第8話 裸
柔術の道場に出稽古させていただいている鏡圭一には試合が決まったことを報告しなければいけないと思った。
道場はまだ一般の会員が誰も来ていない午前の時間帯で、鏡はひとり朝練が終わったあと、トレーニング器具を掃除していた。
「鏡先生。前島です。今よろしいでしょうか」
「やあ。前島さん。トレーニングですか。好きに使って下さい。」
「いえ。今日はトレーニングというより、実は今度試合が決まりまして、少しご挨拶にと思いまして。」
「そうですか。コロナ禍で、試合できませんでしたからね。それは良かった。おめでとうございます」
鏡はプロレスを生業にしている前島を心の底応援し弟のようにさえ感じていた。
「それが実は、相手もまだ決まっていないです。しかも、たぶん真剣勝負になります」
鏡圭一はすこし眉間に力を入れ、考えたあと。
「まあ、前島さんなら大丈夫だと思いますが、教えたいことがありますから、よかったら着替えてやりませんか」
と声をかけた。
「押忍。お願いします」
前島は柔術着に着替えた。鏡圭一の柔術は一度体験したことがあるが、とにかく全身を使い抑えたり引いたりするアグレッシブな柔術で下にならなくても強い柔術であった。五分の乱取りで何本取られたかさえわからないほどボロカスにやられた記憶が蘇る。鏡は海外のブラジリアン柔術の世界大会では黒帯2位の成績をおさめており、それが自身のベスト記録だった。
更衣室から出てきた鏡圭一は、前島が考えていた出立とはかけ離れていた。
鏡は上半身はラッシュガードで下はスパッツというスタイルであった。
「今日は裸でスパーしましょう」
昔から優れた柔術家は、道着を着なくても強いといわれている。ヒクソンは年代が古いが、BJペンやホナウドジャカレイ、クロングレイシーなどの総合で活躍してきた一流柔術家は柔術世界大会でもトップの成績をおさめている。ギを着用しない裸同士の寝技では使える技は限られるが、それでも余りあるほどの細かい柔術技の数々は大いに活かされ、打撃のある総合格闘技にも順応し、この技術で頂点を走り続ける選手は絶えない。
プロレスラー前島とノーギの鏡の五分のスパーリングが始まった。
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