第4話

「どうぞ、ゆっくりしていってくれ」

「お、おじゃまします……」

 レイに案内され、マナは西の村に設置してあったテントの中へと案内される。天との中身は思いのほか広く、数人がくつろげそうな空間はあった。

「にしても、メルニの村……か」

 マナはボソッとそう呟く。

 レイがテントを張ったこの村は、王都より西にあるメルニの村。

 マナが幼い頃、市民と上流階級の格差を何とか抑えるべく、この村から運動を起こした者たちがいた。だが、その者たちは容赦なくさらし首にされてしまった。それ以降、大きな動きをすることは無くなったが、この村の人々……特に犠牲者の家族は国の事を今も恨んでいるに違いない。そんな事情のある村である。

「浮かない顔をしているな? 大丈夫か?」

「あ、い、いえ……別に」

 淹れたてのコーヒーをマナに差し出しながら、レイはそう尋ねた。まあ、浮かないのは村の事情を知っているからというのもあるにはあるのだが、レイの存在そのものに対して納得がいかないというのがマナの本音だろう。

「あの、さっきは本当にありがとうございました」

「はは。なーに、気にすることはない。困っている人がいたら助ける。勇者ならば、当たり前のことだ」

「…………」

 マナは顔を引きつらせている。何も言えないのは助けてもらった恩があるからだが、それが無かったら今にもあなた勇者じゃないよとすぐに言いわんばかりの表情である。

「あれ、というか剣は?」

「剣? ああ、アレか。外に放置してある」

 ブフォオッ! ← マナがコーヒーを吹く音

「ちょっ! 何しているんですか!!?」

 マナは一目散にテントを飛び出し、外を確認する。

 外には相も変わらず台座に突き刺さったままの神々しい剣が、無造作に横に放置されていた。今にも拾ってくださいと言わんばかりである。

「な、なんて事!」

 マナは剣の柄の部分に右手を触れ、そのまま持ち上げようとする……のだが。

「んんんんん……! くっ……、重いっ……」

 マナの力では剣はびくともしなかった。

「ダメだ。やっぱ私は勇者じゃないのね……」

 憧れの伝説の剣を持ち上げることが出来ない事実に、マナは肩を落とす。

「でも、も、もう一度……ふんにゅぅううううう……! ぅううう重い!」

 力を込めて持ち上げようとするマナ。その後ろから、テントから出てきたレイはその光景を見てこう言い放った。

「いやいや、勇者じゃない人にはその剣は持てないぞ」

「う、うるさぃい……! あなただって、まともに、持てないじゃないですかっ……ぐっ」

 剣の柄から手を離し、ぜーはーと息を切らすマナ。

「はは。何を言っている。私は勇者だ。この剣にも選ばれたんだからな」

「じゃ、じゃあこの剣持ち上げてテントの中に入れて下さい! このまま外に放置しておくなんてあんまりです!」

「ははは、大丈夫だ、問題ない。この剣は勇者以外には持てない。このままでも大丈夫だ。そう、大丈夫」

 大丈ばねえよと言わんばかりに目を細めてマナはレイを見る。この男、まるで自分が選ばれていないという事に気が付いていないのだ。それどことか、自分を勇者だと完全に思い込んでいる様子である。

「そんなに睨まなくても……。それに、テントの中に入れるのは難しい。だってなんかこの剣無駄にデカいんだからな」

「デカいのは台座が引っ付いているからじゃないですかね。本来だったらもっとコンパクトだと思います」

「全く、だったらどうしたらいいのかね?」

「せめて縦において下さい! このまま横に置いてあるとなんか捨てられているかのようで……下手をすれば誰かに持っていかれそうで」

「だから大丈夫だって。この剣は勇者にしか持てない。そう、この私以外は持てないのだ。そう、重すぎてな! はっはっは!」

 本来そのはずなのに、それでもまさかの台座ごと持ち去ってしまった勇者でもなんでもないただの男が約一人いるからマナもこんなに必死になって言っているんだが、この男はまるでそれに気が付いていなかった。

「いいから! 早く! 縦にしてください!」

「まったく、仕方がないな」

 レイは渋々飲み込み、剣の柄の部分に手を添える。そして……

「んごぉおおおおおおおおおおおお! うぉおおおおおあああああ!」

「声が大きいです。声が」

 大きな声を上げて気合いを入れながら、そして、顔を真っ赤にしながら、レイは剣を持ち上げだ。そして、台座を下にして剣を縦に置いた。

「ふう。これならまあ、飾ってあるみたいで、なんとか……って」

 マナはレイを見ると、再び顔をひきつらせた。

「ぜー……はー……、つ、つかれた……」

「ええ……」

 汗を額から流して、息を切らしている勇者を名乗るその男。その様子をみて、マナは、既に確信してはいたのだが、改めて確信をした。

「はあ……。間違いないですね。あなたは勇者じゃないです。そしてこれは立派な窃盗です」

 窃盗とマナは言う。

 元々、ブレイブ王国を建国したのはこの剣の本来の持ち主である伝説の勇者だ。

 そして、あの森林は国の地域であり、剣も元をたどれば国の、勇者の物である。それをこの男が勝手に持ち去った。確かに窃盗と言われればそうなるのかもしれない。

「助けていただいた事は感謝しますが、それとこれとは話が別です。国の神官としてあなたを拘束し……」

「あの、すみません! もしかして、出張できた武器屋ですか!?」

 と、話すマナだったが、メルニの村人らしき人物が、二人の前に現れた。

「え? ぶ、武器屋?」

 困惑するマナをよそに、村人は微笑む。

「はい。そこに岩に突き刺さった剣のオブジェがあるので。いやぁ、かっこいいですね。まるで伝説の剣みたいだ」

「あ、あー……。あー……はは……」

 オブジェではない、モノホンの伝説の武器なのだが、それを言ってしまったら大騒ぎだ。笑って誤魔化すしかない。

「というわけで武器を売ってください。最近魔獣がよく出没するので!」

「あー……えーっと……少々お待ちください……は、ははは……。」

 なるほど、台座付きの神々しい剣をテントの目の前に設置すればそれは確かに武器屋に見えなくもない。だが、マナもそしておそらくレイも武器屋ではない。とは言え、伝説の剣がまるで武器屋の客寄せパンダになってしまっているのは複雑だ。だが、とにかく今は笑ってごまかすしかなかった。

「ちょっと、あの、あなた武器商人だったりしますか?」

 後ろでぜーはーと息を切らしているレイにマナはそう問いかける。

「何を……言っている。私は、魔王討伐にあたって武器を買う存在であり、武器を提供する存在ではない」

 あくまでも勇者と名乗るこの男。ここまでくると呆れを通り越してすがすがしい。

「あーはいはい、すみません、違うみたいです」

「そ、そうなんですか……。困ったな」

 武器屋ではないことを知り、村人は肩を落とす。魔獣の出没に市民が困っている。この村人もそうだ。それに、さっきマナを襲った魔獣。上流階級の五本指に入る神官クラスでさえ

 手も足も出なかった。つまり、これは早急に何とかしなければならない事案である。

「魔獣討伐は国の方でなんとか対策するかと思います」

 マナは明朝に城に魔獣討伐の提案をすることを決めていた。だが、マナがそう言うと、村人は怪訝そうにこういった。

「その国が信頼できないから、僕らは僕らで何とかしようと頑張っているのですけど」

「う……」

 痛いところを衝かれ、マナは声を漏らした。

 確かに、今日の森林調査もマナ一人に任せ、騎士団は城に籠っていた。城や上流階級が襲われでもしたら動くのだろうが、市民が困る分には見えない、聞こえないという実態である。あくまでも上流階級第一主義なのだ。そして、この村民もそのことに気が付いていた。だからこそ、自分の身は自分で守るといった具合なのだろう。

「わかりました。武器屋ではないのですね。失礼いたしました」

「いえいえ。こちらこそすみません。紛らわしくて」

 国が市民をまるで助ける気がない、この混沌とした状況。

 そして、テントの中にはしまえず、かといって外においておけば盗難の可能性もあり、じゃあオブジェのように設置しておけば武器屋に見えてしまう。そんな状況に、思わずマナはため息をつく。

「でも、いいオブジェですね。本物みたいだ」

 いや、本物です、一応。と、言いたげなマナであったが、そこは我慢している。だが、神々しく光るその剣に興味津々な村人は、柄の部分にそっと手を伸ばした。

「おっと、重い。凄いですね、本当に本物みたいだ」

「え、えーっと、それはその……一応いい素材のやつを使って作ったものなので……」

 と、とっさにマナはそう誤魔化した。だが、レイは「む!」と、声を上げた。

「何を言っている? それは私が聖域より抜き出した本物ムゴッ」

「あなたはちょっと黙っててください!」

 レイの口をふさぐマナ。だが、そんなやり取りには目もくれず、神々しさに夢中になった村人は片手で柄を握る。そして……

「お、おお? 重いけど、持てなくはない……?」

 なんと、村人はその剣を持ち上げた。

「え……」

 それを見てマナは思わず目を疑った。聖域から台座ごと持ち去ったレイは、両手で持ち上げるのに精一杯なのだが、目の前にいる一村人は片手で何とか持ち上げているのだ。それでも重いようで、高いところまで持ち上げるまでには至らない。それに、台座から剣を抜いたわけではない。つまり、この村人も選ばれてはいない。のだが。

「けっこう重たいですねコレ」

 明らかに勇者を名乗るこのレイよりもすんなり持てているように見える。

「ええ……」

 自称勇者を名乗る、聖域から剣を台座事持ち去ったこの男より、ただの村人の方が剣を持てている。その状況に、マナは再び困惑する。

 もしかしたら、この男よりも一村人の方が勇者としての素質があるのではないか、とマナは思った。

「あ、あの! もしもよろしければこの剣を聖域に戻す手伝いをし」

 と、村人にお願いをしようとしたマナだったが、その瞬間にレイがマナを振り払って、前へと出た。

「おい! 貴様! なにをやっている!! それは私の剣だぞ!!!」

「ひぃいいい!」

 突然レイに怒鳴られ、村人は剣から手を離し、身体を小さくする。

「ちょ、ちょっと!? その人はただのお客さ……じゃなくて村人ですよ!?」

「私は勇者だ! 勇者の剣を持ち去ろうなどと言語道断!!」

 マナのセリフを聞こうともしないこの男。

 更にレイは剣に手を伸ばし、同じように片手で持ち上げようとする……が、

「んごぉおおおおおおお!!」

「いや、片手で持ててないし……」

 村人のようにはいかず、剣はびくりともしなかった。なので……

「ええ……」

 レイは、いつものように両手でゆっくりと持ち上げる。

「覚悟しろ! この盗人め!!」

「ちょ、ちょっと!? 何しているんですか!!?」

「決まっている! この盗人を退治するのだ! 覚悟しろ!」

 レイは魔獣と対峙するかのように、村人に向かって剣を構えた。

「いや、ちょっと……ええ……」

 何を勘違いしているのか、ただの村人相手に本気になるその男の様子を見て、マナはただただ口をポカンと開けている。

「くらえ! この盗人め!」

「ひぃやぁあああああ!!」

 両手で鈍器とかした台座付きの伝説の剣を持ち上げ、構えるその男を見て、村人は声を上げながら逃げ出していった。

「まったく、なんと無粋な。これも、魔王が現れたせいか」

「いや魔王って……。ええ……」

 そう言いながら、二の腕をプルプルさせながら再び伝説の剣を設置するレイ。それを見たマナは大きくため息をつき、頭を抱えた。そして……

「お前絶対勇者じゃねえよ……」

 と、思わずボソッと呟いた。

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