第5話 声

「バスターのあと、肩を入れて回転」

道場の端にいた鏡圭一の声であった。

前島はその声を聞くと、バスターのあと瞬時に取られた右腕を挟まれたまま肩を左にねじ込みずらした、肩を回してずらすと左に可動域ができ動けるようになった。腕を挟まれたまま左に前転すると、体勢が変わり目の前に大滝の脇腹が見え横四方固めの形になる。しかし前島は抑えこみには行かず果敢に動き続けた。大きな身を屈め、腕ひしぎ十字固めを狙う。危機察知能力が作動した柔術家大滝恭兵は腕組み防御の形をとった。指先だけのクラッチではプロレスラーのパワーは止めきれないと判断し、腕組みをして十字を凌いだ。しかし、次の瞬間。

「いててて!参った!」

突然大滝が声をあげてタップした。

 一瞬何が起こったかわからずに道場は鎮まりかえった。

「いまの。前島くん。プロレスの技ですね。すごくいいです」

 鏡圭一は声をかけた。

「押忍。鏡先生の声が聞こえなかったら、大滝さんに十字とられていました。今のはたまたまです」

前島は息をきらせ荒々しく言った。

腕組み防御された刹那。前島の仕掛けた技はキーロックという古典的なプロレス技だった。この技は相手を参ったさせるようなフィニッシュホールドではないが、過去にはアントニオ猪木がアンドレ・ザ・ジャイアントにキーロックを仕掛け、体ごと腕の力で持ち上げられ会場を湧かせていたが、本来寝技の攻防ではだれも見向きもしない地味な技である。しかし、この地味な技は、肘の裏側関節にいったん入ると数秒も耐えられないほどの痛みが襲う危険な技である。手首の脈を自分側に向けるように横に返し肘の内側に奥深く入れこむ、そのまま、腕ひしぎは伸ばすが、相手の腕を肘から折りたたみ、折りたたんだところに自分の足を覆い被せてロックする。折りたたんだ腕関節の間に棒が入り両端から挟むと考えればよい。腕ひしぎ十字固めをクラッチではなく、腕組みで耐える場合は、このキーロックという技の形になるため、警戒が必要だったが。

まさかのプロレス技での返しであった。

大滝はキーロックを知らない訳ではなかったが、防御までは詰将棋は勝っていたので、しばし呆然としていた。

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