第6話 華

 街は新型コロナウイルスの影響で外出が極力禁止という未曾有の緊急事態宣言は解除されていたが、まだ道場で稽古している生徒は少なかった。前島はつい先程の寝技スパーのことを思い返していた。


 今日はなぜか上だけ道着を着用していたが、下も道着を履くと、相手に掴まれる箇所が増え動きも制限されるのは間違いない。柔術は上下道着がなければ攻めの技術が半減するものだ。大滝から奪った一本はプロレスラーの本能が出た結果であり、道着を活かした技でもなく、計算された柔術の詰将棋でもない。次からは道着の下も着用し、あらゆる「ギ」の練習を体験せねば柔術本来の動きと技を習得することはできないだろう。


 そんなことを考えながら帰路についていた。緊急事態宣言が解除され待ってましたとばかり飲みを再開した赤ら顔の男女が駅に溢れていた。池袋から新宿まで山手線に乗り、小田急線に乗り継ぐ。各駅停車に揺られながらYouTubeを見るのがお決まりのパターンであった。今日は久々にパンクラスの山田学vs稲垣克臣の古い動画をみていた。山田学はパンクラス初参戦の試合で殺気がみなぎっているのがわかる。最初、山田が仕掛けた膝十字固めはファーストコンタクトから形ができており最後までポジションを変えながらもしつこく仕掛け続ける。何度かほぼ極っているのだが稲垣はタップしない。最後は膝が反対側に曲がるほど締め上げ、やむなくレフェリーストップで試合が止められる。稲垣は膝が壊れていた。力の差はあるが意地と意地がぶつかりあった名勝負である。デビュー白星の山田は緊張から解放され雄叫びを上げる。素晴らしく男気と華のあるプロレスラーであった。

前島もプロレスラーとしてはヘビー級ではないため今後、体の大きな相手と戦っていかなければならない。そんな時、小柄でも物怖じせず果敢に大きな相手に立ち向かってきた山田学をいつも思い出すのである。

 

 

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