結界は全ての町に設置可能となる』

「正直、そんな魔法使いがいるなんて聞いた事ありません。でも、他にもっといい手があるわけでもなければ、知り合いがいるわけでもありません。あんな話されて、半信半疑ではありますが、一応手助けされたわけだし、今は信じるしかないかなと」

「ふむ。マナ殿はボッチか」

「う、うるさい!」

 頬を再び膨らますマナに対し、ケラケラと笑うレイ。

「安心したまえ。マナ殿はもう一人ではない」

「え……」

 レイはマナの頭の上に手を置き、そっと撫でる。

「なっ……」

「一人じゃあないのだ。私が……勇者が付いている」

「…………」

 殿方……男に優しく頭を撫でられた経験はなかったようで、マナは恥ずかしそうに顔を伏せる。けど、頬は赤く染まり、若干熱帯びている。

「レ、レイさん……」

 戸惑いながらも、その男の名前を呼ぶマナ。だが、その瞬間だった。

「伏せろ、マナ殿」

「え……? なっ……」

 レイに押し込まれるかのように、その場に無理やり身体を伏せられるマナ。同時にレイも身体を屈める。

 チラリと上に視線を送るマナ。二人の頭上には禍々しい紫色の雷が直進していっている。

「んな!?」

 思わず目を見開くマナ。どうやら、マナの背後から何者かが攻撃しているようだ。

「え、こ、これって?」

 急な事態に戸惑いを隠せないマナだが、一方でレイは落ち着いている様子。そっと立ち上がり、レイはマナの後ろに視線を送った。

「うむ。そろそろ姿を現すと思ったぞ」

「え?」

 マナも立ち上がり、そっと後ろを見る。

 赤紫色……ややピンクに近い髪、そしてツインテール。やや小柄の体格。ぱっちりとした目が印象的な少し小さめの女の子。そんな子がマナの後ろで頬をぷくーっと膨らませ、手を突き出した状態で立っている。

「許さない……許さないの!」

 その子はレイとマナをクイっと睨みつける。

「兄さまは勝手すぎますの! そんな女アタシは認めないの!」

 そう言って右人差し指をマナに向かって突き出すその少女は、相変わらず頬をぷくーっと膨らませている。

「え? え? 私?」

 指をさされ、困惑するマナだが、そんなマナの肩をポンッと叩き、マナの前に出るレイ。

「マナ殿、紹介しよう。妹だ」

「い、妹!?」

 突然のまさかの人物の出現に、マナは驚いた。

「な、なんで妹さんがこんなところに? というか、え、なんで私たちに攻撃を」

「まず一つ目の質問だが、妹はずっといたのだ。私達のすぐ近くに」

「んなっ!?」

「ずっとつけられていたのだ。私達は」

「え? ええ!!?」

 まさかの発言に戸惑いを隠せないマナだが、思い当たることが一つだけあったようで。

「あ、そういえばメルニの洞窟の時のあの即死魔法……」

 メルニの洞窟で魔獣に取り囲まれた時、レイを助けるかのように魔獣が次々と浄化していった。その時は一体誰の仕業なのか不明であったが、どうやらマナはレイの発言で感づいたようだ。

「そう。アレを発動したのは他でもない、私の妹だ」

「アレをこの子が!!?」

 マナは仰天している。それもそうだ。あの魔法は伝説上に存在したとされる魔法。存在が事実だったのかさえも分からなかった。にも関わらずそれを目の前にいる小柄な女の子が使ったのだ。魔法に長けているマナとしては興味がわかないわけがない。そんなマナに追い打ちをかけるかのように、レイはこう続ける。

「他にも、これまでマナ殿に気づかれることなく私達を付けていたのも妹のステルス魔法の力」

「す、すすてるす!!? え? ステルス!?」

 慌てふためくマナのこの様子。どうやら上流階級の神官クラスでさえ、そのステルス魔法とやらは見たことも聞いたこともないようだ。恐らく、そのステルス魔法も即死魔法と同じくらいの代物なのだろう。

「更には今解き放った何者をも焼き尽くす魔の雷。先日闘ったあの竜でさえ、この魔法一つで消し炭になる」

「け、消し炭って!?」

「妹はこれを千回使っても汗一つ流さない」

「ちょ、ちょ、ちょっとまって! 妹さんあなたと違ってスペック高すぎません!!?」

 マナのいう事はごもっともだ。自称勇者のこの男の妹とは思えないくらい、少女はハイスペックすぎる。だが、レイはむすっとした様子。

「むう。マナ殿、いくら冗談とはいえ、私が不出来と言うのはいささか不本意だ」

「あ、すみません……。つい……」

 思わず謝るマナ。確かに、レイはレイで、魔法を吸収してそれを力に変えてあの竜をあっさりと倒してしまった。それを踏まえると不出来と言うのは全然違う。寧ろ優秀な方だ。

「この勇者の剣を引き抜いた私は、不出来ではない。そう、私は勇者。勇者が不出来などあるわけがない」

 そう言う意味で優秀と記したわけではないのだが、この男、全くわかっていない。

「えーっと、実力は優秀だけど頭は不出来……っと」

 やはりマナが言っている事が一番正しいようだ。

「そ、それで、そんなすごい妹さんがなんで私たちに攻撃を!?」

「ふむ。妹は厳格者。魔獣に捕まり、いたぶられたマナ殿や、不覚にも魔獣に取り囲まれた私。そして、防御力を向上させ、伝説の剣の切れ味をもってしても弾いてしまう竜相手に苦戦する私達だ」

「うん、後半部分はあなたの勘違いですー」

「そんな我らがレンガロの町の妹に会う資格があるのか、見極めようとしたのだろう」

「なるほど……ん? レンガロの町の妹? 会う資格?」

「私達が会おうとしていたのは、目の前にいる妹だ」

「ええ! ではこの方が!?」

「うむ。マナ殿を手助けしてくれる天才的な魔術師だ」

「天才的……。説得力がありすぎる」

 これまでの行動からその肩書にふさわしい魔法使いなのは間違いない。味方になればかなり心強いが……。

「気を付けろ、マナ殿。妹は厳しいぞ。油断すれば何かと魔法を放ってくるし、隙を見せれば近づいて締め付けてくる。油断は禁物だ」

「身内にも厳しい厳格者……」

 重くなるレイの声。思わずマナの額からは汗が流れる。

「兄さま。アタシは認めませんの!」

 以前として身体を構えるレイの妹。マナをクイっと睨みつけるその様子から、戦う気満々である。そんなに容易く仲間になるほど都合よくはないようで。

「そこの女。ちょっとこっちに来るの」

「え? わ、私ですか?」

「そうなの。早く来るの」

 天才的な魔術師であるレイの妹に呼ばれるマナ。レイの妹の臨戦態勢と睨みつける鋭い目つきからは余程の強い殺意を感じる。断れば何されるか分からない勢いだ。

「マナ殿、何かあったらすぐ助ける。ここはとりあえず……」

「は、はい……」

 とりあえず従うしかない。渋々それを受け入れたマナはゆっくり、ゆっくりとレイの妹へと近づく。そして、目の前に立つやいなや、妹は口を開く。

「早速だけど、あなたには色々と用があるの」

「…………」

 見た目は幼く、明らかに年下。だが魔法の腕は明らかに格上。そんな複雑な存在を前に、思わずマナは唾をのむ。さっきも指で指されたくらいだ。いったい、マナにどんな用事があるというのか。マナも魔法に長けた元神官。実力を示すため、魔法を使っての一対一の試合か、もしくは厳格者ならではの提案。つまりは殺し合いか。

「さ、さっき言ったセリフ……も、もっかい言って欲しいの」

「……え?」

 だが、少女は予想の斜め上の発言をしてきた。

「ア、アタシのスペックが……どうとか……」

「あなたのスペック高すぎません? ってやつですか?」

「きゃっはあああああ――――――!」

 闘う事を前提に、気を引き締めていたマナに対し、一歩で、突然両頬に手を当て、顔を赤くするレイの妹。

「ええ……」

 それを見たマナはやはりただただ困惑している。

「そ、それから? アタシは? て? てん?」

「て、天才的?」

「はぅううう――――――!!!」

「ええ……」

 レイの妹はまるで快楽の頂点に達したかのようにその場で顔を真っ赤にしてはしゃいでいる。何がどうなっているのか、マナには全く理解できていない様子。

「あ、あの……」

「はっ!」

 我に返ったのか、突然と仏頂面に戻る妹。

「ア、アタシとしたことが! この女のトラップに引っかかってしまったの!」

「ト、トラップ?」

「女! よく聞くの! アタシは認めないの! いくらアタシを褒めたって、何も……えへへ、何も出ないの~~っ!」

「よだれ出ちゃってますけど……」

「はっ!? お、おのれ! なんて卑怯な女なの!」

「何もしてませんけど」

「とにかく! アタシは認めないの! あなたが……兄さまのよ、嫁だなんて!」

「は……? はぁあああああああっ!!?」

 妹のまさかの発言に顔を赤らめて声を大にするマナ。その声はレイのところにも響き渡っていたようで。

「マナ殿!? 大丈夫か!!? 何を話しているのだ!!!?」

「な、何でもないです――――――!!!」

 と、誤魔化したはいいものの、何を勘違いしているのか、妹は話を続ける。

「認めないの―――! 兄さまが、兄さまがあなたと結婚だなんて!」

「ちょ、ちょっとまって! 誤解! 誤解だから!!」

「へ……?」

「何を勘違いしたのかわかんないけど、あなたのお兄さんとはそんな関係じゃないよ?」

「へ!? 兄さまの事好きで付き合っているんじゃないの?」

「んなっ!? ち、違うし!! 誤解。そう。ご、誤解だから!」

 否定はしているものの、少し声を張っているマナ。まるで自分にそう言い聞かせているように。だが、それを聞いた妹の表情は少しずつ柔らかくなっていく。

「違うの? ナデナデされてたしてっきりアタシはそうなのかと」

「思い込みが激しすぎるよ……」

 とはいえナデナデされて若干照れていたマナだが、今はそのことは隠しておくようだ。

「じゃあ、あなたは兄さまの何なの!?」

「うーん……。何って事はないんだけど、強いて言うならば……仲間?」

「ナカマ……!? ナカマってあの伝説の!?」

「う、うんそうだけど。てか、伝説って!?」

 仲間という単語を聞くなり、この子は身体を震わせている。

「あ、アアアアタシには仲間なんてできた試しがないというのにぃ、い、一体どんな魔法を使ったらそんな非科学的なものができるというの……。お、おおお恐ろしいの……」

「ええ……」

 ガタガタと震わせるレイの妹。

 そもそも非科学的も何もこの世界は魔力を使って非科学的なものが次々と生まれているわけで、自分がその上位に位置するかもしれないというのに、この子はそれに気づいている様子はない。自分の状況が理解できていないのだ。やはり腐ってもあの自称勇者の妹である。

「ア、アタシが兄さまに構ってもらおうとして、魔法使ったりくっついたりしても、兄さまは苦痛を上げるだけでまるで構ってくれないのに……どんな魔法を使ったというの……」

「ええ……。ん? んん?」

 何かに気が付いたのか、マナは声を唸らせる。だが、それに構うことなく妹はこう続ける。

「ま、まさかイチゴの飴! あの甘くて究極アルティメット美味しいイチゴの飴を渡して兄さまを手なづけたの……?」

「イチゴの飴って……! あ、そうだ、ちょっと待ってね」

「の?」

 マナはローブの懐に手を入れ何かを取り出す。そして、それを見せるなり、妹の表情は一気に緩くなる。

「お、おおお……おお!?」

「はい、イチゴの飴。たまに食べるから持ち歩いてたの忘れてた」

「い、いいの!? も、貰っていいの!?」

 と、顔を輝かせながらマナに迫る妹。

「ぜ、全然いいけど」

「ひゃぁー―――――――なのぉおお―――――――!」

「ええ……」

 その場で飛び跳ねながら満面の笑みで大喜びするレイの妹。

 イチゴの飴玉一つで仏頂面が消え去り、満面の笑みに代わる。やはり、あの兄あってこの妹か。別ベクトルで変わっているなとマナはこの時思った。

「あ、あなたいい人なの! 手伝ってあげるの!」

「え、本当?」

「うむーー! アタシに二言はないの!」

 テンション爆上がりで鼻歌を歌いながら、その子は兄さまの元へとスキップで駆け寄る。

「兄さまーーーー!」

「な、なななんだ? 戦うのか?」

 ルンルンで兄に近づく妹に対し、臨戦態勢の兄。

「あの人いい人なのーー! 手伝ってあげるの!」

「な、なんと!? 戦わないのか?」

「早くレンガロに行くのーー!」

 と言いながら、兄さまであるレイの手を握る妹。さっきの嫁と疑惑の件と言い、この抱き着きっぷりと言い、恐らくこの子はアレである。マナもそのことには感づいたようで。

「厳格者じゃなくて、ただ単にブラコンなんじゃ……」

 身内にも魔法を使ったり締め付けたりする厳格者と言っていたが、それはレイの勘違いである。この子はただただレイに構ってほしかっただけ。そのことに気が付いたマナ。

 幸せそうな笑みを浮かべているのは、イチゴの飴をもらったからなのか、それとも兄に寄り添っているからなのか、マナには分からなかった。

「マ、マナ殿……厳格者の妹をこんな簡単に手なづけるとは……い、いったいどんな魔法を使ったというのだ……。ま、まさかマナ殿、マナ殿もついに勇者の力に」

「うん、あなた達やっぱ兄妹ね」

 震える声のレイを見て、改めて、レイの頭が不出来だなと思った瞬間であった。

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